▼30 サプライズ(一)

雨隠れ病院の昼休憩。
とある部屋では月浦シズクが、なぜか慣れない針仕事に勤しんでいた。

「いてっ」

ボタンつけでしか裁縫針を持たない彼女の指に今日何度かの失敗。
それを横目で見ながら「下手だな」とフヨウがからかうも、シズクは一心不乱に針を持ち、てのひらほどの淡い緑の布に、濃い緑の糸を通していくのだった。
およそ万人が見ても何がなんだかわからない模様を刻むために。

「今日は一段と気合い入ってるわね、シズク」

「もう3日目だっけか?しかしよくやるよ。雨隠れ伝統の刺繍なんて、私らでもやらないのにさ」

「そうなの?素敵な伝統なのに」

「私らには渡す男がいないからね」

婚礼の意を込めて女が男に贈る刺繍。その刺繍をお守り袋にし、安全祈願の札を入れて渡すのが雨隠れに伝わる古い慣習であるが、フヨウが珍しげに眺めていることからも、今の若者に馴染みのある習いとはいえない様子である。

「いそがなくちゃ」

完成までは見るからに程遠い刺繍を指でなぞり、シズクは奮起する。

「あのね、任務の中間報告に数日だけ木ノ葉に帰れることになったの。それも火影様の就任式の日に!」

スイレンとフヨウはシズクの危うげな手元から視線をあげる。

「就任式?」

「定期連絡のために来月一時帰還するって聞いてたけれど…就任式はたしか今月じゃなかったかしら?」

「来月の予定だったんだけど、テル様が六代目火影の就任式に参列表明を出したらしくてね。“来月も今月もかわんないし、ついでだし一緒に来る?”って言ってくださったの!」

当人こそ満面の笑みを浮かべているが、里長のいつになく突拍子もない行動にスイレンとフヨウは思わず顔を見合わせた。

テルが火影の就任式に参列?
初耳だ。

次期火影の就任には、無論五大国各国の影も立ち会う。その場に雨隠れの長が名を連ねることは、木の葉だけでなく 五大国への歩み寄りを示しているのと同じではないか。
情勢の好転は望ましくとも、《まずは木の葉から。他里とは慎重に》と仲間内を説得していたリーダーがいつの間にか物事を押し進めている事実に、雨隠れのくのいち二人はやや戸惑いを隠しきれない。

「就任式って、木の葉ノ以外の客もいるんだろ。…大丈夫なのか?極秘任務中のシズクが出て?」

「極秘のはずだったんだけど、砂の国境の一件もあって他国も周知の事実らしいんだよね」

私も最近手紙で知ったんだけど、とシズクは苦笑いをする。

「一年近く経ったから、そこらへん若干緩くなってるのかも」

「木ノ葉側がそうでも…テル様は?」

「“どっちでもいいんじゃん?”ってさ…ホントによくわかんない人だよねえ。就任式参加は最近決めたらしいし、なんでか私の一時帰還もサプライズにしたいみたいだし」

「そ…そうか。そうだな」

二人の胸中も知らずに シズクは故郷へ帰れる喜びで完全に浮き足だっていた。

「ねえ、スイレンとフヨウは中忍試験で一度木の葉に来てるんだよね?就任式の護衛には同行するの?」

「…いや、今回は呼ばれてないんだ。テル様が不在の間の警備も必要だろうし…な、スイレン」

「え、ええ」

「そっかあ。残念だな。二人に木ノ葉の里を案内したいと思ってたんだけど」

「まあ…またの機会にしましょう」

「そうだよね。これから里同士仲良くなったら、ゆっくり旅行できるようになるよね!」

有頂天で針仕事を再開させたシズクは、待ち望んでいる就任式の日に一波乱起こることを まだ知らない。


*

一方 木ノ葉隠れで多忙な日々を送っていた奈良シカマルは、月浦シズクの手紙により 秋の訪れを知らされることになった。


一足早いけど、18歳のお誕生日おめでとう。
ほんとにほんとにおめでとう。

18歳というと、先生が例の本を贈ってくるかもしれないので、丁重にお断りしてね。
皆にたくさんお祝いしてもらってください。

私からも、誕生日プレゼントを同封してみました。
雨隠れは繊維業が結構盛んで、刺繍も有名なの。
せっかくだからと思って、伝統の刺繍をしたお守り袋を里の人から教えてもらったんだけど、恥ずかしながら大失敗です。ひどい出来でしょ。
あんまり下手すぎて、かえって面白いから送ってみました。
笑ってやってください。
中に安全祈願のおふだが入ってるから、それだけもらってね。


それと、お知らせがあります。

任務の中間報告として、十月になったら数日だけ木ノ葉に帰れることになったの。
誕生日には間に合わないけど、会いにいってもいい?


男の掌に不釣り合いな淡い色のお守り袋には、元々何の意匠かも判らぬが、暗号めいた意味不明の刺繍が施されている。

「…ヘッタクソ」

シカマルはちいさく呟いて、口の端が緩むのを必死で堪えた。僅かにやけてしまったのを六代目に目撃されやしなかっただろうか。すぐに平静を装う。

「シズク、十月末に来るんですね」

「ああ。そのようだね。来月にはすこし落ち着いてるといいんだけど」

書類だらけの卓上で、カカシはやや眠たげな顔で頷いた。就任式を前に片付けなければいけない用事が山のように積まれていた。

「お前はいいねえ。誕生日プレゼントもらえて」

「六代目様がイチャイチャシリーズなんて送りつけるから悪いんじゃないですか」

「善意だったんだけどな」

「オレにはくれないんスね。イチャイチャシリーズ」

「当然でしょーよ。お前にやってシズクと実践されるのは御免だよ。百歩譲ってシズクが知識をつけるのはよしとしても」

「なんすかそれ」

仕事にとりつかれているのはシカマルも同じだったが、朗報を手にして気分も軽い。今日は上司にちょっとした冗談を言う余裕もある。
昔のような、下手な若者言葉で。

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