▼月明かり、おいわい
体に滲みついた焼き肉の匂いが鼻について、部屋に戻って早々に中忍ベストを脱いだ。今日支給されたばっかなのに、早めに洗濯しとかねーと、匂いが残って任務にさしつかえてめんどくさそうだな。
長ェ1日だった。
火影室に呼び出されて、焼肉Q行って。帰って親父に新術教わって。月明かりの逆光で伸びた影を見ながら、覚えたばかりの術を思いかえす。
親父から教わったのは 影真似よりも惨い、人の首を影で締め殺す術だった。中忍にゃこういう技も必要になんだなと、なんとなく思ったりしたが。
オレが中忍って似合わねーし まだ早ェよな。
部隊長たる中忍に求められる素質は隊を導くための冷静な判断力。戦力じゃ他に劣るオレが今回中忍になったのは、最低限それだけは備えてたっつーことなんだろう。
まあ試験に茶々が入ってまともに試合が続かなかったのと、そんでも人手不足の状況で中忍が要り用なのと 天秤にかけられた上での昇格なんだろうが。
マジでめんどくせーことになったぜ。
「そういや、アイツ……」
五代目の伝令を、右隣で並んで聞いてたシズクの横顔が頭に浮かぶ。
アイツのことだから中忍昇格に大袈裟に喜ぶかと思いきや、ただ粛々と、五代目の話に耳を傾けてて。
尚更調子が狂った。
アイツの様子、見に行くか?
どうせ隣の窓、飛び越えなくてもちょっと声出せば聞こえんだし。
めんどくせーが、別に造作もねえことだ。なのに なんつーか、なかなか行動に移せねぇ。近すぎるからこそ冷静に一歩踏みとどまらねェと、境目を見失いそうだ。
「おーい、シカマル」
噂をすれば影ってやつか、躊躇してるうちに名前を呼ぶ声と同時に窓が開く。
同じくおろしたての中忍ベストを着たシズクが、窓の桟に腰掛けてこっちを見ていた。
「あれ?シカマルの部屋、焼肉の匂いがする」
「部屋じゃなくてオレからだろ」
「焼肉Qでお祝いか。いいねえ」
「あいつらどーしてもってうるせェからよ」
「ふふ、いのたち喜んでたでしょ?」
「アホ。散々からかわれたっての」
咄嗟に、いのとチョウジの笑いをこらえた顔が浮かんでくる。ったくあいつら面白がりやがって。
「お前のほうはどうだったよ」
「ん?」
「ナルトたちに言ったか?中忍昇格のこと」
「あー……実はまだ。受かったって報告しづらくって」
そこで言葉は区切られて、シズクは困ったように肩をすくめて目を伏せた。
「サスケもまだ入院中だし。それに最近なんかヘンなんだよね。班がギクシャクしてるっていうか」
「何だよギクシャクって」
「……ナルトとサスケがちょっとね」
何があったか詳しく話そうとはしなかったが、どうやらサスケは目を覚ましてからも気が立っているらしい。
元々、アカデミーの頃からサスケとナルトは水と油みてえな関係だ。いさかいを起こせばこじれるだろうな。たしかに班内がそんな感じと来りゃ、気楽に喜べねェか。
「猪鹿蝶みたいに、わたしたちもなんでも包み隠さず言い合えたらいいのになぁ」
「オレらはちいせえ頃からの腐れ縁だからな。それこそ一族がらみの長え付き合いだし。フツーは班の中でゴタゴタが起きる方が自然なんじゃねえの」
「…ん、それもそうだね」
シズクは目を伏せて、曖昧に笑んだ。
一時期同じ屋根の下で暮らしてたっつっても、こいつが医療班や第7班でどんな風に過ごしてんのかはオレは知らねェ。当然のことだが、それが腹立たしくもあって。時々今みてェに一面を垣間見る。
「気にすることねえって。お前らだってなんだかんだ言っても一緒にやってきた仲だしよ、心配しなくてもそのうち元に戻んだろ」
「……そうだよね。心配ないよね!」
自分でもがっかりするほど、いかにも月並みな励ましの言葉だったが、シズクはさっきよりも自然に笑った。
「おっと、本題を忘れるとこだった。シカマルに渡すものがあって来たんだった」
「?」
「わたしからの中忍昇格お祝い。ハイ!」
シズクは明るい調子で言うと、オレに向かってちいさなポーチをポンと投げて寄越した。
「なんだ?」
「救急医療パックだよ。応急措置用。これから大変な任務も増えると思うから、良かったら使ってみて」
任務ポーチよりも小型で、手のひらに収まった、それ。開けると、包帯やら丸薬やら調合表やらがみっちり詰まってた。中身が充実しているわりには取り出しやすくて、結構な工夫が施されているのが、素人目でもよくわかる。
「へェ……サンキューな」
「うん」
シズクは頷き、足をぶらぶらと揺らして「まあ 使わないで済むのが一番なんだけどね」と付け足した。
「そうだ、もう飯の時間終わってっけど、下に食いに来いよ。母ちゃんが張り切って作りすぎちまったらしくてよ」
オレ昼焼肉だったからあんま入んなかったし。そう切り出してはみたものの、シズクは残念そうに首を横にふった。
「ありがと。でも木ノ葉病院に戻んなきゃ。これから夜勤なんだ」
「相変わらず忙しいな。…そういや、五代目に弟子入りしたとか言ってなかったか?」
「そ。だから今夜は修行も兼ねてなの」
「忙しくても仮眠くらいとれよな」
「うん」
これからも、オレの知らねーシズクの一面が、またひとつ増えんのか。同時に中忍になったとはいえ、スタート地点が同じ線上にあるわけじゃねェしな。
これから先も。
「それじゃあね。おやすみ」
「おう」
「あ そうそう」
と、立ち上がって屋根に降りたシズクが、ふと思い出したように、振り向き様に笑って言った。
「火影室で思ったんだけどさ。シカマル、中忍ベスト結構似合うね」
「はあ?」
「イケてねー派卒業して モテるようになるんじゃない?」
じゃあ、おやすみ!シズクはそれだけ言って、闇夜に消えていった。
……おいおい。
「バーカ……他の奴にモテたって意味ねーんだっての」
小さくひとりごちたが、窓から去っていった人物に、無論届いてるわけでもなく。
オレはため息をついて、祝いの品を忍具の脇に添えた。
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