▼46 シカマルと天道と星空

「シカマル、覚えてる?小さい頃もこんな風に星を見たことあったよね」

輝く星空の下、懐かしそうに微笑むシズク天道の顔が、暗がりでもはっきり判る。

「あったな…あんときだろ。お前が星見てェとか言い出して、親父と母ちゃんの目ェ盗んで屋根に上がった時の」

「そう。言い出しっぺの私が途中で寝ちゃって」

「お前を抱えて部屋に戻んの、苦労したんだぜ」

思い出せば、二人はこれまで数限りなく並んで空を眺めてきた。
天まで立ち上る入道雲も、とんぼの飛ぶすすき野に秋空も。
合同任務の帰りに、同期の仲間たちと揃って満点の星空を眺めたこともあった。
遠くを見るふりをして シカマルがシズクの喜ぶ顔をこっそり盗み見ていたことを、本人は知らない。


「あの頃は…まさか自分がこうなるとは思っても見なかったなぁ」

「そりゃ七人に分裂するとは誰も考えねーよ」

「それだけじゃなくて」と、シズクが静かに目を伏せる。「私はずっと木ノ葉の里にいるんだと思ってた」

幼少のシズクは木ノ葉の仲間たちに認められようて躍起になっていた。受け入れられれば満足していた。それが今じゃ、単身雨隠れの里で暮らしている。

「将来なんてそんときになってみなきゃ判んねーもんだよな」


「昔のシカマルが今のシカマルを見たらビックリするだろうね」


「そう変わっちゃいねェよ」


「そんなことないよ。カカシ先生の補佐役も忍連合の任務調整役も、自分から引き受けたんでしょ。めんどくさがりだったのに、シカマルは誰よりも早く大人になった」

「…」

「……追い付けなかったなぁ」


これまで心に溜め込んできた感情を溢れさせるように、シズク天道の双眸に透明な光が宿った。


「ちゃんと頑張ろうって思ってたのに、私…気付いたら離れてるのがさみしくて、そばにいたいって そればっかで…」

ぽつりぽつりと溢れる言葉は不器用な告白のようで、吐き出しても吐き出しても、痛みは熱を持ち続けて長い尾を引いていく。
そのか細い声に、シカマルは黙って耳を傾けた。

「辛えの堪えて、無理して背伸びする必要ねェんだぜ。シズク」

「でも…」

「オレだって同じだ。焦って一人で動いてっと、周りも自分の理想も見えなくなっちまう」

アイツらが居て始めて成り立つ、そんな単純なことも忘れて、だ。
シカマルは上半身を起こし、シズクの目を見て口角を持ち上げた。

「お前はお前だって、何べんも言わせんな」

「シカマル…」

「木ノ葉と雨を繋ぐって決めたのはお前だ。思う存分やってみりゃいい。それでダメなら、また今回みたいに手ェ貸してやるからよ」

シカマルは徐にポーチに手を伸ばすと、そこから紙片を取り出した。飾り気のない、白無地の和紙でできた封筒。毎月一度 シズクの元に送られてくるのと寸分違わぬものである。

「雨隠れに戻ったら、コレ、本体に渡しといてくれよ」

シカマルがシズク天道に手紙を握らせると、自然と指先が触れ合った。
その拍子に、天道の涙が頬を伝い落ちて止まらなくなった。


「…シカマルはさ、もしも、私が雨隠れに残りたいって言い出したらどうする?」

シズク天道の心の最奥に仕舞われてた苦悩が、声になってシカマルのもとに届く。「やっぱそのことで悩んでたんじゃねェか」と、流石のシカマルも苦笑い。

「どうもしない?」

「さあな」

「はぐらかさないでよ」

「…」

「シカマル」

「……お前が本当にそうしてェってんなら、オレはそれで一緒にいられる方法を考えるだけだ」


二百と行かなくても、一つ位は道があんだろ。
答えたシカマルは、照れ隠しにごろんと寝転がって、星を数えるふりを再開した。
顔を見なくても、シカマルの忙しない鼓動を隣に感じる。
赤らんだ頬を感じる。

好きな人への気持ちだけで結実していた、他のどの生き物よりも単純にできている彼女に、そのとき新たな感情が生まれた。
今なら天道にも、他の五人が木ノ葉行きを断念した理由が理解できた。欠片だった自分たちに足りない感情を ナルトたちが埋めあわせたからこそ、六道たちはここまで来なかったのだ。

お互いだけを見つめる時間はとっくに終わっていた。私たち、これからは同じ方向を向いて歩いてくんだ。今こうして、同じ星を見つめているように。
シズク天道の煮詰まった心は、たちどころに癒えていった。

例え明日離れても、離れた場所から同じ光を探そう。




シカマルとシズク天道が見返り柳の橋に着く頃には、空は白んできていた。

「二人とも、おっそーい!」

「おめーらがチンタラしてっから、先に始めちまったぜ!」

小隊からの非難轟々。
眠そうな顔をしてる木ノ葉の仲間たち、それに混じったシズク六道は 餓鬼道の力で既に一人分の姿になっていた。

「残るはお前だけみてーだな」

「うん。これで外道以外の六人は元に戻るんだね」


シズク天道は六道の集合体に近づいたが、ふと何かを思い出したように振り返り、シカマルの忍者ベストの裾を引っ張った。
封術吸引の直前だった。

「あのさ…」

「何だよ?」

「ありがとう。シカマル」


この瞳が次に開くとき、統合された自分は素直に気持ちをぶつけられないかもしれない。
残された時間で届けられる言葉と、思いの大きさは決して釣り合わないとしても、今言える気持ちを伝えよう。
一番の勇気をくれるのは、いつもあなただと。

「私、元に戻っても…シカマルのことを世界でいちばん好きなのは変わらないよ」


シズク天道はシカマルにとびきりの笑顔を向けた。


*


シズクの乖離体の背中が西の森に消えたのを確認して、仲間たちが小隊長ににじり寄っては冷やかすように笑いだす。

「成る程。女性はああやって異性にアプローチするんですね」


「真に受けないほうがいいわよ…サイ」

「わざわざ夜中に起きて来てやったってによォ、なんだよアレ。ノロケかっての!」

「シカマル 顔赤いってばよ」

「うるせーよ…」

「素直じゃないわねー。アンタも分裂したらその朴念仁っぷりも少しはマシになるんじゃない?」

「ほっとけ」


朝焼けに染められたシカマルの横顔は ナルトが囃したてるように赤かったが、依然として難しい表情のままだった。

「…うまくやれよ、シズク」

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