▼月天より白し

「しかしてめえは、すでに大量の毒塵を体の内外で吸い込んでる。体の損傷は既に…」

「わからない?わたしの目はもう見えてるんだよ」

キリュウは食い入るようにシズクを注視した。忍服や肌は煤に汚れていたが、その下にある筈の毒塵による爛れも、散々切りつけた刀傷も、一切見受けられない。血も止まり、怪我ひとつないのだ。

「わたしの体は毒だろうが塵だろうがチャクラであらゆる危険物を分解して無効にできる。それと、その長い刀にはまた別の毒が仕込んであったみたいだけど、そっちも効かないよ。怪我ももう回復してる」

「…ふざけたマネしやがって!」

医療班の重鎮・チカゲと、医療スペシャリストの綱手が考案した、医療忍者特別育成カリキュラム。それが、シズクがチカゲによって数年間叩き込まれてきた教育だった。
医療忍者は本来、小隊の後方支援として負傷した仲間の治療を担う。その役割ゆえに単独の戦闘能力は他の隊員に比べて劣るものであった。しかしながら、回避能力や負傷のリスク軽減など、医療忍術に特化した忍ゆえのスキルは存在する。
戦闘レベルを格段に向上させることによって、高ランクの任務にも出動できる医療忍者を育成する。
その域に達したのは提案者である綱手と、ここにいるシズクだけ。
膨大なチャクラ。類い稀なる回復能力。頑丈な体を駆使した奔放な戦術。
会場に居合わせたチカゲは、視線の先にいるシズクに、満足気に頷いてみせた。

しかし敵は湯隠れの狂人・キリュウ。
シズクの火遁を受けても立ち上がる、一筋縄ではいかない相手だ。

ここで倒さないと、あいつは他の誰かを殺す。
だからここで、止める。

怪我を癒やし、再び戦闘体制に入ろうとするシズクだったが、先程の大規模な火遁でチャクラを消費しすぎていた。キリュウは手持ちの兵糧丸を全て口に含み、火傷で消耗した体力を取り戻そうとしている。刀の業なら、キリュウは上である。


「そっちが兵糧丸なら、こっちもとっておき使わせてもらおうかな」

シズクは眉間に皺を寄せ、忍具ポーチからあるものを取り出した。大きさは飴玉ほどの、黒い丸薬。それを遠目に目撃したシカマルは思わず、語を荒くする。

「邂逅丸!!まだ開発途中のくせに まさか使う気か!?」

「かいこーがん?」

ナルトは自分の試合を反芻する。

「前にキバが使ってたヒョーロー丸ってヤツじゃねーの?」

「邂逅丸は、あいつが独自研究してるまじでヤベー丸薬だよ。体の副作用が強すぎるってのによ……あのバカ」

木ノ葉の額宛てがほどけ、カラン、音を立ててシズクの頭から地面へと落ちる。それに構わずチャクラを放出しつづけるシズクの姿を、シカマルは細めた目で捉え呟いた。

「……ナルト、あいつが普段 額宛てつけてねェ理由知ってるか」

「え?さァ…?つけたくねーから?」

「その逆だ」

「逆ぅ?」

「あいつは……ほんとは堂々と額宛てつけて、木ノ葉の一員だって胸張りてーんだよ」

「?そうしてーならすりゃあいいのに」

「バーカ、したくてもできねーんだっての。ああ見えてもお前ほど単純じゃねーんだよ」

「あー!シカマルってば、今オレのことバカにしたなっ!!」



問答無用。
仲間の制止を聞きもせず、シズクは目を閉じ、二粒一気に噛み砕き―――喉奥に押し込んだ。
第一・開門、第二・休門 
開!!

シズクの身体が瞬く間に赤みを帯びていく。

「あれって、リーさんの八門遁甲のときに似てる…シズクも蓮華を使えるの!?」

「イヤ あいつにガイやリーくんほど高度な体術は扱えない。八門遁甲を強制的にこじ開けて、開放したチャクラを刀の炎に変換するつもりだろうが……」

カカシの懸念はすぐに現実のものとなる。
リミッターが解除されたことで、シズクの体には取り巻くようにチャクラがみなぎっていた。しかし、白炎がチャクラ刀の刀身に留まりきれずにシズクの腕から肩へと発火し始めたのだ。さらには副作用も現れ、チャクラの激流に耐えきれず ブチブチと筋肉が切れる音がする。

「自滅かァ!?図に乗るなガキがァ!!」


再び訪れた好機に、キリュウは薄ら笑いを抑えきれないようだった。鞘から刀を引き抜き、シズク目掛けて鋼鉄の刃を振り下ろす。

「こんくらいの……痛みがなんだ」


「…ごめんね…わたし…死んじゃうみたい わかるかな…」

「どうしたの、ねえっ、由楽さん!」

「シズク…じゆうに、たの、しく、生きて」


空につんざいたのは悲鳴ではなく、刃物がぶつかり合う金属音だった。
誰かを失う痛みに比べたらこれくらい、痛くも痒くもない。たとえどんなに傷ついたって、わたしには戦う理由がある。白炎の燃え上がる半身ごと、シズクはチャクラ刀を大きく振りかざした。


「再不斬さんのために生きて死ぬのがボクの夢です。あの人のことを一番に想ってる、ただそれだけ…ボクは道具で構わない」

白は戦いの最中、わたしを氷鏡に閉じ込めた。わたしが白を殺せなかったのと同じように、白もまた、躊躇われたんだ。本当は心を持ってしまっていた。

「全てを捧げてでもあの人を守りたい」

わたしもそう思うひとがいるよ、 白。

わたしは“よそもの” かもしれない。でもこの里で、大切なものを見つけた。
由楽さん。
シカマル。
奈良のおじさま、おばさま。
カカシ先生。
ナルト、サスケ、サクラ。
同期のみんな。
医療班の仲間。
この手のひらの中にはもう大切なものがたくさんある。わたしが木ノ葉マークの額あてをつけるのを非難する人がいても、それでも構わない。このマークをこれから額にしっかり刻むんだ。


「どんなに突き放されたって、それでもわたしは」

「お前には里を大切に想う強い気持ちがあるのじゃ。だからワシは、お前を信じとる」

「木ノ葉が好きなんだ!!!」

シズクは最高速度で敵の懐へ入ると、直前でチャクラ刀を手放し、白炎の業火が渦巻く刀をキリュウの腹へと叩き込んだ。

- 58 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -