▼ゆびきりげんまん
由楽が、素性の知れないガキを引き取ってしまった。
まったく、あの人一体何考えてるんだ。きれい事言っても実際の忍の世に人道なんてない。つい一年前まで、幼子ですら手を戦いに身を投じていた、そんな時代だ。あの赤ん坊だって敵の手駒にされていたっておかしくない。
だいじょーぶ なんて笑ってるあいつが理解できないよ。
「あっはは!リン その生意気そーな子、だれ?」
思えば、由楽は第一印象からして最悪だった。
初対面のその女は 悪びれる様子もなく、あっけらかんと笑っていた。年下だからってバカにしたような訊ね方をされて気分を害す。
「そっちこそなんなのよ。仮にも初対面相手に失礼でしょーよ」
「あ、それもそーだね。ごめん。あっはは」
医療班の後輩にあたるリンが居合わせて、オレの不機嫌さを察してオロオロしながら、会話を見守っていた。オビトはというと ぎゃははと笑っていたっけ。誰にでも優しいリンと仲がいいのはわかるが、何故かオビトと知り合いらしかった。
「あたし、月浦由楽!自由で楽しいが信条!よろしく!」
由楽はオレたちより一つ歳上の、女らしさや忍らしさが皆無のくのいちだった。寝ぐせのひどい髪。笑ってばかりいて、誰ともすぐに打ち解ける。
何が自由で楽しいだよ。
オレにはかなり苦手なタイプだった。
そうして対面した後 由楽に出くわしても、オレは極力話さないようにしていた。しかしオレの行動とは裏腹に、あいつとはしょっちゅう鉢合わせするというか 由楽は一方的にオレに構ってくるのだった。
「カカシ大変!任務のメンバーが足りないの!助っ人たのむっ」
「非常事態!この迷子の親探し手伝って!」
「カカシ〜、ここらへんで報告書みなかった?」
「助けてカカシっゴキブリが出っぎゃあああああああ」
本当にどうでもいいことまで頼ってくる。オレはアンタの母親か。
とても理解できない。理解できないけど、気を許して、い彼女のペースに巻き込まれてしまう。
いつからだろう?
ああ、そうだ。
一年前 オビトが死んでから。
解り合えた筈なのに、全部これからだったのに、音もなく崩れ去ってしまった。オビトはオレが殺したようなものだった。それからすぐにリンも死んだ。オレが殺した。彼女の心臓を貫いた感触は、いつまでも手に焼き付いて いくら洗っても血は落ちることはなかった。
オレは死神だ。オビトの笑いもリンの声も、この先永遠に聞くことはできない。
けれど 地獄に片足を沈めたオレに、 由楽はたった一言、こう言った。
「おかえり」
と。
責めも慰めもせず、たったその一言に、涙が溢れた。今や色ちがいの目になったオレに 彼女は何も聞かずに、手を握ったのだった。
あれ以来、オレは由楽に頭があがらない。
頻繁にオレを訪ねて来ていた由楽は、しかし、ここ最近姿を見せにこない。最後に会ったのはミナト先生の家で夕飯をご馳走になった日だ。
もう十日以上が経つ。
由楽に長期任務でも入ってるのか。それならなおさら、あの子を預けにくるはずだ。それとも他に用事でもあるのだろうか。
ちょうどそのときベルが鳴って、聞き慣れた声が響く。
「よっ カカシ。遊びに来たよ〜」
「あのねえ オレはガキは苦手だって、何回も――――」
そうため息混じりで、内心安堵しながらドアを開けたらびっくりした。由楽はひどくやつれ、顔色も真っ青になってる。こんな姿を見たのは初めてだった。
「何があった?」
「え?別に?なんもないけど」
嘘だろうな。なぜ白をきろうとしてるのか。
「…とりあえずあがれば」
「うん。おじゃましまーす」
部屋にあげて茶を差し出すと、由楽がこともなげに言った。
「しばらく姿を見なかったけど 任務だったの?」
「まあそんなとこ」
「………」
「あのさぁカカシ。あたし 忍辞めてきたんだ」
「は?」
あやうく湯飲みをひっくり返しそうになった。
「辞めるじゃなくて、辞めた?」
「そ」
「もしかしてシズク絡みか?」
「ううん。医者に転向して木ノ葉病院で働くのもいいかな〜って最近思ってたんだよね」
いい加減な奴だけど オレの知る由楽は忍としての使命を誇りにしてたし、戦場で仲間の命を救うことに全神経を注いできた。なのに、こうもあっさり辞めると口にするだろうか。
「今日、新しいアパートみつけてきたんだ。くのいち寮もじきに出る」
「……はあ」
この人はいつもそうだ。人のことは無断で分け入って踏み荒らしてくのに、自分のことはなにも オレに話さない。本当はなにも、頼ってくれない。
「うまくやっていけんの」
「カカシ 心配してくれてんの?」
「別にそんなんじゃない」
「ふふふ。大丈夫だよ。うまくいくうまくいく」
豪語するのだから、きっと彼女はなんとかする。いままでだって、本当の意味でオレに頼ったことなんて、たぶんなかった。なんだかんだでオレばかり頼っていたのだ。
「じゃ…約束してよ」
「ん?」
「なにかあったら一番に、オレに頼るって」
「…うん。わかった」
由楽は笑うと、右手の小指を差し出した。
「困ったら一番にカカシに会いにいくよ。たくさんSOS出すから覚悟しといてね」
「勘弁してよ」
「ゆーびきーりげんまん、うそついたら針千本のますっ。ゆびきった!」
彼女のことはとても理解できない。
でも こどもみたいにはしゃぐその笑顔だけ、せめて幸せでいてほしいと願った。
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