▼守りの炎

「逃げ惑った結果一周しちまうなんて情けねェなァ。そうしねえで済むようにしてやるよ」

キリュウの刀先がシズクの足首を捉え、真っ直ぐに切り裂く。
荒く息を吐き、シズクはその場に倒れ込んだ。滴る血が、地面に絶え間なく赤い染みを作っていく。それでも、地に刺さったままのチャクラ刀に 尚も手を伸ばそうとしていた。
その様子を嘲笑いながら、彼女に、そして観客に宣言するように、キリュウは声を大にする。

「他にもおめでてェガキがいるようだがな……オレは元より中忍だの勝敗だのに興味はねェ!ここにいるお前らが死の際に変貌する様を見んのがたまらねえのさ」

ここにいるお前ら。
突如とし観客席へと向けられたキリュウの視線に、「なんだって…?」集まった客たちは不安げに顔を見合わせる。

「オレの毒塵はじきにリングから観客席へと達する!次はお前らが苦しみ足掻く番―――」


「そうはさせない」


それは フラフラとした足取りに不釣り合いなほどの、凛とした声だった。
name2#は口の端を滴る血を再びぐいと拭ってキリュウに向かい合い、あろうことか不敵に笑みを浮かべている。
その血に汚れた拳から目映い白い炎が吹き出した。烈火はみるみるうちにチャクラ刀の柄から切っ先まで刀身を纏い、そして地面へと至る。

会場に居合わせた者全員が目を見開いた。
ちょうどシズクが逃げ惑っていたリング端の道なりに、あたかも導火線でもあるかのように白い炎が火柱として燃え上がってゆく。

「消毒だ」

と、シズクは術を発動した。


「火遁 古籠火!!」


刹那、勢いを増した火柱は炎のドームと化し、キリュウと術者のシズクごと、試合リング全体を覆い、火炎で包み隠してしまった。
白い業火に消えた親友。周囲の空気を焦がす匂い。
サクラは震える手でカカシの腕を掴む。

「うそ…うそ!カカシ先生!シズクがあの中に!!」

「心配するな、サクラ。あれはアイツの新術だ」

「え…!?」

燃え盛る白い炎は次第に勢いを失い、やがて火炎舞うリングに 仁王立ちする人影が ひとつ。
その者の片腕が高く伸ばされたかと思うと、途端に炎は渦を巻いて火の粉と灰煙に変わり、中からシズクが現れた。毒塵の影響でほぼ見えていなかった両眼を大きく開き―――全体大火傷の体で地面に平伏したキリュウを、しっかりと見据えながら。


「この炎は……火遁に陽のチャクラが混ざった特別製。悪いけどアンタが撒いた毒塵は今のでぜんぶ焼き尽くしたよ」

「なにィ…!?」

「毒塵を食らったとき 観客層まで影響するんじゃないかと思ったんだけど 案の定だったね」

そしてシズクは、地面から引き抜いたチャクラ刀の先を 間合いを取ったキリュウに向けた。


「試合に関係ない人たちまで危険に晒そうだなんて、そんなこと絶対させやしない!!」




「どうなってんだってばよ?」

選手控えの物見席。仲間の様子を固唾をのんで見守っていたナルトだったが、どうやら状況が飲み込めていないらしかった。

「カトンって、サスケみてーに口から吐き出すヤツだよな?」

「そうとは限らない」

と、シノが低い声で呟いた。

「チャクラの練り方次第で火遁も発動過程は異なるものだ。なぜなら、シズクの刀はチャクラ刀。術者のチャクラを流して威力をあげる代物で……」

「ナルト お前、予戦でいのが髪にチャクラを通して使ったの見てただろ?アレの応用だよ」

と、シカマルが続ける。

「じゃあさじゃあさ、シズクが刀引き摺って歩いてたのは?」

「逃げてたわけじゃねえ。あの火柱を発動させるための チャクラの導火線を地面に引いてたってわけだ」

「そう なぜならシズクは敵の術の危険度に気付いていたからだ」

「シノ ソレすげーめんどくさいしゃべり方だってばよ」


ナルトたちのいる選手控えから離れた観客席でも サクラは目を丸くしてカカシに問うていた。

「つまり……シズクはわたしたちを守ろうとしてたってコト?こっちに毒塵がこないように?」

「そのようだな」

呆気に取られたサクラをよそに、カカシは気付かれないようにフフと小さく笑っていた。

火遁は性質上、攻撃に用いられるもの。カカシがこの準備期間にチャクラ刀と剣術を修行に組み込んだのも、攻めの戦闘スタイルを強化するためだった。しかしこの試合で、シズクはチャクラ刀と火遁を“守り”のために活用したのだ。

(まったく、予想の斜め上をいくヤツだよ。お前は)



「アンタに医療忍者の極意を教えてやる。医療忍者の第一の使命は後方支援!仲間の命が最優先なんだよ!!」

強気に言い放ちながら、シズクは頬の煤をぐいと拭う。

「自分よか他人の心配するなんざくだらねェ……この偽善者が!てめえさえ邪魔しなけりゃ今頃 この会場に集まったヤツらも毒塵で血祭りにあげられたのによォ」

重症を負いつつも長刀を手に立ち上がるキリュウ。彼の呟きに、会場に集まった客たちの顔が青ざめる。

「あのキリュウって野郎、俺たちまで巻き沿いにしようとしてたのか!」

「なんてやべえヤツだ…」

木ノ葉隠れの観客の中には、シズクの背を無言で見つめる者もいた。

「聞いた?あのシズクって子のせいで由楽は死んだらしいわよ」

「なんでも国境沿いで拾われて、どこの生まれかも分からないそうよ」

「そんなことがあって よくものうのうと里を歩き回っていられるのものよね」

「図々しいにも程があるぜ」

「よそもののくせに」


「オレたち……」

つい今朝方、木ノ葉大通りで出場者の勝敗を賭けに盛り上がっていた大人たちも、口々に呟きながら己の行動に恥じ入るのだった。


「今年の中忍試験、お前は誰に賭ける?」

「オレぁ断然うちはだな。五千両かけてもいいぜ!」
「バカ言え。分家っつっても木ノ葉最強の日向一族がいるだろうが!」
「砂隠れの“砂漠の我愛羅”ってのもかなりヤバいって噂よ」
「この奈良ってまさかシカク上忍の息子さんか?」「油女一族もいるな……旧家の跡継ぎは勢揃いだな」


「にしても……オイ、この月浦シズクって…あの国境沿いで捨てられてたっていうガキか?」

「そのガキといい九尾のといい、こんなのが木ノ葉の代表を背負うなんざ話にならねえな」



「オレたちァ…今までなんてことを」

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