▼34 密談
「あーあ。退屈だぜ」
里のとある東屋で夜間警備を任せられていた犬塚キバは ぼんやり口を開けて夜空を見上げていた。
就任式に際し大名や五影といった要人が里に宿泊する今宵、木ノ葉の民は忍も含めて皆が活動を慎む。警備担当の自分らを除いて。
「おまけに雨まで降って来やがった。ったく長くなりそうだなー。早く終わらねェかな」
「そう嘆いても無駄だ、キバ。なぜなら日付は今変わったばかりだからだ」
同じく警備に就く油女シノは、キバの傍らで微動だにせず里の方角を監視している。
この 人間のほうの相棒、生真面目なのは悪くない。現に自分たちはこうしてバランスが取れているし。ただ警戒の姿勢とは裏腹に 見ての通りこの雨では人の足音どころか、虫の音さえ聞こえない、絵に書いたような穏やかな夜だ。気を張っていても疲れてしまう。
「シノお前よォ、夜明けまで先は長ェんだしもーちょい気ィ緩めりゃいいってのに。なあ赤丸、お前もそう思うだろ?」
キバは忍犬のほうの相棒に同意を求めたが、赤丸はキバに寄り添って ぐっすりと眠っていた。
あと数時間はここに足を縫い止めてなくてはならない。
今日は長い夜になりそうだ。
フアァ。とキバが欠伸をもらしたところで、「お?」自慢の鼻が何者かの匂いを感じ取った。嗅ぎ慣れた匂いだった。
「この匂い……いやまさか、アイツが里にいるわけねェし――」
と キバが勘繰った刹那だった。
「キバ!シノ!」
二人の待機する東屋に乗り込んできたのは、現在長期任務で留守にしているキバたちの同期、月浦シズクだった。
「あァ!?シズク!?」
「二人とも久しぶり!」
シズクが就任式に参列している と日中に噂が飛び交っていたが、どうやら本当だったらしい。
彼女が任務に出たのが終戦後まもなくしてのこと。かれこれ一年近く顔を見ていないことになる。
「てめえこんなトコで何してんだよ!?」
「お邪魔します。ハァー、やっと雨を凌げた」
「って聞いてるそばから勝手に入ってくんじゃねェ!」
キバがいきり立てるも、突然の来訪者は素知らぬ顔で狭い東屋にちゃっかり腰を下ろしていた。
「ため息つくよかまず答えることあんだろ!オイ!」
「え?あ そうだよね。キバ、何そのヒゲ。イメチェン?」
「そこじゃねえよ!何でこんなとこ居んだって話だ!」
「え?何って……一年ぶりの木ノ葉だし散歩でもと思って。そしたら二人を見つけてさ。シノも元気そうでなにより」
「ああ」
「わあ 赤丸もまた一段とデカくなって」
久々の再会にもかかわらず シズクは以前と少しも変わらぬふてぶてしい態度で、寝ている赤丸を勝手にもふもふする始末。
長期任務に出てちょっとは大人になったかと思いきや、こいつのマイペース、昔と全然変わってねーのな。キバは心中でひとりごちる。
「ね、みんなも元気にしてる?ナルトやサクラたちは」
「皆それなりに活躍してるぜ。オレの働きに比べちゃまだまだだな!」
「ほんとに?」
「そりゃオレなんて任務に引っ張りダコでよ。もう忙しいってのなんのって。次期火影の座は決まったようなモンだぜ!」
「そっかぁ」
「任務の経過はどうなんだ、シズク」
シノが何気なく質すと、赤丸の頭を撫でるシズクの手がゆっくりと止まった。
「私?私は どうもなにも、万事順調だよ」
嘘をつくのが信じられない位下手なのも健在らしい。白々しい素振りを流石のキバでも気付かないわけがなかった。
彼女の立場上 こんな夜更けにこんな場所をウロウロしてるのはそもそも不自然だ。本当に自由行動を許されているとしても、ナルトやサクラの近状なんて聞くまでもなく自分で赴いて確認するだろう。大体、シズクが任務中の自分たちのところから一向に離れていく気配がないこと自体にも 様子が変だと感じざるを得ない。
「お前 やっぱ変じゃねーか?この雨で本当に散歩かよ?」
「ほんとだよ」
「らしくねえだろ。なんでシカマルんとこに引っ付いてねーんだ?今日はシカマルだって家にいんだろ?」
「……」
キバに問われ、シズクは口を閉ざす。
そう、なんだってこんなところにいるんだろう。本当なら今頃シカマルとゆっくり話でもしてるはずだったのに。
シカマルの《野暮用》にシズクが疑問を抱いたのは、ちょうど戌の刻。
到着した奈良家の玄関に、シカマルの忍者ベストが脱ぎ捨ててあったのを目撃した頃だった。
中忍以上に支給されるベストは 常時着用を義務づけられてるわけではなく、シズクの同期はこぞって自前の忍服を好んで着ている。そのなかでシカマルがひとり 支給服に忍者ベストというノーマルな格好をしている。
面倒臭さも勝ってのことだろう。ただし彼なりの矜持もあることも シズクは知っていた。
そのベストをわざわざ脱いで行くって《野暮用》、いったい何の用事だろう――悪いと思いつつも、シズクは忍カラスを口寄せし 盗聴機をつけてシカマルを追跡させた。
そこで聞いてしまったのだ。
「奈良上忍、勘違いしないで欲しいが別に俺は月浦上忍に気がある訳じゃねえさ。俺の好みじゃないし、第一胸も小さすぎる」
「じゃあ何で」
「彼女を雨隠れの里長に迎えるためだ」
「…アンタ…どういうつもりだ?」
どういう経緯で二人が密談するに至ったかは判らないが、いつも飄々として考えの読めない雨隠れ里長の真意を、シズクは初めて知った。
シカマルが言うように、自分は力になれればと思って雨隠れに赴いた程度で、そのつもりは毛頭ない。ただ 雨の里長がそこまで自分の存在を認めてくれていたことが、嬉しくないわけもなく。
気まずくなるのを恐れて、シカマルが帰宅する前にシズクは奈良家を飛び出したのだった。
あんな話を聞いた後で、シカマルにもテル様にも、いったいどんな顔して会えばいいの?
悶々としながら小雨の道を歩いていたところで シズクは偶然にもキバとシノの気配を感じ取り、今に至る。
「……」
「なんだよ?急に黙りやがって」
「キバ あまり追及するのは良くない。プライベートなことでもある」シノがたしなめた。
「だがシズク、キバの言うことも尤もだ。なぜなら今晩は就任式の日だ。用がないなら、警備担当以外の忍がここに長居すべきではない」
サングラスの奥に隠れて表情を明確に読み取ることはできないが、シノはこちらを見透かすような視線を投げてくる。虫の居所が悪いと痛感しながら、シズクは はたとある出来事を想起する。
そうだった。
「用事……がないわけじゃない」
目の前にいるシノは、油女一族の蟲使い。
以前 雨隠れで起きた奇病事件について、シズクは彼に聞きたいことがあったのを思い出した。
「シノに聞きたいことがあるんだ」
「オレに?」
「そう。蟲!蟲について」
任務内容の多言は違反と知りつつも、奇病事件の原因が判らず終いではおさまりもつかない。問題解決のためなら里長も目を瞑ってくれるだろう。
シズクは自分の見解を語り始めた。
雨隠れの人々を襲った奇病は毒蟲ではないか、という仮説を。
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