▼19 森の中の再会
真夜中の森をゆったりと進んでいった。
人の立ち入らない手付かずの木立。小雨で湿度が高いせいか、葉は暗がりで一層濃い深緑色をしている。地面を踏みしめると、サンダル越しにぬかるんだ土の感触がある。真冬の森は一歩踏み出すごとに草木の雨露を纏ってひどく冷たい――と感じて、今夜は見えているものが夢ではないという事実に、シズクはただ身震いする。
巨大樹をさ迷う、夢。
夢と考えて シズクは自分を疑う。下忍の頃だったろうか。木ノ葉創成期時代の祖母を眠りの中で見たことがあったが、夢などではなく、封印された記憶そのものだった。
はじめから疑ってかかるべきだった。自分では全く身に覚えがないならつまりそれは自分のものではなく、誰かの過去。視界。
あれは誰かの眼でみた世界だったのだ。
集落の人々から“神の使者”の話を聞き、シズクにはある仮説が浮かびあがった。考える。そして、巨大樹の森に対面した時の既視感を経て、いよいよ予感は実感に変わった。
《今回の騒動は、後腐れを残した私が回収しなきゃならない》
どれほど歩いただろうか。
森の深部へ行き着くと、林立していた木立も少なくなり、沼地が開けてくる。
シズクはそこで集落と同じ痕跡を発見した。掘り起こされた土がまだ柔らかいことからも、そう時間が経っているわけではなさそうだった。
この辺りにいるのか――そう気を張った矢先。
「!」
何者かの気配を察知した。
シズクは木陰に身を隠すも、向こうはとうにこちらに気付いて、近付いてくる。忍。それも完全なる抜き足。息遣いに加えチャクラの気配までもを消し去っている様子から、かなりの手練れであることが窺える。
カンダチという忍か?
息を殺し、シズクは後手で手裏剣ポーチに指を這わせる。相手の出方を待つつもりだった。
しかし何を思っての行為か、相手方が急に気配を露にしたのだ。
「…?」
普段であれば真意が判らず額に汗するところだった。これがおよそ敵と思わしき忍との戦闘なら。
しかし読み取ったチャクラの気配は、シズクもよく知るもので。
「…このチャクラは…!」
なぜ彼の者がここにいるか 皆目検討はつかない。けれど向こうから合図を送ってきたのだから、素直にその意を汲もう。シズクは木陰から木の枝へと跳躍し、思いきって己の姿を月明かりに晒した。
眼下 霧深い森に佇むは 漆黒の外套に身を包んだひとりの忍だった。
「…サスケ」
深閑とした森に、久方ぶりに呼んだ、友の名が響き渡る。
*
あまりに霧がふかいから、幻かと見紛えた。シズクは枝から湿った土の上に戻る。さくさく、霜の降りた地面を歩く音だけが、二人の耳に届いていた。
目の前で立ち止まる。
しばし会わないうちにまた男の背丈が高くなったようだ。シズクはサスケの顔をよく眺めようと首を逸らして見上げた。伸ばした前髪で、輪廻写輪は隠れて見えない。
鬱蒼と生い茂る木々に黒い姿を潜ませていたのは 正真正銘本物のうちはサスケだった。
シズクがサスケと最後に会ったのは 今から数ヶ月前のこと。
終戦後、贖罪の旅に向かうサスケの出自を木ノ葉の里で見送った。以来サスケがこの広い大陸のどこで何をしているのか シズクの知るところではなかった。
「サスケ、どうしてここに?」
ふたりは数ヶ月ぶりの再会に抱擁で喜び会うような仲ではない。
さらに言えば 場所が場所だ。
久しぶり?元気?この数ヶ月どうしてた?
自分たちの里ではなく 雨と岩の国境付近でなぜか鉢合わせして、他愛もない会話に持ち込める間柄でもなかった。
シズクの第一声に、サスケは薄く口を開いた。
「オレは輪廻眼の波動を追ってきただけだ」
整いすぎた顔立ちに精悍さが増していても、にべもない返事はシズクのよく知るサスケであった。
輪廻眼の波動を追ってきただけ。この応えを聞き、何も判らない昔のシズクであったなら「それって私のこと?」などとあっけらかんに問うていただろう。
「…やっぱりそうなんだね」
幸いにも今回は、違う。
「サスケには見えてるの?」
右の真赤の眼に、左の紫の眼に、シズクは囁くように問う。
答えはない。
沈黙は肯定だった。
この森に“みっつめの輪廻眼”があることに、サスケもシズクも気が付いていた。
「この件はオレに任せて、お前はすぐ木ノ葉に戻れ」
「ああ、そっか…」
呟いて シズクは思わず苦笑いを浮かべる。サスケには、自分が雨隠れで長期任務に赴いていることを伝えてない。彼はシズクが木ノ葉くんだりからやって来たと思っているのだ。
これは些か面倒だ。
「あのさ、サスケに言ってなかったんだけど 実は私、」
口を開きかけて、止まる。
サスケの瞳はシズクの来た方角を捉えていた。霧の中 忍二人ぶんの気配が自分たちの方へと接近しつつあるのを感じ取った。
雨隠れのくのいちは両者ともに感知タイプなだけあって、余計な障害に足を取られずにシズクの気配を追ってここまで来たらしい。
「木ノ葉の忍じゃないな」
「警戒しないで。私の仲間なの」
「仲間だと?」
「うん」シズクはきっぱりと肯定しようとした。「今の仲間」
シズクが“今の仲間”とのたもうその忍たちは、霧の向こうから現れた。
「シズク!」
スイレンとフヨウはシズクの脇を固めるように立ち、それぞれ忍具の番傘をサスケへ翳して対峙する。
突として武器を向けられたサスケは気分を害して眉を寄せたが、忍としての力量はサスケが一枚も二枚も上手である。仮にこのまま如雨露千本の術が飛び出したとしても手傷を負うような真似はしない。
「こいつは…カンダチじゃないな」
「誰だ!?」
「二人とも忍具を降ろして」
慌ててシズクが仲裁に入る。「その人は私の友達なの」
「友達…木ノ葉の忍か?いったいなんでこんなとこにいる」
「彼は特例で他国を旅してるの。名前、聞いたことないかな。彼がうちはサスケだよ」
「!」
スイレンとフヨウはサスケに目を走らせ、すぐに傘を背に戻した。
無限月読は地上に生きとし生ける者全てにかけられた。忍界大戦に参加しなかった雨隠れにも分け隔てなく、公平に。
うずまきナルトとうちはサスケ、この二人の英雄により世界が夜明けを迎えたことは、五大国から小国へとどこからともなく語り継がれている。
「そうだったか…失礼した」
シズク、雨隠れのスイレンとフヨウ、そしてサスケ。居合わせるにはあまりに奇妙な四人だった。
「シズク、急にいなくなるから心配しただろ!」
「なぜひとりで森へ来たの?カンダチの件は明日 三人でと決めたじゃない」
シズクの憂いは村を脅かす賊ではなく、“神の使者”、見えざる力だった。
「勝手な真似して本当にごめんなさい…その…気になることがあって」
スイレンとフヨウに黙って独断で森におとなったのも、その問題に自分がダイレクトに絡んでいるからだ。
「何か情報を掴んだんなら、私らにも教えてくれよ」
「そうだわ。あなただけの任務じゃない」
独断行動は間違い。
二人を今の仲間だとそう思っているのなら尚更、謎解きはひとりではいけない。
「ここからは私の憶測になるけど…ふたりにも説明するね」
きちんと共有しなくては。
「私、ポルターガイストの正体を知ってるの」
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