▼語り継ぐこと

降りだしたのは、木ノ葉崩しから2日が経った今朝のことだった。
いつも色で溢れてる里は喪服の集団で埋め尽くされ 手向けの百合も白で、空は灰色の一面モノトーン。木ノ葉とは別の里にいるみたいだ。
いのやチョウジたちと横並びになりながらも、なんか上の空で、オレはこの葬式に合わせたようなどしゃ降り雨の下で 考え事をしてた。

昔、なんかの本で読んだことがある。この世界で死者を想って泣いてる人間がいると、こっから遥か遠くの場所 死んだ人の世界で、雨が降るって。
そんなら三代目のいる場所は、今頃かなりの大荒れだろう。参列する人たちの頬が濡れてんのが涙なのか雨なのか 判然としねえが。


祭壇に向かう列に混ざると、そこに シズクの姿を見つけた。
顔を見んの、2日ぶりか。無事だとはすぐに連絡を寄越してきてたけど、あいつはウチの離れにも帰らずに、木ノ葉病院に缶詰めになってるらしかった。
すれ違ったときに、あいつの目の下には、くっきりとクマが。戦いの負傷者は多く、医療忍者は寝る間も惜しんで患者を診てる。

式の途中、やや離れた列から ナルトとイルカ先生の声が聞こえてきた。

「なんで人は……人のために命をかけたりするのかなぁ」

「そうだなぁ……」

ナルトの問いに イルカ先生はなんて答えんのか。

「人間が一人死ぬ、なくなる。過去や今の生活、そしてその未来と一緒にな。たくさんの人が任務や戦争で死んでゆく。それも死ぬ時は驚くほどあっさりと 簡単にだ」

そう 力があるとかないとか関係なく、まったくよくわからない仕組みで、驚くほど簡単に。オレだってあのときアスマが来てなかったら、死んで今頃花を手向けられてたに違いねえ。まだ生きてる。よく生きてる、とも思う。

「ハヤテだってその一人だよ。死にゆく者にも夢や目指すものはある。しかし誰にもそれと同じくらい大切なものがあるんだ」

イルカ先生の言葉がクリアに聞こえる程 雨は次第に弱まってきていた。
大切なもの。
あのとき、アスマは迷わなかったのか。父親の傍を離れてオレを助けに行くことに。親の死に目に居合わせる選択をしなかったことに。


「両親、兄弟、友達や恋人、里の仲間たち。自分にとって大切な人たち。互いに信頼し合い助け合う、生まれ落ちた時からずっと大切に思ってきた人たちとの つながり…。そしてそのつながった糸は時を経るに従い太く、力強くなっていく。理屈じゃないのさ。その糸を持っちまった奴はそうしちまうんだ。大切だから」

つながり、か。
オレは僅かに目線をそらして、何列か向こうの、シズクの横顔をうかがった。三代目の遺影をただじっと見つめるその瞳を。
こっちの世界の雨は止んだ。

*

「おい」

葬儀が終わって、オレは立ち去ろうとする後ろ姿に声をかけた。

「なんか久しぶりだな」

「うん。シカマル、調子は?」

「まあまあってとこだ」

「なら良かった」

「これからちょい時間ねーか?」

「わたし病院に戻んなきゃ」

「いいからちょっと付き合えよ」

「………」

「すぐ終わっから」

そう言って、里の中心部と反対の道を 両手をポケットに突っ込んだまま歩いてく。
木ノ葉の里は復旧作業に追われてた。死者も負傷者もあんだけ犠牲を払っての戦いの最後ってのは、あっけねー幕引きなんだな。
敵さんが早々に降伏して戦いが長続きしなかったのはまさに不幸中の幸いだった。建物の倒壊はでかい口寄せ動物やら秋道一族やらが暴れた結果でもあるわけが、まあ暗黙の了解というやつで、みんな目を瞑る。
雨上がりは歩くたび、踏みしめる足が露に濡れる。
丘の野原まで、シズクはオレの七歩ぐらい後ろを黙ってついて来た。

「すごい。真赤だ」

たどり着いた先、風に揺れる一面の彼岸花に、シズクが声をもらした。

「きれいなのに、少しこわいね」

秋はこの草原まるごと咲くが、まだ秋の彼岸にゃ早ェよな。狂い咲きってやつか。

「……ねぇシカマル」

赤い花畑に佇みながら、しばらくして ぽつりと呟かれた。

「……死んだ人が生き返ることってあるのかな」

「生き返りなんて、んなもんあるわけねーだろ」

「そうだよね はは」

何年も隣に居んだ、わざわざ聞かなくたって、堪えてる背中をみりゃわかる。
また歯ァ食いしばって我慢してんのかよ。お前いつまで、あっちの空曇らせてる気だ。

オレは大股で近づいて、強引にシズクの手首を引っ張り、自分の方へ引き寄せた。

「わっ」

力の抜けた体がオレの肩口に収まった。
寝癖頭に手を回して、逃げられねェように自分の肩に押し付ける。
抱き締めるって感じじゃねえな。身長もあんまし変わんねーし、肩幅にも差がねえし。

「こらえんなよ」

「……」

「誰もいねえし、オレにだって見えてねェ」

オレは知ってんだ。
お前がこの里で泣く場所がなくて、今まで数え切れねェ位 涙を押し殺してきたこと。
めんどくせーけど 肩くらい、いくらでも貸してやる。だから思う存分泣きゃあいい。
シズクはおそるおそるオレの襟を握った。すこし迷って、オレはこいつの後頭部に回した手に、すこし力を入れるだけにした。

「三代目様ね、笑ってたの。さいご、苦しかったはずなのに、やさしく…笑って……」

シズクは言葉を詰まらせたきり、オレの肩に顔を埋めてしずかに泣き出した。

「本選の朝に、三代目様とおはなししたときは…まだ……」

悲しいのか何なのか、自分でも分からずにオレまで目頭が熱くなってきた。いや、泣きはしねーけど。

赤い花が視界の端を埋め尽くす。なあ、彼岸花の花言葉 知ってるか。
お前は知らねーよな。その手の話はてんでダメだし。
つっても、オレもいのが喋ってたのを聞いてたに過ぎねーんだけど。
彼岸花の意味なんざ知らなくていい。
まあ今日のところは。

三代目のほうはまた雨が降り出したろうけど、じきに止む。止んだらオレたちはまた、いつもの日常に戻るんだ。

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