▼20 解

ポルターガイスト、もとい見えざる力の正体。
集落の人々が一度として拝むことのなかった“神の使者”の姿を、シズクは過去に二度目撃していた。一度目は、暁討伐のため雨隠れへ侵入した際に。そして二度目は、忍界大戦で。

神の使者がペインの口寄せ動物と聞いて、フヨウやスイレンはまた頭を悩ませる。ペインの姿はおろか口寄せ動物すら満足に見たことがない二人に実感は乏しかった。
蟹、数多の頭を持つ犬に、珍鳥。ペインによって召喚された大型動物たちは、視覚共有のためのコピーとして、どれもが口寄せ輪廻眼という術で操られていた。その中には完璧な透遁術で主人もろとも周囲の風景に擬態してた動物もいた。そのケモノが姿を消して攻撃をけしかけてくるとき、それはまさに“見えざる力”だった。

集落の老人が神の使者を語ったそのときから、シズクはうっすらと疑いを持ちはじめていた。反復夢は、森のどこかにいる口寄せ動物の視野を視覚共有していたに過ぎない。四本足で土を踏んだのも、虫を舌で捕らえて食べたのも、夢ではなく全て現実。触覚や味覚を感じなかったのは、単純に視覚しか共有していなかったから、ということで説明がつくと。

もちろんシズクは“神の使者”と口寄せ契約を果たしているわけではない。
情報収集の忍カラス。蛞蝓のカツユ。これらは対等な、五分五分の血の契約だ。
ひきかえ 瞳術における契約とは、支配と隷属の関係。シズクが輪廻眼を譲り受けたために、ペインは――長門は目だけでまだ生きている。
故人となっても、瞼の奥で、そのまま。

「じゃあ、」

とフヨウが残された疑問を掬い上げた。

「神の使者の力が弱まってるって、あの集落のジイサンが言ってたけど…」

そこから先はさらに不確定な推測に入る。
しかしシズクは、ある答えを確信していた。

「私はお父さんほどうまく口寄せ動物を統制できてないんだと思う」

自身の意識が鮮明でない睡眠時しか視界は共有されていなかった。そもそもシズクには自覚さえなかったのだ。テマリの安い挑発に乗ったときのように、コントロールには依然として粗がある。

不用意に眼を引き継いだことが、口寄せ輪廻眼に縛られた動物たちに半端な従属を強いていた。
その上、集落の人々はまだ自分たちの神様が健在だと思いこんでいる。
今も目が醒めないで。
自分の行為がこうも裏目に出て不都合を招いていることに、シズクは地団駄を踏みたい気持ちでいっぱいになった。


はてさて 起きている問題をとやかく言っても仕方ない。
神の使者の正体が判明した今、選択肢は二つ存在する。ひとつ。口寄せ動物を掌握し、以前のように集落周辺の守り番とさせること。ふたつ。口寄せ動物を輪廻眼の支配から解放すること。

常ならばシズクは己の正義を信じて後者を選ぶ。しかしながら 自分の理想がだれかの理想とイコールで繋がっていると信じるほど過信してはいなかった。今回の場合は“だれか”に位置するのが忍の業を持たない民間人であるから、なおのこと慎重な判断が求められた。

四人の間に長い沈黙が訪れる。

「…」

今さら神の使者を一介の獣に貶めて、何になる?シズクの心に不安がちいさな芽を出した。
自分たちがいる間は良いとしても、去った後、集落の人々がこれから生活を立て直せる保証はない。自力で集落を守っていくにも限度があるだろう。カンダチの他にも賊が近づく恐れがあるなら、いっそ神の使者に頼り続けているほうが心ばかりは平和かもしれない。
老人たちは嘆くだろうか。
前のほうがよかった、と
溜め息をつくだろうか―――

「解放したほうがいいわ」

「!」スイレンの声でシズクは弾かれたように顔をあげた。見ればフヨウも深く頷いている。

「集落のためにもそうしたほうがいいはずよ。ペイン様はもういないんだから…これから先どうするかは、皆で考えていきましょう」

スイレンとフヨウにも迷いはある。けれど二人の背中を押したのは、今は亡き友・アジサイの言葉だった。


「他里は興味深いな」

「そうね。いろんな忍がいる」

「雨隠れも…もっといろいろ変わるかしら」

「変えるのよ」


生前のアジサイは決意に満ちた眼で言っていた。
泣いてばかりのこの国で、ならば自分たちも、自分たちの力で一歩進まなければならない。
半蔵に怯えていた時代でもなく、ペインに守られていた時代でもなく、自分たちで選んだ未来で生きることを雨隠れのくのいちたちは望んだのだった。

「シズク、口寄せ動物の居場所は判るのか?」

「今はまだぼんやりとしか…でも、サスケは居場所が判ってるみたいなの」

「オレが案内するまでもない」

この件に関しては静観を決め込んでいたサスケが、徐に口を開いた。

「現主のお前が印を組めば、服従して姿を現すだろう」

「それなら、私らはこの森にいるっていうカンダチを探す。口寄せ動物の牽制がなくなって、カンダチがいつ集落に近づくかもわからないしな」

「“使者”の件はあなたたちに任せるわ」

スイレンとフヨウはいつになく気合いの入った顔で、足早に去っていった。


*

雨隠れのくのいちたちが木立に姿を消し、サスケとシズクはまたしても二人きりになった。
瞳術の類いにマニュアルは存在しない。能力の次第と身のこなしを自覚さえすれば意のままに操れる。
シズクは目を瞑り、輪廻眼のほうだけを開いた。だが気を負ってしまって 霧に隠れた木の根ばかりを眼で捕らえてしまう。

「集中しろ」

集中、集中。
集中。
遠くに意識を投げるようにして――ようやく、それまでと違う、灰色の沼地が視界に飛び込んできた。

口寄せの印を組め。サスケが低く合図を告げた。

「お願い、出てきて」


霧の森に煙が立ち上ぼり、めきめきと巨大樹が軋む音がして、あたりは一段と白く霞んだ。
神の使者は姿を現した。
一対の翼を持つ巨大なカメレオンというのはそれだけで充分奇天烈な形相をしているのに、身体に残る生々しい傷のせいで不気味さが増している。焼けただれ、刃のあと。戦歴は数えきれない。
眼球で忙しなく動き回る目玉とうってかわって、それは身動ぎもせずに、ただシズクの眼を見つめている。

「…ごめんね」

ざらざらとした表皮に触れて、傷口を塞いだ。複製された紫色の波紋模様にちかづけば、映し出される自分の顔。眼は共鳴する。この獣だけでなく、雨隠れ各所に身を潜めていた、数多の視界がシズクに繋がった。

「ごめんね。辛い仕事をたくさんさせたよね…今までありがとう」

対峙したカメレオンに向かって、他の契約を結んでいた獣たちに対して、シズクはありとあらゆる忍術を無効にする印を結んだ。

「解」

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