▼31 サプライズ(二)

「へェ。ここが木ノ葉隠れか〜」

九月十五日。
さわやかな秋晴れに包まれた 火の国木ノ葉隠れの里。
雨隠れの里長テルは何とも間延びした口調で、はじめて木ノ葉に足を踏み入れた。

「かわいい子いるかな〜」

ナンパかよ!
テルの一人言を後方で耳にしたシズクは思わず吹き出しそうになったが、この人の調子に乗せられてはいけないとすぐに気を引き締めて緑色の中忍ベストの襟元を正した。
郷里といえどここは任務地。
暁鼠色の外套に身を包んむ雨忍にひとり紛れ、木の葉の忍が緩んだ顔で参列などしていては面目もつかぬ――そう 今日は、シズクの恩師の晴れの日なのだから。

厳粛な面持ちで阿吽の門をくぐれど、シズクの心は歓喜で沸き上がっていた。

隊列を崩さぬように前進しつつも、シズクの目は、里の各所に配置されている郷里の仲間たちをこっそりと盗み見る。
しかし探し求める姿は大門正面にも大名護衛隊にもいなかった。
彼が身を置く立場を思えば、この就任式も陰ながら忙しなくしているにちがいない。
いるとしたら恐らくは――

正面大通り、広間の方面へと曲がった直後、シズクの予想は確信に変わった。
紙吹雪がきらきらと陽に透ける。遠く聳える火影邸 その屋上に、見つけた。

黒髪のちょんまげ頭の横顔を捉え、その瞬間シズクは恋慕の情に胸を詰まらせた。


手を振りたい。
声に出して名前を呼びたい。
いますぐ瞬身して、抱きつきたい。
どっと溢れ出る感情を必死でこらえてシズクは正面を向く。幸いシカマルはシズクが紛れ込んでいることに気付いていない。

今 もう一度。
強く眼差しを向ければ、忍なんだ、シカマルは気づくだろう。
しかし就任式運営に従事しているであろうシカマルの気を散らせてどうするというのだ?
このまま式を終えるまでは素知らぬ振りをすればいい。明日 折りを見計らって、シカマルの休憩中にでも会いにいけばいいじゃないか。

表向きすずしい顔を崩さず しかし心の底では悶々としながらも、シズクは誘惑に勝てなかった。
頭上を仰いだそのとき、結ばれる点と点。
奈良シカマルが驚いた表情でこちらを見つめていて。
サプライズを仕掛けた自分が泣きたい気持ちになるなんてとしみじみ感じ入りつつ、あくまでも挑発的に笑んで見せた。


“カカシ先生のハレの日に 私が来ないわけないでしょ”

そんな風に。


*

シズクが前火影の就任式に立ち会った際 綱手はいかにも彼女らしい豪気な笑みを振り撒いていた。聞いた話によれると さらに前任の四代目は、粛々と振る舞いつつも凜然たる眼差しを里の民に向けていたそうな。


「六代目火影 はたけカカシ!」

皆の歓声にこたえるように陽のもとに姿を現した六代目の影は、今までのどの影とも違い、とても穏やかに微笑んでいた。

あの笑顔 懐かしい。第七班の任務帰りに カカシ先生がよく見せていた笑顔だ。
見上げながら、シズクも嬉しさのあまり つられて笑ってしまう。
苦難の忍人生の末に掴んだ新しい一歩、彼は雨に濡れた背中でも血に染まった横顔でもなく、包容力のあるやさしい微笑みで立っている。
彼があたらしい火。
そしていつまでも光。
喜びの声はいつまでも響き渡っていた。



「月浦上忍」

感極まっている最中のシズクを、テルが徐に呼んだ。「月浦上忍」

「はい?」

「突然なんだが十分間休憩してきてくれ」

「休憩ですか?今はちょっと…」

「あァ、皆まで言わせるなよ」

テルが煩わしそうに耳打ちした。

「そこの子をナンパしたいんだよ。俺が里長と知られないように」

テルが目配せした先には、火影邸の屋上を見上げるスタイル抜群の美女がいた。
フリーダム!何考えてんだこの人!

「流石にそれはどうかと」

「しばらくはこのまま御披露目だろうし。君は会いたい人のひとりやふたり、いないのか?」

続く言葉でふと我にかえる。
引き継ぎを済ませた五代目も後方に下がり、火影邸から姿を見せているのはカカシ一人だ。
しばらくはシカマルも姿を覗かせていない。

逢うなら今しかないんじゃないか。

「……いいんですか?」

「あァ。どーぞご自由に」

思考は極めて迅速だった。

次の瞬間にはシズクは火影邸の裏にいて、鉄の階段を カン カン カン、わざと甲高い音を立てて駆け上がっていく。
向こうから抜き足で降りてくる気配の持ち主はよく知っている。
ずっと会いたかった人だ。


「……ここから先はご遠慮願います」

久しぶりに対面した想い人は、いつものように眉根を寄せて、少し勿体ぶったように笑っていた。

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