▼過去からの手紙

細い三日月背を向けて、綱手は空の酒瓶を傍らに、静かに膝を抱えていた。今日は全くもって最悪の1日だった。もう二度と会わないだろうと思っていた馴染み二人に再会し、よりにもよって信じ難い提案をするものだから。
そのせいで、昔のことばかり思い出してしまう。

「お前の愛した弟と男を生き返らせてあげるわ」

首飾りが月夜に煌めく。
思い返せばこの半生、この首飾りのように呪われているのではと疑うほどに、さよならばかりの人生だった。

“綱。お前が賭けに勝ったらこの首飾りをやろうぞ”

忘れもしない、はじめてこの首飾りと出会った日。結局賭け事には負けたが、綱手の祖父はまもなく死に、首飾りは一族の遺産となり、綱手のもとにやってきた。
里の政事が二代目火影の扉間に委ねられ、木ノ葉の里は繁栄を謳歌した。
しかし、やがて一人前の忍になる頃に、繁栄と戦争は表裏一体なのだと綱手は実感した。
幾度もの悲しみに直面し、せめてもの祈りをこめて、首飾りを弟の縄樹に託した。
しかし次の日に、縄樹は死んだ。初代火影の首飾りは綱手のもとへ帰ってきた。偶然か定かではないが、同時期に千手一族の人間たちはあとを追うように死んでいき、身内と呼べる一族はとうとういなくなった。
そして綱手の最愛の人もまた、その首飾りを胸に、息を引き取った。
呪いだ。この首飾りは呪われている。だから、同じように呪われている自分のもとに帰ってくるのだ。

もはや里に居場所はない。

戦後、木ノ葉から半ば逃げるようにして綱手は放浪の旅へ出た。

その綱手の元に、いつからだったろうか、里にいる弟子から手紙が届くようになった。

自分の居所なぞ教えていないのに、綱手が借金取りから逃げ回ってどこにいようとも、手紙は毎月欠かさずに届いた。弟子からの手紙は毎度のようにとりとめのない内容ばかりだったが、ある時期を境に 文面はひとつの話題で埋め尽くされるようになる。

“シズクが今日、立ち上がれるようになったんですよ”

“はじめてしゃべったんです!”

“カカシってばあたしよりこどもの相手がうまいんですよ!ちょっとだっこしただけでシズクが爆睡しちゃって。あたしが見てない隙に催眠眼使ってるにきまってです”

拾い子の写真まで送られてきた日には「私ゃ遠方に住む祖母か!」と思わずつっこんだほどで、由楽の正真正銘の親バカっぷりは、目に浮かぶようだった。

木ノ葉に残った弟子の、他愛もない話。
綴られたそれにざっと目を通して、酒を煽る。
ああまた今月もきたのかと。些細だけれど、今となっては懐かしい。


その手紙は、六年前を境に、突然届かなくなった。
ついにあのアホにも愛想つかされたかねえ。もうひとりの世話焼きの弟子・付き人のシズネに冗談混じりに笑いかけて、内心では忍だてらに想像はついてた。
だからその数ヶ月後、火の国某所で会った自来也が弔意を述べたときも、別段驚きはしなかった。


「シズネは私についてくとか言ってるが…由楽、お前はどうする」

「木ノ葉の里に残ります」

「そうしてくれ。二人してついて来られちゃうるさくて敵わん」

「綱手様、わたしは里で、二人の帰りを待ってますからね。ずっと」


ずっと、なんてありはしないのに、何気なく断言した、あのバカも。死ぬんだねえ。ゴキブリみたいな奴だったのに。
その日は朝まで呑んで、酒に弱いシズネもしこたま呑んで泥酔しては、突っ伏して泣いていた。綱手には見せないように。

さよならだけが人生だ。
その言葉を体現するように自分は生きている。

本当に、これで
縄樹やダンに胸を張って生きてるぞと言えるだろうか。


今宵は冷える。
綱手が震えの止まらない自分の体を抱きしめていると、目の前を、艶のある黒いカラスがすいと飛んできた。
見覚えのない使役だったが、木ノ葉の紋章がないのをみる限り、影に就任しろだのいう公式伝書ではないようだ。
カラスの足にくくりつけられた文筒の中身もまた、見慣れぬ筆跡で。


“綱手様

はじめまして。
突然のご無礼をお許しください。
あなた様にずっと、お渡ししたいものがありました。
由楽さんがあなた宛てに残した、最後の手紙です
どうかお受け取りください”


同封された古い封筒が呪いのように思えて、しばらく手をつけられなかった。それでも、夜が終わらないうちに意を決して中身を開いた。
古紙の匂いと懐かしい字体が、綱手を迎えた。



綱手様とシズネへ

お元気ですか?
あたしはとてもとても元気です。
すっかり秋が深まり、里はどこも金木犀のいい匂いがしますよ。

先日、三代目様と久しぶりにお話をしました。最近はお会いする機会も減っていたんですけど、五代目となる時期火影候補はいないものか、って嘆いておいででした。火影のお仕事は老体には堪える、とも。
そう、火影と言えば。
ミナトさんとクシナさんの息子さんの話を前に書きましたね?ナルト君のこと。
なんでも、火影になる!って言ってるそうなんですよ。まるで本当の、ド根性忍伝の主人公みたいに。
つまんない小説だって綱手様は仰ってましたが、あたしはいい名前だと思います。
ナルト君は、どんどんクシナさんに似ていってるように見えますよ。なんか懐かしいな。

二人に、今日はちょっと真面目なお話があります。
今まで手紙の中で書いてこなかった言葉を使いますね。

実はシズクには、治癒能力があるんです。
推測ですが、陽性質のチャクラが強力なあまり、どんな怪我もたちどころに癒えてしまう。特化の域を越えてします。もしかしたら、綱手様の禁術に匹敵するかもしれません。
あの子が綱手様のように素敵な人になってくれたらなって、そう思わずにはいられないんです。忍になりたいと言わないかもしれないけど、この先、その能力で誰かの役に立てるように、導いてあげたい。

あたしにそれが出来なかった場合、おふたりに、託しても いいですか?

綱手様、シズネ、ふたりに会いたいです。
自慢の娘を早くあなたたちに会わせたい。

どうか帰ってきて。


由楽より


追伸
綱手様、お酒ばっか飲んでシズネを困らしちゃだめですよ。賭け事もほどほどにしてくださいね。のめり込んじゃうのが綱手様の悪いクセですよ。
ではまた。




ではまた、と手紙はそう締め括られていた。焼けた光みたいに、この手にはもう眩しい。

二度と会えない存在たちよ。
私はどこへ向かえばいい。
何を選べばいい。
お前だって死んでるのに。

お前は幸せだったのか?

綱手にわかっているただひとつの事実は、会ったこともないガキに帰りを待たれていること、くらいだった。

ずっと。

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