▼36 途絶えた手紙
シカマルに会ったら 何から話そう。
木ノ葉に帰郷する前はそればかり考えて夢中になっていた。
けれどいざ里に帰ってみると、そんなうわついた気持ちは瞬く間に吹き飛んでいってしまった。
なぜなら 久しぶりに会ったシカマルがお決まりの“めんどくせー”ひとつ溢さず仕事をこなしていたから。
あまりに真摯な彼の姿は、一人前の大人の忍のそれで。幼稚でちっぽけな私の悩みなんて、とてもじゃないけど口に出せない。
この悩みは自分で筋を通さなくちゃいけないと 思い知らされた。
*
木ノ葉隠れから再び雨の里へと戻ってきた翌日。
シズクは意を決して、里長の元へと赴いた。
雨隠れ最下層部に隠れるように位置する執務室。
ドアをノックすると、シズクの予想通りテルは円卓に足を投げ出してグラビア雑誌を悠々と眺めていた。
「あァ、月浦上忍。何か用か?」
「お話があります。テル様」
シズクは真面目くさった面持ちで、木ノ葉でのテルとシカマルの密談を盗み聞きをしていたと正直に白状した。
そして、自分は雨隠れの里長になるつもりでこの里にいるわけではないときっぱり断言したのだった。
失礼極まりない物言いにテルは激怒するかもしれない。今すぐ荷物をまとめて雨隠れから出ていけと命じられるかもしれない。
けれどこれが私の筋の通し方だ。
覚悟を決めて相手の反応を伺うシズクだったが、テルはというと
「君を里長に?あんなの冗談に決まってるじゃんか」
などと、あっけらかんとシズクに笑ってみせた。
「え!?」
「だから冗談だって」
「冗談!?」
「月浦上忍、まさか本気で信じたのか?」
「だって、真剣に密談なさってたので」
「はは。真面目だなぁ」
「でもなぜあんなことを?」
「彼が参謀だって聞いたからちょっと圧力かけてみただけだ。外交において牽制は常套手段だろ?…あァ、見ての通り医療忍者は足りないし 君に残ってほしいってのはまあまあ本音だけどさ」
とはいえ、いくらなんでも里長昇格はないだろ。
ハッハッハと声高に笑うテルに、シズクは憤る気力すら失って拍子抜けしてしまった。
彼の冗談話を真に受けて、自分は数日間頭を抱えた上にシカマルを避け続けてしまったのか…。シズクは脱力した。
他方、気紛れを吹聴しておきながらもテルは我関せずといった様子である。気落ちするシズクをよそに彼は、円卓を離れると 久しぶりに晴れ上がった空を見上げては気持ちよさそうに背伸びしている。
気紛れな里長殿だ。しょぼくれながら、シズクは残る疑問を上司に投げ掛けた。
「テル様が里長をお辞めになりたいというのも、ご冗談なのですか?」
「それは本音。ちなみに今、後任を目下捜索中だ。勿論 君じゃなくてね」
「後任?」
「そう。医療忍者のミルラ」
「ミルラ……」
その名は確か、雨隠れに来た最初の日にテルから聞いた話に挙げられていた。小南の手記にも同じ名前を見たことがあるような気がする。
それでもどんな立ち位置にある人物だったかまでは、縁故のないシズクにはすぐに思い出すことができなかった。
「“天使様”の腹心だったオッサンだよ。俺と決別して行方を眩ましたって、前に話しただろう?あいつは医療忍者だから、戻って来りゃ欠員も埋められるし、ついでに里長も押し付けられて俺としては万々歳」
決別した忍に里長の座を譲り渡そうなどと、普通の人間なら考えもしないだろう。彼の思考回路は全くもって理解し難い。
「そのミルラさんは行方知れずの方だと伺いましたが、その方とどうやって交渉なさるんです?」
「そうそう。それが問題だ」
テルは窓を背にすると、ニヤリと含みのある笑みをシズクに向けた。
「ミルラの居所がわかったら 是非とも君に一役買ってもらいたい」
「私にですか?」
「ミルラは俺の言うことなんか聞きやしない。だが奴はペイン様の忠実なる部下だったから 彼の実子である君の説得になら応じるかもしれないと思ってさ」
果たしてミルラがどのような忍かはさておき、その人物が雨隠れに帰還することは シズクにとっても悪い話ではなかった。
決別した仲間たちが復縁し、再び手を取り合いこの里を支えていくのなら、里のその後も明るいように思われる。
「なァ、やってくれるだろ?」
「そう簡単に進むでしょうか……」
「頼むよ。ミルラを呼び戻してくれたら君の要求をなんでも聞く。なんなら協定任務をきりあげて早く木ノ葉に帰ってもいいし」
――協定任務をきりあげて早く木ノ葉に帰ってもいい?
今度という今度は、一体何を言い出すのだ。
「テル様 それもご冗談ですか?」
「本気」
「……」
テルをしてそこまで言わしめるとは、ミルラという男はどこまで重要な人物なのだろうか。
強引なまでの提案に、里長の真意を推し量りかねてシズクは首を捻った。
「しっかし、今日は実にいい天気だなァ」
テルはグラビア雑誌を片手に、再び窓の外を眺めている。
「雲はいいもんだな。形を変えて雨になり、低きに流れ繰り返す。俺は上から里を見下ろすよりも、下から雲を見上げるのがずっといい」
とかなんとか言いながら、この話は終いといわんばかりに 彼は再び雑誌に目を落とすのだった。
*
ここ数日間の葛藤が杞憂に終わったと知り、 自宅に戻ったシズクはすぐに筆を取った。
謝罪と事の次第を書き記したシカマルへの文をしたためて、ようやく、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、彼女の心の平穏は一時のことに過ぎなかった。
その手紙は一月後の定期報告と共に木ノ葉へと送られたが、その月の木ノ葉からの文書に、なぜかシカマルの返信は同封されていなかったのだ。
シカマルが任務に出払っているであろう期間も鑑みて、六代目火影は定期報告を雨隠れに出してきていた。どんなにぶっきらぼうな短文であろうともシカマルから欠かさず手紙が送られてきていたのは、恐らくはカカシの配慮によるもの。
けれど今回は、届かない。
シズクは雨隠れで便りを待ったが、返事が送られてくる気配はいっこうになかった。
*
便りが途絶えてのち。
隠れ里に降りしきる雨は、雪に変わり始める。
2ヶ月が過ぎようという時期に、シズクはいよいよ不安を隠しきれなくなっていた。
ろくに話そうともせず、書き置きすら残さなかった自分に、シカマルはまだ怒っているのだろうか。呆れているのかもしれない。
自業自得というに相応しいが、むしろ音信不通の原因が自分にあるのならまだ良い。
シズクが最も恐れていたのは、シカマルの身に何か起きているのではないかという最悪の事態についてだった。
「…シカマル」
彼が今どうしてるのか知りたい。里にいるのか。
元気に過ごしているのか。
それさえ判るだけでも今は充分なのに――しかし、そう強く願ったところで、離れて任務に従事する自分に何ができるだろうか?
途方にくれて窓の外を眺めていたシズクのもとに、里長の連絡鳩が舞い降りる。
“ミルラの足取りを掴んだ。
目的地は雨隠れ北北東、ミソギ川の森。
早速向かって欲しい”
残念ながら待ちわびた手紙ではなく、テルの走り書きが添えられた任務召集令状だった。
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