▼包囲網

シズクの喉に裂くような痛みが走り、次の瞬間、喉奥から血が溢れて足元に滴り落ちた。
突然のことにシズクは首を掌で覆ったが、刀で切りつけられた傷はない。強いていえば、身に覚えのない爛れがいつの間にか喉や腕にある。
口元の血を拳で拭いながらも、痛みは徐々に体の内側で広がるばかりで、肺までもが苦しくなりはじめていた。
切り傷はない。体の内側から損傷があるとするならそれは――

「シズク!?」

リングの中央で突として膝をついたシズクを見、観客席にいるサクラが叫んだ。

「一体何が…っ」

「毒じゃな」

「え!?」

観客席にいるサクラやカカシの分身体の後ろで、誰かが呟く。声の主は、三代目火影やご意見番と変わらない位の年齢であろう、背の低い老婆だった。

「久しぶりに様子でもと思うてきたが……あの子ネズミ、もう立ち往生しておるのか。情けない」

「これはこれは……チカゲ様」

カカシが振り向いて頭を下げる。すると 医療班のご隠居・チカゲは、「久しいな。白い牙の息子」と 挨拶代わりにフンと鼻をならした。
すかさずサクラがチカゲに問う。

「おばあさん、毒って!?」

「毒霧は通常、紫色を帯びた可視化できる“毒”じゃ。あの男が使うておるのは隠密暗殺術でも応用されておる“見えない”毒じゃろうよ」

「見えない毒?」

「敵に先手を取られてたな。チカゲ様の言うとおり知らぬ間にシズクはその見えない毒を吸い込み、吐血した……おそらく目にも入ってるな。視覚もやられてる」


*

視界が霞み、周囲の様子をほぼ捉えることが出来なくなった状態で、シズクは片膝をついた。
今自分を蝕んでいるのは、キリュウの罠。
迂闊だった。開始の合図と共に太刀を交えているだけと油断していた。キリュウはその間、着実に包囲網を固めていたのだ。

「毒の塵……しかもチャクラ入りか」

「気づくのが遅いんだよ、ガキィ。このリング上、目に見えねェ程に細かい毒塵が分散してる。触れた皮膚から麻痺が始まって 体内に入りゃ肺はズタズタ。目も霞むだろ」

斬り合いをしながら毒塵で包囲網つくってるなんて、やっぱタダモノじゃない。
苦痛に顔を歪めるシズクの目前には、せせら笑うキリュウが仁王立ちしていた。
気配と聴覚で回避しようとするシズクだったが、先程までの立ち合いが茶番だとでもいうように、キリュウのスピードは各段に上がった。キリュウの刀を自らのチャクラ刀で受けたものの、力で押されて地面に叩きつけられてしまう。

「っ……!」

チャクラ刀を支えに立ちあがるシズク。体を毒塵から庇おうにも、空気中にまかれたそれに触れ、頬、腕、背中、より深く毒は染み渡る。
見えない目のまま、シズクは辺りを見渡す。
何を思ってか、支えにしたチャクラ刀の切っ先を地面に向けて刺したまま、視覚以外の感覚を頼りにリングの端へ 端へと走り始める。

「なんだ?逃げようってか」

苛立ちを覚えたキリュウは、無防備にも背を向けたシズクを掴んで地面に蹴り倒した。観客席ではどよめきが広がる。

「シズク!もうやめて……!棄権してよ!!」

サクラといのは肩を寄せ合い、泣きそうになるのを堪えていたが、周囲の観客たちの反応は冷ややかなものだった。傍目には、視覚を失って戦意喪失した忍が、刀を杖代わりに敵から逃げようとしているようにしか見えなかったのだ。

シズクへの不審感、或いは失望や嫌悪感を宿した目が一様にリングに注がれる。


「ぐぁっ…!」

「最初の威勢の良さはどうした?ガキィ」

蹴り飛ばされど、尚もシズクは刀の柄を手に立ち上がる。しかし敵に反撃もせず、円形のリングの外周を リングの北側から東側へ、歪な円を描くように。
キリュウに殴られ 斬られる度に、悲鳴を押し殺した声がシズクの喉から漏れた。

「オレが予選で 砂の我愛羅でも日向のガキでも、うちはの生き残りでもなく 何故お前を選んだかわかるか?」

「うっ、」

「里だの仲間だのと下らねぇもんを自尊心にしてるお前みたいな奴が、死ぬ前に本性さらけ出すのがたまらねえからだよ」

「う゛…ぐっ、げほっ」

「てめェのその目が気に入らねえ。ここは殺すか殺されるかの世界だろ?死の間際に信念とやらはひっくり返るぜ」

「ガハッ!」

「しかしここまで骨のねェ奴だとはな」

「うるせェーーーー!!!」


「……なんだァ?」

よろよろと立ち上がるシズクを、キリュウはまた嘲笑う。しんとした会場に、突然、選手控えの物見席から少年の怒鳴り声が轟いた。

「シズクはぜってー!!あきらめねーっ!!!勝ち残ってオレと戦うって、そう約束してんだってばよ!!」

仲間の声が耳に届き、見えずともシズクは僅かに顔を上げる。額から汗が滴り落ちた。うずまきナルトは手すりからギリギリまで体を乗り出し、叫んでいたのだった。

「シカマルも!なんでずっと黙ったまんまなんだってばよっ!ちゃんと応援しろよ!!」

感情を高ぶらせたまま、ナルトはなぜか隣で傍観を決め込んでいたシカマルに文句をつけ始めた。

「るせえな、なんでオレだよ!」

「お前ってば幼馴染みなんだろ!?シズクのピンチなんだしちゃんと応援しろってばよ!!」

「ピンチ?」

シカマルは腕を組んだまま、試合中ずっと沈黙を保っていた。

「あれがピンチかよ」

「だってあんなに押されてんだぞ!!」

「よく見ろナルト。あいつはさっきからチャクラ刀を引き摺ってウロウロしてんだぜ。何か仕掛けるつもりだ」

「仕掛け?」

「それにあいつはなあ、勝つって決めた相手にゃ絶対降参したりしねェ」

「!」

「……そういうめんどくせーヤツだ」

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