▼破らせた約束

アスマ先生や紅先生が指折りの上忍であることは間違いない、けれど、人を守る忍と殺す忍の違いは歴然としていた。手配書でも危険度の高い抜け忍二人を前にして、先生たちが圧されているのは、火をみるよりも明らかで。

「これは……幻術返し!?」

紅先生の幻術を軽々といなしたイタチ。同胞殺しと聞いて常軌を逸した凶人だと思っていた。むしろそうだったほうが助かったかもしれない。真の忍とはこういうものなのだろうか この人は全く読めない。
体が総毛立つ自分が情けない。戦いに加わってなにができるわけでもない でもこれ以上、震えていられない。

「さすが紅さん でも――」

「紅先生から離れろ!」

紅先生とイタチの間に割って入り、その赤い目を見ないように視線を逸らしながら、クナイの先を奴に向けた。
手に汗が滲む。戦わなきゃ 戦うんだ 今
――――駆け出そうとしたそのときだった。


「シズク 下がってろ」

穏やかな声。目の前に立ちふさがった上忍ベストの忍は、アスマ先生じゃなかった。
あなたは当然のように、ピンチのときにわたしの前に現れて、いつも助けにきてくれるんだ。



「ここまでだよ。イタチ、お前がな」

言いながら、カカシ先生は分身体と共に黒装束の忍へとクナイを向けていた。

「カカシ 何でお前まで出てくんだっつーの」

「いやー、さっきはお二人にお願いしちゃったけど……ま!気になるじゃない?やっぱ」

それに、とわたしの前に立つ影分身が呆れたように呟く。

「お前もとことんトラブルに巻き込まれやすいタイプだねぇ、シズク」

「あ、あはは……」

「手出しはするなよ。ここからは上忍の戦いだ」


カカシ先生が写輪眼を見開き、印を組む。
しかしイタチはどこまでも上手だった。アスマ先生や紅先生でさえ、印スピードや術の扱いに長けたイタチの動きを追うことができていないほどに。
写輪眼を出したカカシ先生でさえ、再不斬のときと比べ物にならないほど苦戦を強いられている。
目で追えない。これがほんとの、忍の戦い。

「はたけカカシ……うちは一族でないアナタが写輪眼をそこまで使いこなすとは。だがアナタの体はその眼に合う血族の身体では無い」

間合いを取ったイタチが、一度瞼を伏せる。

「うちは一族がなぜ最強と謳われ恐れられたか。写輪眼の 血族の本当の力を見せてあげましょう」

「皆 奴の目を見るな!!」

カカシ先生がそう叫び、わたしは思わず目をかたく瞑った。真っ暗な中で何が起きているかも分からずに、ただただ聴覚だけを研ぎ澄ませる。

「三人とも絶対に目を開けるな。今の奴と目が合ったら終わりだ。アレとやり合えるのはおそらく写輪眼を持つ者だけだ」

「確かに写輪眼を持っていればこの万華鏡写輪眼に多少の抵抗は出来る。しかしこの特別な写輪眼の瞳術 幻術“月読”は破れない」

「“月読”……?」


―――バチャ。

イタチが話し終えるや否や 頬に水しぶきが飛んで、心臓が一際大きな鼓動を打つ。

倒れたのは誰?
距離的に、そこに立ってるのは―――

「どうしたのカカシ まだ目を閉じてろっていうの!」

「一体何があった!?奴がしゃべり終わった途端急に倒れやがって!!」

ごめん先生、言いつけ破るよ。
真下に顔を向けてうっすら目を開けば、水面には、何重にも広がる波紋。その中心を辿ると カカシ先生が膝をついていた。

「カカシ先生!?」

駆け寄って肩に触れる。脈も呼吸も、残りわずかなチャクラも、ひどく乱れていた。

「カカシ先…、」

「ぐうっ…まだ…だ……」

振り絞るような呟き。わたしの目を覆うようにかざされた手のひらが、小刻みに震えていた。
先生 そんなボロボロになってまでまだ守ろうとしてくれるの?

「ほう あの術を喰らって精神崩壊を起こさぬとは。しかしイタチさん、その眼を使い過ぎるのはアナタにとっても危険……」

気を失う寸前で、カカシ先生はなおも鋭い眼光を抜け忍に向けた。

「探しものとは…サスケのことか?」

「いや……四代目火影の遺産ですよ」

「!?」

「四代目の遺産だと?じゃあなぜシズクに接触した…」

「ひとつ確かめる必要があったからです。……カカシさん、その眼を真の意味で使いこなせなければ、あなたの手では守れない」

月読だとか、四代目火影の遺産だとか、確かめる必要があるとか。わたしだけじゃなく、アスマ先生や紅先生の表情からもこの状況の不可解さを窺い知る。なにがどうなってるの。

「狙いは……ナルトの中の九尾か」

―――ナルト?

「動いてるのがお前らだけじゃないのは知ってる……。組織名は…“暁”だったか」

暁。

カカシ先生がそう発した途端、イタチと鬼鮫が殺気を強く立ち込めた。

「鬼鮫、カカシさんは連れてく。その他の方には消えてもらおう」

カカシ先生を連れてく?
そんなの絶対だめ。この人を これ以上――――
カカシ先生の背中に回し、跳躍しようとした刹那。川面が大きく揺れ、足元が安定なくぐらぐらと波打った。

「木ノ葉剛力旋風!!」

ハキハキとした物言いで鬼鮫を牽制したのは、ガイ先生だった。

「何て格好だ。珍獣の間違いでは?」

「鬼鮫 あの人を甘く見るな」

ガイ先生の応戦でカカシ先生の緊張の糸が切れたのか、体がぐらりと傾いて そのまま倒れそうになる。「先生!」慌てて自分のほうに引っ張って抱えた。

「カカシ先生……っ!」

瞼は何重もの隈に縁取られて閉ざされてる。いくら呼びかけても 先生こいつもの“だいじょーぶ”が返って来ることはなかった。


*


イタチと鬼鮫は劣勢を察してか 応戦せずに去っていき、わたしたちは難を逃れた。
意識のないカカシ先生を 急ぎ上忍寮の部屋へと運んだは良いものの、一通りの治療を施しても先生が目を覚ます気配は一向にない。以前 再不斬との戦いでも先生はしばらく体の自由が効かなかったけれど、今回のダメージはあのときの比じゃなかった。
枕もとに座って、先生の顔を覗き見る。

「カカシの様態は?」

上忍の先生たちは 眠ったままのカカシ先生を囲む。

「幻術の負荷が大き過ぎて 過度の拷問を受けたのと等しいダメージを受けています」

「お前でも治せねェのか?」

「負荷の根本までを取り除こうにも カカシ先生の体が拒否反応を起こすかもしれません」

幻術使いの紅先生には、思うところがあるらしかった。

「干柿鬼鮫は精神崩壊と口にしてたわね。写輪眼の幻術世界で何があったのか…情報部の忍に詳しく見てもらいましょう」

自分が腹立たしくて、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
いつだって庇ってくれる先生に、甘えてた。無茶しないでってお願いしたわたしのほうから、約束を破らせちゃった。

「そういえばシズク、イタチはアナタに確かめる必要があるとかなんと言っていたようだけれど。何があったの?」

紅先生が思い出したようにわたしに話しかける。

「いいえ ただ名前を聞かれただけで」

「名前?」

アスマ先生も首を傾げた。

「ナンパなわけねえよな。……ったく、何がどーなってんだか」

本当に、わかんないことだらけだ。
先生を苦しめた術もイタチも、暁とかいうのも―――それに。

「あいつら、ナルトがなんとか……って言ってましたよね」

視線を窓辺に移すと、植木鉢を見つけた。同じ観葉植物の小さな鉢植えを わたしもナルトからもらったことがある。

「ナルトがあんな強い奴らに狙われるのは、九尾のせいなんですか?」

「……そうか お前は知ってたのか……。実のところ オレたちもまだわからねぇ。上忍仲間のオレたちが知らなくて カカシだけがあいつらを知ってるってのも妙な話だ。奴らの口振りじゃあ まだナルトは見つかってないみたいだが」

「すぐにナルトを保護すべきよね。私たちやカカシ先生でさえ敵わないのに、あの子一人で太刀打ちできるわけが……」

「でもおかしくないか?あいつら既に里に入り込んでた。この里でナルトを見つけるのなんて簡単だろ。イタチはナルトの顔を知ってるんだぞ」

「しっ!」


気付いた頃には遅かった。
ナンバーワンルーキーは抜き足も一流。部屋の外に気配が近づき、ノックもなしにドアが開いた。

「カカシ?」

「さ、サスケ!」

「シズク、どうしてカカシが寝てる?それに上忍ばかり集まって何してる。一体何があった!?」

「ん……いや、別に何もな」

ガイ先生が取り繕おうとしてる最中に、興奮しきった忍が飛び込んできて。

「あのイタチが帰って来たって話はホントか!?しかもナルトを追ってるって!」

サスケはその名を聞くなり、目の色を変えて、すぐさま部屋を出て行ってしまった。

「あ!」

「バカ……」

「何でこーなるのッ!!」

「サスケ!!」

「シズク!アナタが追ってどうするの」

「でもっ!」

「アナタは医療忍者でしょう」

踵を返したサスケを追おうと反射的に席をたったが、そばにいた紅先生に阻まれる。

「サスケはガイに任せて、アナタはカカシを看ていて」

再びカカシ先生のそばに座ったわたしは、きっと苦虫を噛み潰したような表情だっただろう。

お願い、目を覚まして。先生。
いったい全体何がどうなってるの?

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