▼はじまりの日(下)
「しのび?」
シカマルの口からはじめて聞いた言葉の意味がわからずに、シズクはおうむ返しをした。
縁側に寝っころがって空を眺めていたシカマルが、視線をシズクに向ける。小さな手のひらを重ねて、父シカクの結んでいた影縛りの印を見様見真似でつくってみせた。
「こうやって、印をむすんでニンジュツを使うんだぜ。分身したり姿くらましたり」
「?」
「オレの父ちゃんは忍だし、母ちゃんもそう。おまえのかあちゃんは?」
「由楽さんはお医者さんだよ」
「あのマスクのにーちゃんは忍だよな?」
「わかんない……」
遅れて荷運びにきた青年の風貌を見て、シカマルはそう判断したらしかった。
シズクはぽかんと口を開けたまま面食らっていた。シズクにとってのカカシは、由楽と仲良しで、遊び相手になってくれる数少ないともだちだった。その彼が普段なにをしているか、聞いてみたことはあったが、大抵はぐらかされてきたのだ。
「ウチは代々忍の家だから、めんどくせーけどオレも来年にはアカデミーに入んだ」
「…アカデミー?」
シズクにはまだまだ、知らないことだらけ。
*
シズクとシカマルが縁側で 二人揃って眠りこけている頃。
カカシが運んできた引っ越しの荷ほどきを一段落させ、シカクたち大人組もしばし一休みすることにした。
「里の奴らが騒ぎたててたもんだからどんなかと思いきや、そこらの子と変わらねえな」
「シズクちゃん、とってもかわいいわね。やっぱり女の子っていいわ」
「ま、中身は由楽似でかなりやんちゃですけどね」
「おっ?いっちょ前に父親気取りか?カカシ」
「ちがいますってば」
からかわれて思わず眉を寄せたカカシだが、どうせまんざらでもないのだろう。
「シカマルくんはシカクさんそっくりの賢そうな子ですね」
「そんな 悪いとこばっかり似て困ってるのよ。だらしないとことか、眉間にシワ寄せる癖とか」
「あっはは。でも、シズクが同い年の子と打ち解けるのはじめてですよ。安心そうな顔してる。うれしいなあ」
「ガキは今日会ったってのに仲良くなっちまうよな。うちのはマイペースだし」
空にすっとたゆたう煙草の煙を、シカクは目で追い、つぶやいた。
「……しっかし 選民主義の大人げねえ連中がいるもんだぜ」
事件は数日前にさかのぼる。
由楽とシズクの留守中に、引き払う間近のアパートが何者かによって荒らされたのだ。
帰りがけに、ふたりは犯人に遭遇した。マントに身を包み、鬼の仮面で顔を隠した四人組は、突如としてクナイを放ってきたらしい。
運よく人が駆けつけて被害なく済んだものの、去り際に襲撃犯はこう言い残したという。
「里に災いを招く、その子供は余所の刺客だ」
なにかが動き出している。
疑いたくはなかったが、同じ木ノ葉の仲間が、出自が疑わしいというだけの理由で幼子を排除しようとしているのだ。
慎ましく暮らしてるふたりを、なんでそっとして置いてやれねえんだろうな。そう、辟易とした思いのシカクである。
「よそ者ってか。木ノ葉だって忍一族が寄り集まっただけの、百年と経たねェ里だってのにな」
「シカク先生、ヨシノさん、申し訳ありません。奈良一族の皆さんまで巻き込んでしまうかもしれないのに」
「ウチのことは気にすんな」
「そうよ。由楽、あなたたちは悪くないんだから安心しなさい」
「…ありがとうございます。これからたくさん迷惑おかけすることになると思いますけど よろしくお願いします」
人生ってのは分からねえもんだなと、シカクは染々感じ入った。まだまだ青二才と思っていた弟子が、こうしていつの間にか誰かを守ろうとする大人になっているのだから。
「まあ、ちょっとは肩の荷おろせよ」
笑っていても、内心由楽は不安がつきまとってるはずだ。小さな親子に忍び寄る不安を拭うように、シカクはどうってこともないかのように頷いてみせた。
- 8 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next