▼27 鏡よ鏡 お前のこころ

あれ?ここはどこ?
何か暗い。
と思ったら目の前には特大のスクリーンが広がっていた。
表題はこうだ。

《カメレオンのカメちゃんvs巨大貝獣バイラオー》

怪獣特撮モノ?今日の気分じゃないなあ。

映画館の座席に腰掛けた私は退屈して周りを見渡した。
こんなの見に来る人の気がしれない。
隣の席ではシカマルが 爆音シアターに響き渡るデカイいびきをかいて居眠りしていた。

シカマル起きなよ。
デート中だってのにまったくもう。
このままじゃカメレオンがバイラオーを負けちゃう。
あ ほら風雲姫まで出てきた。

「うるせェな…あと五分」

日曜日のお父さんみたいな寝言を言うのね。

平和だなあ。長期任務に出てるはずだったんだけど きっと夢だったんだ。
私はこうして毎日、シカマルと過ごしてる。

映画のラストはお決まりのハッピーエンドにちがいない。どうせ正義は勝つんだし もう少しこの時間を楽しもう。
あたたかなシカマルの肩に頭を預けて 私も静かに目を閉じた。




目を覚まし ここは雨隠れの国境で、集落の家屋にひとりきりで、隣にシカマルはいないと気づいたシズクの心は急転直下。しあわせな夢から叩き落ちて、体は石の如くどっしり重い。
輪廻眼を文字通り“とってつけた”だけの体では、正統な使用者より瞳術の負荷がかかる。写輪眼を使うと決まって寝込んでいたカカシしかり、許容範囲を超えて自分は倒れたいたらしいとシズクは自覚した。
室内には自分以外の人間はいない。ただ 入り口を一枚隔てた向こう側に気配を感じる。よく知る人物だ。
シズクは上体を起こして戸の向こうに声をかけた。

「サスケ…そこにいるの…?」

シズクからは見えないが、サスケは引き戸に背を預けて 今年最後の雪に降られていた。

「何か用か」

相変わらず淡白な返事だ。

「カンダチは…どうなったの?」

「全部方が付いた。あの男ならお前の仲間のくのいち二人に連れられて 集落の復旧作業に出ている」

「え、カンダチが復旧作業…?でも、あいつの口寄せ動物は、」

「あれは沼に留まった。痛い目にあって大人しくしてる」

「カメレオンは」

「オレの傍らにいる」

「ちなみにサスケは何でそんなとこにいるの」

「……ただの気まぐれだ」

見た目に反して中身が無愛想に出来てるこの男は、シズクが丸数日眠り続けている間、仲間を傍らで甲斐甲斐しく世話するよりも 表で用心棒になる方を選んだのだった。

「心配してくれたの?」

「勘違いするな。動けない間にお前の輪廻眼が狙われても厄介だと思っただけだ」

「……そっか。ありがとう。今回はサスケに助けられっぱなしだね」

*

森から集落に戻った彼らは、人々に事情を話した。村人たちの反応は予想していた以上にあっけらかんとしたもので、集落が平和に暮らせればよい、と頷いた。
このところは復旧作業が進み、スイレン、フヨウ、カンダチの三人が一列に並んで畑を耕す異様な光景が見られる。

「シズクとあのサスケってやつはどういう関係なんだ?」

三人の話題は目下 この話で持ちきりである。

「木ノ葉の仲間なんだろ?」

「恋人って雰囲気ではなさそうよね」

「俺の面前では顔を寄せ合っていたが」

「やっぱり恋仲じゃないか」

とまあ、よそでは都合よく邪推されるサスケとシズクだが、戸を隔てた会話には穏やかな空気も甘い雰囲気もない。二人の間にあるのは お互いが少しずつ目を逸らし合う、ぎこちなさ。

「私がまだここで寝てるってことは サスケは私を木ノ葉に連れ戻すの、諦めてくれたの?」

答えはない。

「ねえサスケ。サスケは自分が木ノ葉の里にいたら誰かを危険に晒しかねないって思ってるんでしょう?同じように輪廻眼を持ってるから その気持ちがわかる。だから尚更わからない。どうして私にだけ帰れっていうの?」

「減らず口を叩く力があるならオレはここを去る」

「ちょっと、待ってよ」

気付けば戸は隙間が開いていて、立ち上がったサスケの外套の裾を、シズクが掴んでいた。

「ちゃんと言ってくれなきゃ離さない」

立ち上がる体力がない代わりにここまで這ってくるとは なんという執念深さだろうか。

「そりゃあ、私には自分を守る力もロクにないけど……任を終えるまでは帰れない」

「お前は木ノ葉にいる理由があるだろう」

「それはサスケだって同じでしょ。サクラは今もサスケを…」

これだから要らぬ口を開きたくなかったのだとサスケは眉を寄せた。

《サスケの贖罪は ずっと一人で戦い続けることなの?》
こちらをまっすぐ見上げるシズクの瞳にはそうありありと書かかれてあった。
自分とシズク、それぞれにとって相手は鏡の中の自分。何か言おうものなら、相手の眼を通して己の本心を照らしてしまう。

「私を里へ送りかえそうとしたのは、輪廻眼の波動を追ってサスケがここへ来た理由と 何か関係があるの?」

「……」

またも返答はなかった。
大筒木カグヤを封印した後に生じたある疑問。調べて回るうちに、疑問は確証へと姿を変えた。
大筒木カグヤが恐れていた――あるいは彼女に関わりのある“何か”が新たな脅威となって、人々を震撼させる日は必ず訪れる。
戦いはこれからも続くのだ。

サスケはこの得体の知れない敵を危惧して旅を続けているか、シズクや他の忍にまだ自分の追うものを打ち明けてはいなかった。
終戦からまもなくして、ようやく人々が真の平和に向かって歩みはじめたこの時期にこれが知れればささやかな幸せは恐怖に摘まれてしまう。

同じ輪廻眼を持つ者でなければ探せない。自分ひとりを影にして世界を守る覚悟が しかし自分にあってもシズクにないことをサスケは熟知していた。さきほど何度か聞こえてきた、想い人の名を呼ぶシズクの寝言が何よりも物語っていた。
シズクにまでその役目を求めるわけにはいかないと、サスケは一人心を決めて、里にいる大事な人間から離れて暮らす旅をしている。

「まだ仮説段階だ。いずれ話す」

「いずれっていつ?」

いつになる。
全てが明らかになり、本当の平和が来るのは。その時にはこの旅も終わりを迎えるのか?

「……オレが話すと決めたときだ」

「なにそれ」

幼子のように問いを繰り返すシズクに曖昧な返事をして、サスケは外套を半ば強引に翻した。
「ふべっ」床板に顔をしこたまぶつけたであろうシズクの悲鳴。いい気味だ。少し頭を冷やしたほうが良い。

「それまでにその体を治して、せいぜい鍛え直しておくんだな」

「サスケ!話はまだ終わって……って!サスケ!?」

捨て台詞のように吐いて、サスケは久しぶりに会った仲間の前から忽然と姿を消した。
黒い影はあたりを見渡してもどこにもいない。“神の使い”改めて巨大な褐色のカメレオンが家屋の前で眠たげに丸くなっているだけだった。

「また逃げられた……。ちゃんとお礼もしてないのに」

地団駄を踏みたくとも、動かぬ体だ。サスケの言う通りまずは回復しなくてはならない。

季節はすでに根雪の頃。
冷たい風を受けて梅が蕾を開かせる時期。どこかで鶯が春はまだかと、鳴く練習を始めていた。

次会ったらサスケとは 抱えてるものを包み隠さず話し合える関係になりたい。シズクは強く思った。

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