▼45 いのvs地獄道

冥界の王と契約し、相手の魂を人質にとって拷問にかける“地獄道”。かつてペインが木ノ葉を襲来した際、その能力はナルトの居場所を特定するために暗躍していた。少なくない数の忍たちが尋問の末に魂を引き抜かれ、殺されたのだ。
その一部始終を記述した報告書を、いのも読んだことがあった。
冥界の王――資料を読んでもいまいちピンと来なかった存在だったが、ようやく理解に至った。
なぜなら、今 いのの目前に、巨大な冥界の王の頭部が口寄せされたからである。

宵闇に異様な存在感を放つ、冥界の王。いのはそれとシズク地獄道とを交互に見ながら、構えを取った。


「その術を私に使おうっての!?」

「まさか。そんなことしたらいのが死んじゃう」


しかしその言葉とは裏腹に、冥王は人よりも丈のある口をガバリと開き、儀式を始めようとしていた。
術の矛先が向けられたのは、あろうことか 術者たるシズク地獄道本人だった。

「シズク!?」

いのは驚愕に目を見開く。「何してんのよ!!アンタそのままじゃ――」

「いの。協力して」

「え…?」

「心伝身でカカシ先生に会って、私を里に戻すよう許可を取って来て」

「!?」

仲間を思いやり大切にする、いの。
彼女の心を逆手に取ることこそがシズク地獄道の狙いだった。


「わたしたちは輪廻眼で視覚を共有してるから、他の六道がどこにいるかは大体判る。…修羅道、餓鬼道、人間道、畜生道…今は皆橋へと引き返してる」

「引き返してるってことは、サクラたちうまくやってんのね!?」

「そう…だから、木ノ葉に帰るには残り二人でなんとかしなくちゃならない」

最初からこうしてれば良かった。シズク地獄道は抑揚のない声で言うと、自分の魂を生け贄にして“審判”を開始した。

「いの。お願いだから私を木ノ葉に帰す手引きをして」

「そんな悪い冗談やめなさいよ!!」

「協力してくれる?してくれない?」

冗談では済まされなかった。
契約は本当に交わされ、シズク地獄道の口から魂の一部が引き摺り出されていく。

「やめなさいってば!」

いのはクナイを使って冥王の繋がりを断ち切ろうとするが、どの忍具でも力及ばず、空しい抵抗だった。
そうこうしてる内に、シズク地獄道の魂はどんどん外にさらされていく。

いのは逡巡し唇をきつく噛み締めた。

このままシズクの一部が冥界に連れて行かれれば、シズクを以前と同じように戻すことは叶わなくなる。もはや幾ばくの猶予もない。

「わかったわよ…やってやるわよ!」

ゆっくりと、いの両手が体の前で結ばれる。
しかしその印は木ノ葉に向けた心伝身ではなく、シズク地獄道に向けた、心転身の術だった。

「心転身の術!!」

「…!?」

シズク地獄道の精神を乗っ取っるいの。
地獄道の体を操り解除の印を行使すると、すぐにその体から離れていった。

そして自分の体に戻ったいのは、立ち上がり、シズク地獄道の頬をあらんかぎりの力で殴打した。
「ぐっ…!!」

「ふざけんな!」

草原に横転した地獄道の頬に、もう一発。だがこの程度の打撃が効くわけもなく、地獄道は事も無げに体を起こした。

「私の核になった感情は、シズクの中でも一番抑制されてた。ないのと同じだ。だから…」

「だからこんな風に使ってもいいって!?いい加減にしなさいよ!!」

怒声を飛ばし、いのは地獄道に三度拳を叩きこんだ。その構えはどこか甘く、敵を沈めるためではない、仲間同士の喧嘩のようなものだった。
自分に協力するかしないかの答えに、イエスでもノーでもなくグーが飛んできて、眉根を寄せるシズク地獄道。
しかし身を起こした時、地獄道の前には、いのが真っ赤な拳を握りしめながら立っていた。
瞳から、一筋の涙を伝わせながら。

「…いの…」

情に流されないシズク地獄道には、それまで 欠片であるはずの自分たちが、一人また一人と帰還計画から引き上げていく理由がわからなかった。
しかし、いのの涙を目の当たりにしたことで、地獄道には新たな感情が宿り始めていた。


*


地獄道に起きた変化を受け、それまで白を切り通していたシズク天道が、急にしおらしくなってシカマルへと振り向いた。

「…私の完敗みたい」

いのの涙を受け、地獄道が我に返った。もう勝負は決まったようなものだった。


「そういや…お前ら、お互いの視野が把握できんだったな」

「うん。皆、橋に引き返していってる」

「密告した位だし、お前もそう望んだんじゃねェのか?」

「…私だって木ノ葉に帰りたいのは山々だよ」


ミソギ川に落ち 本体から切り離されたそのとき瞬間、シズク天道の葛藤は始まっていた。
恋心を核にする彼女の頭に、しきりに浮かぶ、一番会いたい人の姿。
木ノ葉の里に帰ってシカマルに会いたい。
けれど、こんな行動を取っては シカマルが反対するのは火を見るより明らかだ。
他の六道たちと結託して木ノ葉へ向かう道すがらも、板挟みの感情はなりを潜めていくどころか 徐々に増していった。

そうして天道は、仲間たちに隠れて密告を図ったのだった。

シズク天道は大きく背伸びをし、夜空を仰ぎ見る。ため息を一つ吐き、それ以上は何も口を聞かずに。
天道の心境を探るように、シカマルは彼女を眺める。
もはや戦う気も、逃亡を図る気もないらしい。

この一年、シズクは一体どれだけの感情を飲み込んでやり過ごしてきたか。それは沈黙に耳を傾けても判らないことだ。

「フー…疲れた」

シカマルはその場に腰を下ろすと、そのままごろりと地面に仰向けに横たわった。頭の後ろで手を組み、空に目を向ける。

「シカマル?」

「ここまで来ちまったんだ、急ぐことねェ。ちっと休んで行こうぜ」

ホラ、来いよ。
シカマルは自分の隣を軽く叩き、促してくる。
シズク天道は思慕を募らせながら、ゆっくりとシカマルに近づき、同じように寝転んでみた。


「…今夜はこんなに星がきれいだったんだね」

始めて気が付いた。

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