▼38 乖離した心たち

川のせせらぎが耳を打ち、私は目を覚ました。

「ん…」

溺れて意識を失った。そこまでは覚えてる。
けれどこれはどういうことだろう。なんで私は、誰のものとも知れない外套を体にかけて、薪の近くで服や髪を乾かしているのか。

目立った外傷はない。それどころか 体は羽のように軽い。今まで胸につっかえていた重いものが、ぽっかり抜け落ちているかのように。こんな清々しい気持ち、何ヵ月ぶりかな。
十時の方角に草を踏む足音がし、私は立ち上がってチャクラ刀を構えた。気配から察するに、先程対峙した男だ。感覚が研ぎ澄まされているのか、こちらに近づいてくるのが手に取るようにわかる。

「誰だ!」

「案ずるな。禊が完了した君にもう手出しはしない」

チャクラ刀の柄を握る手が強張った。それもそのはず、木陰から現れた男は、里長のテル様によく似た風貌をしていたからだ。

似てるといっても 冷たい雰囲気は執務室で呑気にエロ本を読む里長様とはかけ離れているし、第一、この男はテル様より一回り以上歳を食っている。
それでも尚、本人と見紛う面影を感じる。

「…!?」

さらに不可解なことに、謎の男に続くようにして 木陰からある人物がこちらに近付いてきた。
今度という今度は確信を持って、よく知る気配だと断言できた。
だって、今頭に思い浮かべていた人物だから。

「気分はどうだ?月浦上忍」

現れたのは、雨隠れの里長テルその人だった。

「……なぜこの森にいらっしゃるんですか?」

「君にちょっと話があってね。頼むから刀を下ろしてくれないか」

テル様は私を宥めるように言い、謎の男と共に近くの岩場に腰を下ろした。
二人は並ぶとますます共通点が露になる。歳は違えど、まるで双子のようで。
些かな躊躇を振り払い、私は刀を鞘に納めた。

「テル様、その人とはお知り合いなんですか?」

答えはテル様ではなく男の方から返ってきた。

「俺がミルラだ。テルに聞いているだろう」

「あなたがミルラ?」

この人がテル様から捜索依頼されていたターゲット?行方を眩ましたこの人を探してくれと、テル様は私に任務依頼を出したのに。辻褄が合わない。

「そうだとして、お二人が一緒にいる理由がわかりません」

「それには深い訳がある」

テル様はそれだけ言うと、両手である印を組んだ。
同じ印を、私は木ノ葉の里で見たことがあった。若返りの術を使うときに綱手様がよく見せてくれた印。何が起きるかは想像がつく。

「解」

ボン!
案の定、煙を巻いたテル様の姿は、隣に佇むミルラと瓜二つの顔に。

「俺たちは同一人物なんだ」

テル様とミルラは声を揃えて静かに答えた。


*

雨隠れの森の奥地には、遥か昔よりミソギ川という古川がある。
草隠れの秘境・神無奈毘から袂を分かつその川には、元来、人智を超えた不思議な力が備わっていた。

“ミソギ川にチャクラを吸われた者は身を分ける”

忍の者もそうでない者も、皆が古い迷信を頑なに信じ、誰もミソギ川には決して近寄ることはなかったという。


「川に触れた者はチャクラと精神エネルギーを一部分断され、奪われる。そのチャクラを核にして、川に流れる自然エネルギーが乖離体となる身体を作る。これがミソギ川の秘めたる力だ」

「乖離体?」

「一見すると分身体や影分身体に寸分違わないが、乖離体は自然エネルギーによって制御された、謂わば“もう一人の自分”ってとこだ」

「もう一人の自分…」

「俺はミルラの乖離体で、もう一人の“ミルラ”なんだよ。本来の俺 つまりミルラが昔 この川に触れたことで、俺は本体のミルラから切り離された。ややこしいから“テル”と名乗って若い男の姿に変化するようになったが」

「じゃああなたたちは…元は同じ人間ってことですか?」

「そう」

「そのことを……雨隠れのみなさんは」

「皆は知らない」

ミルラとテル様は揃って首を横に振った。
乖離体。
大蛇丸一派が密かに研究していたとされる、クローン技術の類いに近いものだろうか。はっきりいって眉唾物だ。
テル様は自分とミルラが同一人物だと、私に一言も教えてくれなかったじゃないか。百歩譲って彼らの話が真実だとして、どうしてテル様は何の説明もなしに私に“もう一人の彼”を探させる?
何かウラがあるんじゃないのか。

「それだけで、あなたたちが同一人物だって信じるには難しいんですけど」

「そりゃハイわかりましたってはいかないよなァ」

「他に知りたいことがあるならば、いくらでも話す」

知りたいことは山程ある。
こんがらがった頭を整理しながらも、それ以上にひっかかることが。

「ちょっと待ってください。私、その川に飛び込んじゃったってことはまさか……私も乖離した?」


眼下に流れるミソギ川を尻目に、私の額には嫌な汗が滲んできた。

「君に話したいのはそのことなんだ」

テル様は僅かに身を乗り出し、神妙な面持ちで私を見る。

「月浦上忍、君はミソギ川の流れに飲まれたとき、何を考えてたか覚えてるか?」

「え?何って…」

ミソギ川に沈んで。確か走馬灯みたいに皆の顔がぼんやり浮かんで、そして。
…そして?

私、何を考えてたんだっけ。

「思い出せない?」

「はい」

「心に迷いがあったり油断していると、たちまち自然エネルギーに取り込まれる…思い出せないのなら、既にそれは切り離されていると思った方がいい」

違和感の正体に気がつく。
何かに悩んでいたはずなのに、どこか軽いのだ。

*

シズク、テル、ミルラの三人がミソギ川の森で対面を果たした一方で、もとのシズクから離れた六人の乖離体は、徐々に雨隠れの領土から遠退きつつあった。


「外道、乖離に気付き始めてるみたいだね」

「怒ってるかなぁ…」

「追ってくるかなぁ?」

「追ってくるわけないでしょ。今の外道には、私たちを引き留めようなんて感情がないんだから」

「私たちがみんな持ってきちゃったもんね」

「…そうだね」

山林をしばし歩いた後、六人は輪の形になってその場に座ると、中央の地面に指で地図を描いていく。

「ここが雨隠れの現在地。で、こっちが木ノ葉の里ね。さてどうしようか。国境警備の塔を経由して入る?」

「え、わざわざ捕まりに行く気?ここは警備のいない“見返り柳の橋”のルートで木ノ葉に入るのが定石でしょ!!」

「どの道木ノ葉についたらモメるだろうし、結局どっちの経路を行っても同じじゃないかな」

「里に入る前に戦いになるのは…嫌だなぁ…」

「餓鬼道はホント臆病だなぁ。この際だし警備隊を全員ぶっ飛ばして帰っちゃえばいいんだよ!ねえ、天道」

天道と呼ばれたシズクは、思案顔で暫く黙りこんでいた。

「天道?」

「あ…そうだなぁ 慎重を期して橋の方から行くのがいいんじゃないかな」

「それじゃ決まりだね」

シズク六道たちの帰還計画は、こうして着実に進んでいく。

「随分歩いたし今日は休もうよー。それかカメレオンのカメちゃん口寄せしていい?もう疲れたー」

「ホントだらしないなぁ畜生道は」

「…」

ただひとり、“天道”と呼ばれたシズクだけが、終始浮かない表情でその輪を囲んでいた。

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