▼22 応答せよ

シズクが“狭間”と称したこの場について、サスケは分析を試みる。
仮に彼女が言うように、輪廻眼同士の衝突や拮抗に際してこの狭間に移動することは可能か。
大いに有り得る。
輪廻眼には“外道”の転生能力が備わっているし、加えてサスケは天手力という独自の力を保有している。輪廻眼と輪廻写輪眼が揃えば何が起きても不思議ではない。

「やっぱ無線も通じないかあ」

無線の周波数を調整し続けていたシズクに サスケは視線をスライドさせる。
サスケの知るところでは、シズクの一族は、あの世から魂を口寄せする特異な術を持ち得ていたはずだ。うちはマダラが雨月一族の掌握を企てた過去を鑑みると、これがシズクひとりの仕業ともとれなくない。

――だが今 真に究明すべきはここへ来た経緯ではない。
《どうやってここから出るか》だ。

「シズク、前に来たことがあるなら その時はどうやってここから出た?」

「え、え〜っと」

シズクは所在なさげに言葉を詰まらせた。駄々広い空間のなか、右から左へ歩いて行く人影に目をくべる。

「この人たちの流れと反対側に歩いて…あとは……わかんない」

「…」

相手の微かな舌打ちを耳にし、シズクは憤慨する。

「も、元はと言えばサスケが私の意見をちっとも聞いてくれないからこんなことに、」

サスケは人影の進路とは反対方向に踵を返す。
つまらない論争を繰り返すよりは、突破口を見出だす方が先だ。

「そんなことより今はここから脱出することを考えろ。このウスラトンカチが」

「ウスラトンカチって…!」

けたたましく放たれる不平を背中に受けながら、サスケは足を早めた。
ここがどのような空間であろうと、本来別の場所にいるべき人間が急に現れて双方に何ら作用しないのならば逆に不自然だ。
事実 死者たちは歩みを止めずとも、流れに逆らうサスケに対し不可思議そうに視線を送ってくる。鈍い光を放つ人々と、肉体を伴ったサスケとシズク。あまりに違いすぎる。長居は無用である。

サスケは人混みを掻き分けて進み、シズクが数歩遅れてついていった。どのくらい歩いただろうか、文句もいつしか他愛ない言葉になっていた。

「覚えてる?昔もこんな風に歩いたことあったよね、南の森で」

「…」

得体の知れない世界に来てまで昔話に花を咲かせるとは、シズクもこの数年で随分タフになったものだ。
サスケのここ数日は、シズクに振り回されてばかりの日々だったといっていい。
輪廻眼の力を察知してはるばる遠方より駆けつけてみれば、正体はただの口寄せ動物とシズク。そちらの用事に付き合わされ、挙げ句“狭間”とやらに迷い混む始末だ。


「アカデミーの頃だったよね。私が忍者ごっこしようって誘ったの」

サスケの意も介さず、シズクは話を続けた。

「そしたら、ごっこ遊びなんてしないってサスケは怒ってたっけ…懐かしいなあ」

覚えている。
一番平穏だった時代を忘れるはずもない。

「あの頃のサスケ、かわいかったな〜」

あの頃の自分が可愛かっただと?それはひとえに何も知らなかったからだ。
幼いサスケの世界はうちはの一族と父と母と兄で回っていて、幼稚さに甘んじることを良しとしなかった。はやく大人に、一人前に、忍になりたい。肩を並べて、追い越したい。それだけ。
復讐とか忍界の未来とか平和とか、何もしょいこんではいなかった。大きくなったらうちはの取り仕切る警務部隊に入ると当たり前のように思っていたし、少なくとも幼い頃のサスケの“夢”は、真っ黒に染まってはいなかった。

あの戦争で、果てに何を望むかと六道仙人問われ、サスケはこう答えた。
繋がりを絶ちきって本当の一人となり、火影として忍界の闇を一人で引き受ける と。
今となってはあの決意も過去のものだ。
幼い自分が、復讐に溺れて罪を重ねると知ったら。
その上 終いには仲間の拳で改心したと知ったら。
思い描いた未来と違うと、失望するだろうか。

「…」

回想に浸っている間、サスケの足取りはいっそう速度を増していたらしい。
死者たちも先程よりもサスケの存在を注視していた。

「おい、ここからはあまり喋るな。気配も消せ。人目を引き付けすぎる――」

背後を振り向くと、サスケは目を見開いてはたと動きを止める。

いない。

果てない真白の空間と、うすぼんやりとした灰色の人影以外には何も見当たらない。
月浦シズクは忽然と姿を消していた。

*

同刻 国境の森

集落を脅かす忍・カンダチを探すため、スイレンとフヨウはシズクと別れ、広大な森の隅々まで感知能力を行き渡らせていた。

朝焼けの時、並々ならぬチャクラ量を有する何物かが感知のアミに引っ掛かった。二人はその気配をカンダチと定め、目的地へ急行した。

しかしそこにカンダチの姿はなかった。

霧深き沼地に君臨していたのは、見るも奇妙な怪獣だけだった。
巨大な図体の半分以上を沼地に沈めたそれの、全貌は伺いしれない。スイレンとフヨウに見えているのは、褐色の巨大な貝殻に一対の角、時折空に向けて開閉する合わせ口と、宙をさ迷うぬらぬらとした気味の悪い触手のみ。

「…話と違わない?」

二人は木陰に身を潜ませながら、小声でやり取りをする。

「聞いたことがある。あいつはカンダチの口寄せ動物だ」

かつて 逃亡した元半蔵派の忍を探す任務に参加していたとき、フヨウはカンダチに関する情報を上から教えられていたのだ。

「カンダチ自体は大した忍じゃないらしい。問題は、奴が手懐けてるツブ貝の巨大口寄せ獣“貝螺王”。水遁を用いた幻術で相手を手中に納めて、ぺろっと食べるって話だ」

とどのつまり、人食い獣である。

「ところで…そのカンダチはいったいどこに潜んでるのかしら」

主人であれば近くに潜んでいてもおかしくはないのに、貝螺王以外にはチャクラを感じなかった。あたりには巨大獣の禍々しい気配だけが立ち込めている。

「全く見つからないな」

「困ったわね…どちらにせよあれ相手では、私たちの忍術じゃ相性が悪いわ」

感知と水遁、如雨露千本での攻撃を主な戦力とするスイレンとフヨウにとって、同系統の能力を扱う貝螺王との戦闘は得策とはいえない。パワーファイターのシズクが加わった方が有利に進むだろう。

「そろそろ合流してもいいはずだけど、シズクはまだか?」

貝螺王を感知してからというもの、二人はシズクに一報入れるため交互に無線で呼び掛けていた。ところがシズクからの応答は一度たりとも返ってこない。

「口寄せ動物の解放にはそんなに時間がかからないって言ってたのにな」

「何かあったのかしら」

霧の森には、シズクの気配も感じられなかった。

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