▼窓から飛び立つ
カカシ先生が起き上がれるまでに回復し、付きっきりのお世話は一区切り。
そういえば、最近、全然帰ってないや。
夜の任務までの時間に、わたしは一度 家に帰ることにした。
長い坂道を登る。里境に位置する広大な森を管理するため、奈良一族の家々は市街地から離れた場所にある。日向のように大きなお屋敷ではないにしろ、それなりに開けた住宅地だ。
シカマルの住む本家と、私の借りている離れとは、簡単に行き来できちゃう距離で、二階の窓からシカマルの部屋の窓へ侵入するのは昔からの常套手段。
いつだってシカマルは窓の鍵を開けてある。
退屈なとき。
眠れない夜。
ぐーたらしているシカマルの部屋に押し掛けた回数は、それこそ数え切れない。
「はぁ〜 落ち着く」
家に着くなりベッドに直行。
横になってぼーっとしていると、窓が開く音がした。大抵わたしの方があっちに乗り込んでいくのに、今日は珍しく向こうからやってきた。
「よぉ」
シカマルは部屋には下りようとせずにそのまま桟に腰を据えた。サンダルを脱ぐのがめんどくせェのだと言う。
「シカマルから来るの、珍しいね」
「お前が帰ってきたみてェだから母ちゃんが様子見て来いとか、色々うるせーんだよ」
長く留守にしちゃってたもんなぁ。
そういえば、数日前に茶屋で買ったあのお団子、カカシ先生のお見舞いにきたアンコさんが全部食べちゃって、奈良家には持っていけず終いだったな。
「さっぱり顔出さねーって母ちゃん心配してたぜ。ずっと任務だったのかよ?」
「ううん。えっと……つきっきりで看病をね」
「つきっきり?」
「うん。泊まりで」
シカマルはぎょっと目を丸くし、訝しげにわたしを見た。珍しい。普段なら滅多にそんな顔しないのに。
「ナルトとか……サスケか?」
「ううん。……カカシ先生」
暁の件はまだ忍たちに公になってない。伏せるべきかな。
「カカシ先生?」
「いやぁ ひどい風邪引いちゃったみたいでさ」
「上忍がンな簡単に体調崩すかよ?」
こんな冗談めいたウソでこの大人顔負けの頭脳を出し抜けるわけもなく、シカマルの口はさらにへの字に曲がっていった。
幸い 何があったかを詮索する気はないみたいだけれど、シカマルは一瞬押し黙って、頭を掻きつつばつの悪そうに言った。
「お前なあ、もうちょい常識的に考えろよ。男の家に何日も泊まるかフツー」
「男って……カカシ先生は先生だよ」
笑い飛ばすと、さっきまでため息をついていたシカマルが急に不機嫌になった。
「お前は昔からの知り合いだろ?それじゃ単なる教え子とはいえねェだろーよ」
「だったら尚更大丈夫じゃない。今日のシカマル、変だよ。動けない病人でもほっとけってこと?」
「そーじゃなくて警戒心をだな」
「確かに先生は変人だけど、誰彼かまわず女の子に手を出すような人じゃないよ!」
言葉は口から勢いよく転がり落ちる。
カカシ先生がたったひとりぼっちで目覚めてたら?きっとあの人は、孤独に沈んでしまう。
「……あー、もういい。めんどくせー」
シカマルはやさぐれた風に頭をガシガシとかき、ちょっと怒ったように押し黙って、さっさと自分の部屋へと飛び移っていってしまった。
じゃあな、の一言も言わずに。
「……ヘンなの」
なんか疲れた。
ベッドの上にもう一度ドサッと倒れた。
カカシ先生は先生だよ?大人の女の人ならまだしも、生徒のわたしをどうこうしようなんてあるわけないじゃん。 なに心配してるのやら。
*
ナルトが里を離れてから、いち、に…数えたら軽く両手を越して、かなりの日数になった。
起き上がって、机の一番上の引き出し奥から、一つの封筒を取り出す。ふるい色あせた白を指でなぞりながら、すこしの間見つめた。
「そろそろ見つかったかな 綱手様」
新しい封筒を引っ張り出し、古い封筒をその中に丁寧に入れた。迷った末に走り書きのようにかいた一言も添えて、使役の忍烏を口寄せする。ぽんと軽く煙をまいて、現れた濡れ色のつややかな黒。
「カンスケ、波の国の時に追跡したナルトを覚えてる?あいつをもう一度追跡してほしいの。それで……」
行儀のいい相棒に、封筒をそっとたたんで足に括りつけた。
「ここに宛名があるから。ナルトの近くにいるはずの、綱手さんって女のひとにこの手紙を渡してほしい。ちょっと遠いんだけど頼める?」
カンスケはこくりと一回頷くと、トットッと軽く跳ねるように窓へ方向転換した。
「ありがと。道中気をつけてね、カンスケ」
窓の桟に両手をかけたまま、秋の空に飛び立っていった黒い羽を見えなくなるまで見送った。シカマルの不機嫌な顔を思い出して向かいの窓を見たけど、部屋の中はカーテンですっかり隠されていた。
あの日。
由楽さんが亡くなってひと月とたたないうちに、おじさまとおばさまの助けを借りて、わたしは遺品を整理した。
書斎からは、一通の手紙で出てきた。
“綱手様へ”
と書かれたそれが、どんな内容なのか、読みたかった。
知りたかった。
なんでもいいちょっとでもいい。由楽さんの考えていたことを知りたい。
でも開いたら泣いてしまうと思って、やめた。
あの人が生きてる間、わたしは綱手様とシズネ様という人のお話を繰り返し繰り返し聞いて育った。木ノ葉の里から去っていった人たちのことを。
今は居ないあの人の、代わりにはなれない。
けど、わたしはずっと、ふたりの帰りを待ってよう。
遅くなっちゃったけれど、最後の手紙をその人へと届けよう。
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