▼33 サプライズ(四)

嬉々としてオレの首に抱きついて来るシズクを前に、このまま180度回れ右して家に連れ帰りてえと心底思った――手放しながら。

“月浦シズクについて 君に話がある
戌の刻 この場にて待つ”

お前の現上司に秘密裏に呼び出されてるところでよ、なんてホントのこと言えるはずもなく。
シズクから意識を無理やり引き剥がすようにして オレは里の中心部へと進んだ。

慶典の片付けも終了した広場の片隅に、身を潜めて ひとり待つ。就任式で大名や他里の影たちがこの里に来訪してるとあって、夜中に出歩く者もいねェ。宵闇に紛れるのも 精々カラス位だ。誰かが近づけば自ずと気配で判る。

雨隠れの里長テルは 定刻通り姿を現した。

「待たせたかな?奈良上忍」

まるで木ノ葉の住民を模したかのように平服を着込んだテルは、パッと見他里の重要人物には見えねえ。護衛の気配もねェし、この人マジで一人で来たのかよ。

「勝手に出歩かれては困ります」

「悪いね。邪魔ナシで腹を割って話がしたくてさァ。月浦シズクの婚約者たる君に」

「……」

ハァ、と徐にため息が出た。
関係者の名前は明かさねぇって決まりだったってのにあのバカ。ヘマしやがったな。


*

人気がないといえど 火影邸の真下で要人と世間話ってのも流石にないだろう。
場を川辺りに移すと、「年中ジメジメの雨の国から来てるからかねえ。やっぱ水辺は落ち着くな」呟きながらテルは橋に身を凭れさせていた。
水遁を得手とする雨忍との密会に敢えて水辺を選んだのは少しでもあちらに戦意があるかどうかを確かめるためだったが、どうもその気は毛頭無いらしい。

同じように橋に凭れ 耳を澄ます。川面のさざなみが静かな宵に響いていた。

「相談事があって君を呼び出したんだ。ここは会合じゃないし堅苦しい敬語はいらない。何から話そうか。あァ、そうだな。まず先に良いことを」

「良いこと……?」

「雨隠れの忍連合加盟が近づいてるとでも言っておこうか」

突拍子もない始まりだ。

「近づいてる、というと……今の状況下ではご加盟に不都合がありますか」

「まあな」

「使者が一人では不十分でしたか?」

「んー……単刀直入に言えば、今すぐ忍連合加盟してもいいんだ。だが月浦シズクはそちらに返したくはない」

木ノ葉と雨の協定じゃ、アイツの契約は二年。
その後雨は国交を正常化させるって交渉内容だった筈だが。

「怖い顔してんなァ。奈良上忍、勘違いしないで欲しい。別に俺は月浦上忍に気がある訳じゃねえさ。俺の好みじゃないし、第一胸も小さすぎる」

「じゃあ何で……」

「彼女を雨隠れの里長に迎えるためだ」


今なんつった。

シズクを里長に?


「アンタ……どういうつもりだ?」

テルの顔を凝視して本心を読み取ろうとするも、あちらさんは川面にひかる月を眺めているばかりだ。

「俺は里長の座にハナから興味はない。里が急を要していて引き受けただけで、不自由で責任ばかり重い、全くもって窮屈な役職だ。さっさとずらかりたくてさ」

ずらかりてェ?さっきから何言ってんだこの人は。それでも里長かよ。

「失礼を承知で言いますが……一度は里長の地位に就いたんでしょう」

「そうだ。だが里を永く守っていくには俺の力では及ばないさ」

テルはこう続けた。

「なァ奈良上忍。聡明な君には 終戦後の忍世界の急激な変化が当然見えてるはずだ。君たち忍連合の絆が強固になるにつれ 里同士の競り合いもなくなり、争いも随分減った。そして任務全体の数も減った」

「……」

頷きこそすれ、合意は渋る。それに任務数の減少は おそらく別の要因も絡んでる。サイを里外に派遣してるのも一因を探るためだ。

「争いごとがなければこれからは忍自体が減っていく。そうだろ?見ての通り 俺たち雨隠れはちいせえ隠れ里さ。他里と違って他国の任務を請け負うこともなく、雨忍は自分たちの存続のために忍術を行使してきた」

「だったら尚更、連合の加盟を真剣に考えるべきじゃねェのか?加盟した里に応じた任務数が与えられる。他里との格差は今より確実に埋まる」

「そう。君の言う通り五大国との協調は不可欠さ。しかし大規模の改革ってのはリスクも大きい。そこで“不信感”という内乱の火種を取り除き、里を一つに束ねるには それ相応のリーダーが要る」

「それで…なんでシズクが出てくんだよ。アンタが降りるにしても、自分の里の忍を次の指導者に立てる気はねェのか」

「勿論。考えてもみてくれ。彼女はペイン様のあの目を持ち、真の意志を継ぐ。立派な雨隠れの忍になるんじゃないか?」

「……」

「今まさに、月浦シズクは雨隠れの里で日に日に信頼を獲得しつつある。彼女の手でなら新しい里が生まれる。ペイン様や……小南様が望んだ 争いのない平和な里が」

とりとめのねェ話を聞きながら段々と掴みかけてきた。
昼間の就任式であれだけマイペースだった、このテルって男の本性を。
確かにこの人は里長っつー地位に微塵の興味もねェらしい。恐らくはハナからシズクを次代の後継者にする算段で協定に乗り、あいつを里に呼び寄せた。


「アンタの構想は大体わかったがな、あいつは木ノ葉の忍だ。雨の里を継ぐつもりでそっちの任務に行ってるわけじゃねェぞ」

「初心が何だろうと構わないさ。これから彼女の気が変わればいいだけで」

「あいつが里長になりたがるって言うのかよ?」

「ないとでも?」

判りきったことだろ。
あるわけねェ。
しかしこの男、こうも独断専行でものを言える自信がどっから来んだ?

押し黙ったまま 沈黙で時が流れる。

そもそもどうしてこの場でオレにこんな事を吹聴する。
オレがあいつの婚約者で、忍連合の調整役であることも承知の上だろうが、オレがあいつを切って忍連合の舵を取るとでも思ったのか?
いいや、なにか違ェ。
もっと根本的な部分だ。
どう考えても この男がこの話をすべき人間は別にいる。


「おばあちゃんは木ノ葉の創成に関わったけど、私の両親は雨隠れの民。私もあの里で生まれたの。だから雨隠れは私の第二の故郷。お父さんやお母さんが育った風景を見てみたい。できることなら守りたい。…私、架け橋になりたい」


オレは体を動かさずに周囲を見渡した。

川面のさざなみと虫の音。
木立にとまる鳥すら物動じしねェ夜更けに、無論人の気配はない。
――オレたち以外に、人の気配は。


「……シズクにこの事は言ってないんスね」

「そりゃ本人には言えないさ。彼女には彼女の未来があるからなァ」

オレだけ呼び出されたのは、つまりそういう事かよ。
随分と遠回しな手を使うじゃねェか。
一年しか共にしてねェっつーのに、アンタよくわかってんじゃねえか。あのバカの性格をよ。


*

ぽつり。空から零れてきた一滴の雨粒を皮切りに 次第に雨脚は強まり、中秋の名月も残念ながら雲隠れした。
テルも同じように 小雨に紛れるように去っていった。
ヤツの言葉を反芻しつつオレも肩を濡らして家路を辿る。

あの男は結局のところ、オレに何をしてほしいわけでもなく、あわよくば、程度のものだったわけだ。
その証拠に、玄関には母ちゃんの履き物しかなく、もう一足あるはずの忍サンダルはどこにも見当たらねェ。

思った通り もぬけの殻だ。

「ハア……やっぱ盗み聞きされてたのかよ、さっきの会話」

ため息をついて 戸口にやや投げやりに額を寄せた。
あっちの都合が悪ィときはいつもこうだ。逃げられる。

「折角帰ってきたってのに、まだまともな会話すらしてねェじゃねーかよ」

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