▼solitude
銀色の前髪越し、半月の形の瞼がゆっくりと開いて カカシ先生が目を覚ました。
「先生!」
定まらない焦点のなか、カカシ先生が無理に上体を起こそうとする。
「先生、ここは先生の部屋です。“暁”はもういません」
「……あか…つ…き…」
「安心しろカカシ。“暁”は ガイが駆けつけて間もなく去った。上忍以上の忍たちにも“暁”の件を周知した。情報の揉み消しのためにお前が暁に狙われることもないだろう」
「いのいちさん…。では……ナルト……は…」
「ナルトも心配ない。危険を察知して、今は自来也様が里外に連れ出している」
「……」
傍らでいのいちさんがカカシ先生の肩を支える。よかった。わたしたちの声、ちゃんと届いているみたい。
暁は去った。ナルトが無事。それを聞いて、カカシ先生から力が抜け、再びベッドに身を沈めた。
そして、わたしのことをじっと見上げた。
「おまえも無事、ね……」
「うん。カカシ先生が助けてくれたから」
「……」
「でも、先生 あのね。実は…」
わたしはサスケの現状を、カカシ先生に伝えた。
聞き終えたカカシ先生は、天井を眺めたままぼうっとしていた。
サスケが、復讐を誓った実の兄弟と相見えたこと。
命は取り留めたが、完膚なきまでに敗北したこと。
僅かに頷いただけで、カカシ先生はサスケについてそれ以上の話はしなかった。
*
カカシ先生の意識が正常にいのいちさんは、急ぎ立ち上がって部屋をあとにした。
「カカシの意識が戻ったと関所に報告する。早いとこ知らせないとガイがうるさいからな。それに サスケにも同じ対処法で意識が戻るかもしれん」
「ありがとうございました。いのいちさん」
ふたりきりになった部屋で、カカシ先生は掠れた声で、わたしを呼んだ。
「シズク」
「なあに?先生」
「さっき……夢でお前を見たんだけど」
「……うん。ごめん、いのいちさんの術で、わたしも先生の夢に入ったの」
「見た光景を覚えてるか」
「え?」
「あの場にいた……みんなを、見たの」
「……うん。見たよ」
みんな とは、先生の夢にいた人たちのことだろう。あざやかな金髪をした男のひと。先生とスリーマンセルを組んでいたらしい黒髪の男の子と、栗色の髪のやさしそうな女の子。そして、由楽さん。
わたしの知る限りでは、その誰とも、木ノ葉の里ですれ違ったことはない。
きっと誰も今の里にはいないんだ。
サバイバル演習のとき、先生は慰霊碑に親友の名前が刻まれていると言っていたけれど。それはあの人たちのことだったのかもしれない。
「時々 夢に見るんだ。ひとり起きて 夢だとわかると……生きてることが空しくなる…」
先生は遠い目をしていた。
苦しんでる人に、大丈夫?って訊ねちゃだめって、誰かが言ってた。そう聞くと、そのひとが大丈夫ってしか返せなくなる。つらいって言えなくなっちゃうって。
カカシ先生がわたしたちに言う“大丈夫”は、おまじないみたいで、安心する。けれど、この人が自分に言って聞かせる“大丈夫”は、全然大丈夫に聞こえない。この人は、失ったひとたちのことを、今もひとり、数え切れないくらい思い出してるんだ。
「今日は…お前が…夢に現れてくれてよかった」
「いるよ。わたし 先生のそばにいる」
「……」
「ほら、夢のなかでじゃなくったって、こうしてそばにいるでしょ」
そう言いながら、わたしは先生の手を両手でしっかり握った。
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