▼26 その眼で見たなら

同刻 鉄の国

うなじを伝うは砂塵ではなく冷気。砂丘の真中のまちに生まれ住むテマリには、静まり返って言葉も失う一面真白の景色は見慣れないものだった。
吐く息もまた白し。外に面した休憩所に佇むちょんまげ頭もまた、黒髪が雪に霞んでいる。

「いつまでそうしてんだ?会食がじきに始まるぞ」

テマリはその背中に声をかけたつもりだったが、声はしんと静まりかえった空気に吸い込まれていった。

「時間か…」

「ああ。火影補佐が休憩から帰ってこないとサクラが呆れてる」

「そりゃめんどくせーことになりそうだな」

飾りっ気のない奈良シカマルに雪山の背景は 簡素なモノクロになりすぎて似合わない。黄昏るなら精々自国の夕日にするべきを、風邪を引くのも構わずに寒空の下で何を考えてるというのか。
何を。

「…そういえば 国境でシズクと会った」

聞こえている癖してシカマルは見向きもしなかった。
先程の会議で風影は触れなかったが、砂と雨の国境で起きた一件を、補佐役のシカマルはとっくに知知っていて、素知らぬ顔で平然としている。

「元気にしてたか」

「わりとな」

「わりとか」

明朗闊達が代名詞のテマリをして曖昧に言わしめるのだから、シズク任務は順風満帆というわけではないらしい。
シズクがどうしていたか、テマリに問えば詳しい答えが返ってくるだろう。少なくともシズクが送ってくる手紙以上には状況を窺える内容で。しかし今、会合に足を踏み入れてからずっとシカマルは火影補佐の立場からものを見ている。問うて崩れる程度の体面は持ち合わせていないとしても、この女は他と違うから 机上なふりをしていたかった。

けれどテマリはやはり大人で、早く戻らないと風邪引くぞバーカ、と茶化しながらも一人足跡を辿り、シカマルを追いたてることはしなかった。
ニ、三強い風に吹かれて後、今度は別のくのいちがシカマルの斜め後ろまでやって来た。怒鳴り声で捲し立てないサクラの様子からは シカマルの遅刻を怒っている気配はない。

「シズク、わりと元気にしてたって?」

女は揃って世話焼きで困る。

「盗み聞きかよ…サクラ」

「私だって心配してるのよ。友達としてね」

シカマルが鉄の国から川の国の方角をぼんやり眺めているのに対して、サクラは雪化粧した峰の端から端までを、あてもなく見渡していた。
《私だって、手紙のやり取りしたいわよ》サクラの本意は手に取るように判る。彼女にはもうひとり、身を案じる人間がいるのだ。どこをさすらっているかも定かではない想い人が。
瞳術のように易々と視角が共有出来ればいい。そうしたら、サスケが一度サクラの目で世界を見たなら、どんなに想われているか 探されているかわかるだろうに。

「便りがないのは元気な証拠っていうじゃない。今はそれ良しとするしかないわよね」

「……お前ってスゲーよな」

「まあね。私は女だから」

こっちで二百通り仮定を出したところで無駄。答えはあちらの中にあるのだ。今はそれぞれの道をひた走るだけで、まだすれ違う時ではなかった。


*

同刻 国境の森

シカマルとサクラが見据える遥か先 土の国と雨隠れとの境界線では、とある男が瞼を開いた。
真昼も仄か暗い湖畔で 目覚めた体は泥を被ったように重たい。長い眠りから醒めたような気だるさがある。
どこか彼方で女と話をした気がする。あれは夢か。
これまでの人生が悪夢に思われて、自分の居る場所がわからない。徐々に輪郭を取り戻していく視界に、カンダチは上体を起こして状況を把握しようとした。

「カンダチが目を覚ましたぞ!」

岸辺で横たわる自分を二人のくのいちが覗きこんでいた。どちらの額当てにも 雨隠れのマークに横一直線のラインが刻まれている。あれは昔のカンダチが掲げていた里のしるしではない。彼女たちは後の忍なのだ。

「俺は…本当に生き返ったのか…?」

カンダチが“狭間”で出会った例のくのいちはというと、巨大な図体のカメレオンに身を預けるようにして伏している。完全に意識を失っていた。

「その女 死んだのか」

息を吹き返したカンダチの、最初の発語だった。

「いや、チャクラ切れで倒れただけだ」

傍らにいる黒髪の男――サスケが小声で応えた。
忍界に存在する死者蘇生術の大半が使用者の命を引き換えとするが、シズクは極めてイレギュラーな存在だ。カンダチの身体が蘇生するにシズクの表情は疲弊し 遂にはパタリと倒れたが、気絶程度で済む彼女の特異体質には驚かざるをえない。

放心して自分の身体を眺めるカンダチに、今度はサスケが問う番だった。

「シズクを殺すか?お前は“狭間”でそう仄めかしていたが」

「…」

「今ならコイツの意識もない。寝首を掻くなら絶好の機会だ」

「俺を挑発しようってか?」

無論 これはカンダチに怒りや憎しみが残留しているかの確認に過ぎなかった。
いくらシズクが無防備でも、ここにはサスケがいる。サスケとは力に雲泥の差があるとカンダチも承知の上だし、体の硬直がとけずに満足に動かない状態だった。

こんこんと眠りこけているシズクを カンダチは神妙な面持ちで眺めてみる。自分の死のきっかけを作ったかと思えば、律儀に蘇らせたり忙しない。彼女のせいでカンダチは、自分自身諦めて忘れていた選択肢を、うっかり思い出されてしまったりするのだ。
彼は己が誇り高き実力者であることを望んでいた。“和”を以て五大国を納める理想の下で大いに奮った過去。しかし所詮は願望。栄華は泡と消え、残されたのは反体制の一派に脅える日々。

「俺は解放されたのだ…自由だ。今更自分の命を不意にするほど、このカンダチ…バカではない」

「バカでないなら何になるというの?」

「今までみたいに悪さを続けても、結局アレに反逆されて挙げ句丸飲み、でおしまいだぞ」

現雨隠れのくのいちたちは、気絶したまま沼にぷかぷかと漂う貝螺王を指さして続けざまに言う。
ひょんなことから生き返ってしまったカンダチには、これからどこでどう生きるか選択肢がある。
貝螺王を連れてこの森を去り、新しい住処を探すか 或いは。

「お前が生き返ったところで過去の行いは変わらない」

贖罪の旅を続けるサスケには、カンダチの選択はどこか重なる部分があった。
しかしサスケはそこで仏頂面を崩し、唇にふっとゆるやかな弧を描く。

「だが…そこで転がってるウスラトンカチなら、改心してこの森や集落に留まれと突拍子もないことを言い出すだろうな」

あいつの目で世界を見たなら、そうなるはずだ。
この男から珍しい言葉が出た。
数時間行動を共にして 微かではあるがはじめて笑みを浮かべたサスケに、スイレンやフヨウもつられてはにかんだ。

「そうね。言いそうだわ」

「たしかに」

「じゃあこのまま集落に戻ってわけを話しましょう。一夜で色々ありすぎてもう頭が追いつかないわ」

「俺の処遇はそんなものか」

「まあいいだろうさこんなもんで」

「貝螺王は」

「のびてるもの。暫く放っといて問題ないわ…それより ねえ、このカメレオン 私らのあとをついてくるんだけど」

「シズクになついてんじゃないか?」

かくしてポルターガイスト騒動は、ペインの口寄せ獣や元雨隠れの忍・カンダチの事件を巻き込みつつ、紆余曲折の末に一段落を迎えたのだった。
静かに寝息をたてるシズクだけが まだそれを知らずに夢の中にいた。

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