▼別れ
ぞくり。悪寒が体に走って、後ろに現れた気配に反射的に震える。
「!!」
殺られると思った刹那 オレの鼻を掠めたのはあの 苦手な煙草の匂いで。
吐き出された煙で、振り返らずとも誰がやって来たかがわかった。
「ようやく追いついた」
「アスマ……なんで…!」
里で敵と戦ってるんじゃ……そう言おうとしたが、動揺のせいか うまく声にならねェ。
にやりと笑ったアスマの表情は常の 第十班で見る穏やかなモンじゃなく、上忍の形相だった。アスマは抱えていた9人目の音忍を乱暴に放り投げると、アイアンナックルを手に 残り8人も瞬く間に倒していく。
―――――助かった。
「フー……」
ため息をついて、その場に座り込む。今回はマジで死ぬかと思った。つーか アスマが来なかったら現にそうなってたんだけどよ。
そのまま、脱力して空を仰ぐ。
いつも通りの、からりとよく晴れて青空が広がっていた。
ナルトとサクラにゃ必ず追いつくと約束したが、チャクラ切れだ。オレはアスマと共に来た道を戻ることにした。
里の外周あたりまで着いた頃に、アスマはくわえたタバコに火をつけようとして、どういうわけか 手を止めた。
「シカマル ここまででいいな」
「?ああ」
「お前はひとまず緊急避難所に戻れ。そこで現状も把握できるはずだ」
「アスマはどうすんだよ?」
あの時多分 肌で感じ取っていたのだ。
煙草を口から放し、アスマはライターで火を付けた。でも指に挟めたまま吸おうとはしなかった。
かきん。
ライターの蓋が鳴らす高い音が、いつまでもオレの耳に残っていた。
*
「待て」
低く脅す声がしたかと思うと、体にのし掛かっていた重みがバッと離れていった。敵の間に割って入る形で降り立ったその人を、地面から見上げる。光に透けるような銀色の髪を目にしたら、途端に安堵が胸に広がった。
「カカシ先生っ!」
上忍ベストの姿がもうふたつ。どうやらガイ先生とゲンマさんもいるみたいで、カカシ先生はわたしに駆け寄ってしゃがみ込んだ。
燃えるような赤い目がわたしを捉え、負傷した足を一瞥する。
「大丈夫か シズク」
大きな手が背中に回り、上半身を起こされて そのまま先生の肩にもたれた。
「おっと、またアナタですか」
距離をとったカブトの隣に砂隠れの上忍が瞬身する。かなり応戦したらしく、その息づかいは荒い。
「ほんとしつこいねえ音隠れの連中は。大蛇丸の狙いはサスケだけかと思っていたが……シズクに何の用だ」
わたしを捉えたときのやさしい瞳は すぐに忍のそれに変わり、敵へ殺気が放たれる。
「彼女に関してはボクの一存ですよ。とはいえ、今皆さんを相手にするのは厄介だな」
カブトが中央の物見やぐらを見上げると、奇妙な音が響き、紫色の結界が上の方から破れ始めていった。
「カカシ!奴ら動いたぞ!追うか!?」
「いや待て ガイ」
「そう…上の状況情報がない状態であまり好き勝手に動き回ると 敵の罠にハマりますよ」
「そんなことは百も承知だ!罠があろうと無かろうとこんな時に敵を見逃すわけにはいかん!それが木ノ葉の忍だ!」
「で お前は結局見てるだけか。カブト」
カブトが冷静な反面、砂の上忍には明らかに動揺の色が窺える。
「おい どうする?」
グルとはいっても主犯は大蛇丸、砂隠れは利用されているに近いのかもしれないとそのとき感じた。
「そろそろ退きましょうか」
「またオレから逃げるのか?」
「今はね。うかつに手の内を見せるとコピーされちゃうのが関の山ですから。まぁ……尤もうちは一族ほど完璧に その眼を使いこなせてはいないようですが」
そして視線をわたしにずらし、また笑みを浮かべた。
「君はこの里では弱くなる一方さ。本当の自分を知りたいなら、もう一度会いたい人物がいるなら、こっちにくるといい。どのみち木ノ葉はこのまま潰れるだろうけどね」
「この里が潰れるもんか!」
何でも知っているような物言いに苛立ち、カブトに食ってかかる。しかしあちらは小馬鹿にしたような顔のまま、
「では」
と、煙を巻いて逃げていった。
彼は本当に裏切り者だった。
正体を明かしたのだから、彼はもう二度とこの里に帰ってくることはないだろう。その事実を考えると胸が痛む。
反対に、腱の痛みはひいていて、傷もなくなっていた。歩けそうだ。
「治したからもう平気。ありがと、カカシ先生」
「……相変わらず早いね」
カカシ先生は半月目をさらに細め、憂い顔をわたしに向けた。
「シズク、カブトはお前に……」
「カカシ!今は話してる場合じゃないだろう!物見やぐらへ急ぐぞ!」
「……ああ、そうだな」
「わたしも行きます!」
物見やぐらには先に何人かの忍が到着していて、みんな一様に立ち尽くしていた。全員が声を失ったみたいに、戦いの喧騒すら嘘のように静まり返っていた。
人の輪の中心に横たわる体を 皆が決して目をそらすことなく、見つめながら。
「火影のおじいちゃん?」
「そうよ、シズク。この方はね、この里のリーダーで、里でいーっちばん強くて優しい人なのよ」
「強いのと優しいのは反対じゃないの?」
「大人になればわかるじゃろう」
笑ってわたしの頭を撫でてくれた手は、あんなに大きかったのに、いま重ねるこの手は小さくてしわしわだ。この里のみんなをずっと守ってきたのはこんなにも華奢な掌だったんだ。
涙の代わりに、無意識の内にチャクラが溢れていた。
「シズクよせ。もう医療忍術でだって……」
「わかってます。わかってる」
三代目様は息を引き取った。蘇生するには手遅れだ。体を貫く大きな空洞。
失った血。無数の刀傷。
禍々しい封印の痕跡。
「この傷は木ノ葉を守った証。だからそれを治すのは三代目様への冒涜行為かもしれない…それでも」
屍鬼封尽は死神の術。術者の魂は永遠に成仏できないと禁書で読んだことがある。
三代目様は術に魂を捧げたのだ。わたしには何も力になれない。
でも、わたしたちを守り抜いて死んで、その先もずっとずっと、この方が苦しみ続けるのなら。
「それでも」
「音の里に来れば、君の一番大切な人間も、蘇らせることができる」
不意にカブトの言葉が頭をよぎる。
どうしてなの。
人を蘇らせることができる術を得たから、簡単に殺してもいいっていうの。
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