▼ツッキー君は任せた
第二の試験が終わると、下忍たちは何日かぶりに試験から解放された。
木ノ葉の下忍の多くが真っ直ぐ自宅に帰る中、第十班は着の身着のまま焼肉Qに直行した。しかし試験でかなり消耗していたのか、シカマルもいのもそれほど箸が進まず、チョウジですらおかわりが普段より少なかったほど。試験のご褒美焼き肉会は、日を改めてやることになった。
自宅に帰り、風呂に入るとシカマルはすぐに寝床に潜った。やっぱぐうたらに尽きるな、と染み入るように目を閉じる。
ところが寝入る前、窓の外から、シカマルの名を呼ぶ声がある。
このタイミングで呼び出すのはただ一人に決まってる。
もう少しで眠りに落ちるというとこで起こされたシカマルは、やや不機嫌に、鍵のかかってない窓を開けた。
「何だよこんな時間に。試験帰りなんだしゆっくり寝かせろよ」
「ごめん。急用で」
「急用?」
「これ、シカマルに預かっててほしいの」
シズクの片手には小さな植木鉢が抱えられていた。
「なんだよ?」
「ナルトに貰ったカンヨーショクブツのツッキー君」
「鉢植えじゃねえ。急用の方っつの」
「あ、そっちか。わたしね これから修行に行くんだ。それで暫く留守にしようと思って」
「これからって……今から出発すんのかよ?」
「うん。いつ帰れるかわかんないからさ、ときどき水やりよろしく。あ、ついでにこの鍵も」
シズクはマイペースに、まさぐったポケットから鍵を取り出して それをシカマルに投げてよこした。キャッチした銀色のそれは、離れ用。家の鍵がついでってのもどうなんだか。
「お前 いつ帰れるかわかんないって……」
「試験までには間に合うように頑張るけど」
「どこで修行すんだ?」
「それもわかんない」
「誰と」
「カカシ先生。あともしかしたらサスケと、知らない人と?」
返事が全部曖昧で、流石のシカマルも口を閉ざす。
第七班の上官て、確か斜めの額宛てに口布してる、アヤシー感じの忍だったな 生徒の前で平気でエロ小説読んでるって噂の……と、シカマルは試験会場で見た上忍の姿を思い返す。
予選の試合中に、シズクが観覧席でその担当上忍と親しげに話している場面を目にした。
シカマルの記憶力では、滅多に人の顔を忘れることはない。
あの担当上忍は、以前月浦由楽が生きていたときによく訪れていた忍だ。
「わたし 強くなれるように、うんとがんばる。シカマルとはトーナメント表端と端だし、戦うなら最後まで勝ち残んなきゃだよね」
「オレはごめんだぜ」
不戦勝とはいえ、試験受けて仲間治療して、一体どこにそんなスタミナがあるんだか。男顔負けの闘志はどこから来るんだか。
「じゃ、ツッキー君よろしくっ!」
シズクは予想以上にあっさりと、飛び出していった。
手渡された鍵と植木鉢、“ツッキー君”と下手くそな字で書かれたプレートをしばらく見つめたあと、シカマルはそれを机に置いて、部屋を出た。
*
つい数時間前。
焼肉Qで解散した弟子のひとりがこんな時間に突然家を訪ねてきては、
「カカシ先生の行きそうな所知らねえっすか」
と突拍子もなく言う。
らしくない行動に、アスマは少しにやついてしまった。
聞けば、本人曰く“腐れ縁”のシズクが、中忍試験の本戦に向けて カカシに連れられてどこだかに修行に出てしまったという。
不器用な奴だな、口をへの字に曲げて眉寄せてばっかりで。心配性を隠す弟子を 青いなあと眺めつつ、アスマは教え子と散歩ついでに夜の里をうろうろすることにした。
「どっか目ぼしいとこは」
「さあなぁ」
「上忍仲間じゃねえの?」
「カカシは見ての通り秘密主義だからな」
どの演習場にもカカシとシズクの姿はない。あのカカシのことだ。大蛇丸を警戒して、簡単には見つからない場所にサスケやシズクを連れていったにちがいない……という推測は、アスマは弟子に伏せておくことにした。
ハア。シカマルが月を見上げてため息をつく。ため息だけでいつもの口癖までは出てこない。アスマは煙草の煙を吸い、胸に三秒ためてから、ふうを灰を夏の空に吐き出した。
「酒でも飲みにいくか?なぁシカマル」
ちゃかして言ってみる。
「紅先生でも誘えよ」
「お前なあ、せっかくセンセーが傷心の弟子を気遣ってやってんのに」
「誰が傷心だよ」
「違かったか?」
「オレは……あいつのことだからどうせ無謀な修行組んでんじゃねーかって 気になっただけで」
「シカマル、お前カカシと話したことは?」
「さあな。かなり昔にシズクがらみで、少しだけあったかないか位。離れにはしょっちゅう来てたみてえだけど」
「そうか」
遠回しに聞きつつ、アスマはなんとなく察していた。シカマルが気がかりなのは、カカシが纏ってる影のようなものや、月浦親子とのものすごく微妙な関係を、シカマルがそれなりに、感じ取っているから。
「由楽サンとカカシ先生って、どんな関係だったんすか」
「あいつらか?そうだなぁ……恋人でもねえし…だが由楽といるときのカカシって、オレらといるときとはこう、ちょっと違かったんだよな 雰囲気が」
「……」
「多分 あいつらはお互い自分の半身みたいなもんだったんだろうな。戦争が終わって、まあ色々あって、オレも里にいなかったし 詳しくはわかららんが」
火影である父親と距離を置くように 木ノ葉の里を離れ、守護忍十二士として首都にいた。由楽がシズクがともに暮らしていたのはちょうどその頃のことで、由楽の最期にもアスマは立ち会わなかった。
「アスマ先生の黒歴史っすね」
「揚げ足取るなよ。あのアウェイ感はきついぞ。オレが帰ってきた頃には里もがらっと変わってたよ『あーあの頃おまえいなかったんだっけ』って何かにつけて周りから言われるし」
「へえ」というシカマルの適当すぎる相槌へも、アスマは咎めることはない。
「びっくりするよな。帰ってみたら、同期が引き取った赤ん坊がいつの間にか普通に歩くわ話すわで」
「あいつ元気なガキだったから オレと違って」
懐かしいさに寄せる感情。シカマルはほんのすこしだけ ようやっと笑った。
「あの子が帰ってくんの、気長に待ってやったらどうだ」
「待つって…」
「男らしくねーか?ハハハ、お前もシカクさんみたいなこと言うなあ」
「うるせえよ」
満月の明るくて穏やかな夜に、アスマの煙草の煙が漂っていく。その煙が夜空に溶けるのを シカマルはしばらく黙って見上げた。あと何日。あと何週過ぎたら、中忍試験で戦うことになるか 知っている。対戦相手も。それまでに、いい加減その重い腰をあげなくてはならない。
「なあセンセー」
「どうした?」
「……オレに修行つけてくれよ」
それぞれ師匠のもと弟子たちが技を磨く。戦い合うの日は刻一刻と近づいていた。
「いっちょ気合い入れて山籠りでもするか」
「いや…フツーので」
「ハハ、そうだよな。お前そういうタイプじゃないもんなぁ」
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