▼28 真白の巫女
梅はうつりて桜の花びらにかわる。
サスケが去り、ほどなくして全快したシズクが集落の復旧作業に加わった。
村に穏やかな暮らしが戻ったのを見届け、くのいちばかりのスリーマンセルは雨の里への帰還を決めた。
「じゃあなカンダチ」
「悪さを繰り返したら今度こそ鬼灯城送りになるわよ」
「言われずとも判ってる」
今回の騒動に関わっていた元雨隠れの忍・カンダチは集落に留まることとなった。“神の使い”後任の用心棒という肩書きには不満気だが、思う存分己の力を振るえることで良しとしたようだ。
別れ際 カンダチは物申したげにシズクを見据えていた。
「お前の口から名を聞いてなかったから…これからはお前を“真白の巫女”と呼ぶことにする」
「真白の巫女?」
「お前の通り名だ。俺が考えてやった」
「あ…ありがとう」
カンダチにしてみれば手向けの品なのだろうが、彼が口寄せしていた貝螺王といい、この破壊的なネーミングセンス。理解しがたいものがある。
「新生雨隠れで息災にやれよ。真白の巫女」
「あなたも元気でね」
カンダチや村人たちに聞こえなくなった道中。
「ダサイ通り名だ」
「ダサイを通り越してイタイわ」
フヨウとスイレンは辛辣に言う。
「名前と言えば…あのカメレオンにも必要だったんじゃないのか?」
“神の見えざる使い”として森に身を寄せていた例のカメレオンは、今も同じ森に住み着いている。以前と変化があるとすれば、カメレオンがシズクを新たな主人に見出だしたことによって、“眼”ではなく血による口寄せ契約が交わされたことだろうか。支配関係を脱した、あらたな戦友だ。
「もうあだ名はつけたよ。カメレオンだからカメちゃん」
「…シズクのネーミングセンスも大概ね」
「それより、里に帰る前に寄りたいところがあるんだけど…少し遠回りしていってもいいかな」
「寄りたいところ?」
「うん。二人にも来てほしいの」
シズクが向かった先は、旧“第7地区”周辺の岩山だった。
春の雨は灰色の地面をうち、砂塵や枯れ草を洗いざらい流していく。
ここはかつて外道魔像の慟哭が降り注いだ激戦の地。
あの岩肌の大きな窪みは父の仕業かもしれない、風景を眺めながらシズクはあてもなく心を寄せようとする。
話を聞いたスイレンやフヨウも荒涼とした場所に思いを馳せた。
「二人が忍になったときにはもう内戦状態だったの?」
「ああ。私らは幼かったから対立勢力にもまれずに済んだ」
「私たちやスイレンが生まれたのは第三次忍界大戦のあとで、戦火の激しさを知らない。ペイン様が健在の頃はただ信じれば良かったから、自分たちの任務に疑問を抱いたりしなかったわ」
「…これから非番の日にはこうやって散策に出てみないか?」
「散策?」
「私らの里だし、これからは自分たちで知っていかなきゃならないだろ。里で起きてたことを忘れないように」
「そうね」
「他の奴らも誘ってさ。ユウダチやリュウスイだって、本当は知りたがりなんだ。来るさ」
ポルターガイストや、神様の恩恵のように見えない都合のいい力は忍の世界にはあり得ない。
全ては起こるべくして起こり、何もしなければ何も起こらないのだ。
人の死はすなわち忘却、忘れ去られてはじめてその人間は死ぬのだと、シズクはアカデミー生のころに木の葉の里で教わった。
語り継ぎ、未来に繋げることが木ノ葉流。シズクはその場で二人に 小南の手記を見せた。
彼女たちの仲間であった雨隠れのアジサイが、死後にペイン畜生道として利用された事実を、三人で共有するために。
「そっか…アジサイは死んでからもペイン様や天使様にお仕えしてたのか」
「黙っててごめん。二人には中々言い出せなくて」
「…アジサイらしいわ」
「アジサイの分も…なおさら頑張んなくちゃな」
泣き止んだ空に声が響く。
シズクはようやく気がついた。この肌の下に流れる血を チャクラを、罪悪感や孤独で縛れば縛るほど自由はきかなくなると。
過去は巻き戻せないと受け入れて、それでもどうしようもなく泣きたくなる時は、臆病心を励まし合って強くなろう。
遅くたってかまわない。これから。
「あの山の向こうは土の国?」
「ああ。南西は風の国だ」
「じゃあこっちは火の国なんだね」
三つの大国の間で戦いが勃発するたびに荒れ野になっていたこの地区、雨隠れ。
視点をかえれば この国は交差点なのだ。
「変わるかしら」
「変えよう。今度こそ私たちの手で」
三人は固く誓い合った。
*
雨隠れに帰還して後。
任務で丸一月分空いてしまったが、シズクは久々に筆を取った。以前とは違い、今日は心穏やかに 言葉が綴れた。
こんにちは。
先月はお手紙出せなくてごめんなさい。…ちょっと忙しくて。お返事くれたのにごめんね。
実は前の月から、雨忍の仲間たちと別の活動を始めたの。
私の父やその仲間について調べる――“調査委員会”です。
ここを治めていた当時の父は、木ノ葉での火影様のような存在ではなく、誰にも素顔を知られない統治者だったそうです。
だから死後も、父の過去は里の民に知られないまま。
でもそれでいいのかなって思ったの。
私は戦争で死んだとき、あなたやみんなに忘れられるのが怖いって思ったよ。
誰かがほんのひとかけでも私を覚えてくれていたら、私の存在は残って、もしかしたら意思が誰かに引き継がれていくんじゃないかって。
私もこの里の人たちも、父がやったこと全部、知る必要がある。
良いことだとか悪いことだとかの視点じゃなく、この隠れ里で確かに起きた歴史として語られるべきだと思う。
どんなに非道なことを過去にしてても、お父さんのこと知りたい。…そのために、忍たちの協力を得て里中を調べ回っています。
この前は、父が幼い頃住んでたと思われる地区へ探索に行きました。まだそれらしい手掛かりもなく、多分何回か足を運ぶことになりそう。
諦めずに探そうと思います。
ではまたね。
雨隠れにおいてシズクのはあたたかく迎え入れられたわけではなかった。しかしその存在が黙認が容認へと変化し、仲間としてうちとける頃。
「…もうこんな季節か」
木ノ葉隠れの桜は青々とした緑の葉で覆われている。
あいつ、何か掴んだみたいだな。
仕事の合間に手紙を読了したシカマルは、汗ばむ陽気に昼寝でもしたいと内心思いつつも、作業を再開した。
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