▼17 ポルターガイスト

ポルターガイストをご存知だろうか。
誰もいない部屋で 何の前触れもなしに突然物が移動する、宙を舞う。音が鳴る。光が放たれる。などといったようなこの世の道理では説明のつかない現象の見えざる犯人。いわゆる心霊現象。

しかしながら忍界でポルターガイストや超常現象全般が流行らないのは、言うまでもなく、忍者が用いるチャクラの結実がすでにその類いであるからだ。
分身は初歩の初歩。エネルギーの練り合わせで人が口から火やら水やら吐き出したり、挙げ句空を飛んだり瞬間移動したりするのが至極当たり前のようなこの世界。
例えば目の前で物が勝手に動いたとして、忍は考えるだろう。存在を見えなくしているだけの透遁か。術者が遠距離から物を操作している傀儡忍術か。視界で起きていることが既にまぼろし。幻術か。裏でトリックが潜んでいることは前提条件である。



「ポルターガイスト?」

雨隠れ執務室。
季節は冬の終わり 霧雨の早朝。
シズク、スイレン、フヨウの三人は、里長の円卓の前に並んで本日の任務を言い渡されたところだった。

「あァ。雨隠れと岩隠れの国境で白昼堂々畑が荒らされたり民家が破壊されたり、色々と迷惑な被害が多発してるらしいって、国境警備の小隊から連絡があった。村の住民はポルターガイスト現象だとか呼んでるらしいけど、要するにまァ、犯人が目撃されてないわけだ」

「それを退治してくればいいんですか」

「そ」

「警備忍からの連絡っていうと…住民から任務依頼があったわけではないのですか」と、スイレンがさらに質す。

「まァな。あのあたりは住民もまばらで、わざわざ雨の里に任務を依頼できるほど裕福でもないからな。怪我人でも出ない限りお呼びはかからん。そこで、見かねたオレがこうして君たちを派遣してやるってわけ」

「ボランティアか」フヨウが眠たげに眼を擦った。テルに至ってはグラビア雑誌片手に指令を下している有り様で、中々の体たらくである。

「ご名答。任務期間として一月ほど取るから、ついでに損壊した村の補修工事やらも請け負って来てくれ」

「了解」

「了解しました」

「…」

「月浦上忍 聞いてる?」

「…あ、ハイ!」

「この任務の重要度なんざたかが知れてるがね、上の空でいてもらっちゃ困るなァ」

「すみません…」

「まァ気ぃつけて」

朝でも変わらず鷹揚な調子の里長に見送られ、一同は執務室をあとにした。

*

冷静沈着なスイレン。マイペースなフヨウ。前陣速攻型のシズク。奇病事件を機に成立したスリーマンセルは、即席ながら相性が理に叶っていたようで、その後何かにつけて任務を共にする回数が増していた。
此度の任務は見えざる騒動の鎮静。舞台は雨隠れ郊外、岩隠れのある土の国との境。
国お抱えの忍里ではない雨隠れにおいては ここ半年ほど任務の殆どが里の市街地やその近辺での活動になりがちであったため、遠征自体が久しい。

「岩隠れとの国境へはこの川辺りを北北西に進んで…約1日ってとこだな」

「手酷く荒らされてたとは聞いたけど、急ぐべきかしら。シズク、どう思う?」

「…」

「シズク?」

「…え?ああ…そうだね、民家に被害が出てるならなるべく早い方がいいんじゃないかな」


シズクと二人とはせいぜい3ヶ月ほどの付き合いだが、それだけ一緒にいれば相手の性格もわかってくる。シズクの普段らしからぬ様子に、スイレンとフヨウは揃って顔を見合わせた。

「どうかしたの?今日は元気がないわ」

「テル様の前でも口数少なかったし…もしや熱でもあるのか?」

「ううん…ちょっと夜更かししちゃって眠いだけ」

シズクが曖昧に濁したのには理由がある。
昨夜ようやく読み通した小南の手記。終わりがけのとあるページに 以前フヨウから聞いた名前が綴られていることにシズクは気が付いた。
“開封術”という 時空間忍術を得手とするアジサイ。スイレンとフヨウがかつて下忍時代に頻繁にスリーマンセルを組んでいたくのいちの名前だ。
執政を表で代行していた小南の手記に部下の名が出るのはそう珍しいことではなかったが、アジサイに限っては――彼女が死後に駆り出された戦いに関しては、流石のシズクも閉口せざるを得なかった。心中はただならぬ様相を呈し、二人と共に行動することへの気まずさへと直結する。

そしてもうひとつ。
次なる任務地がまた問題だった。

「二人は…岩隠れとの国境へは行ったことあるの?」

遠慮がちに問えば、雨隠れのくのいち二人は両名とも首を横に振る。

「国境手前までは偵察で行ったことはあるが、それより先はないな」と、フヨウ。

「あのあたりは戦争の度に戦火にさらされてきたし、ペイン様も立ち入りを厳しく禁止なさってたのよ」スイレンが続ける。

ペイン様。
その名が出て、シズクも思わず目を伏せた。そう。今回の任務先は、第三次忍界大戦で激戦区の一部と化した焦土。そして、旧“暁”が方針を180度転換させるきっかけとなった悲劇の地なのだ。

「そっか…」

由縁ある地へ向かうこともシズクの足取りをさらに重くする原因であった。

出発しようか。
誰彼なく言い、三人は外套のフードを目深に被って駆け出した。


雨の里中心部に林立する黒々とした鉄塔さえも、僅か走ればもやに紛れてしまう悪天候の中、ひた走る。
やがて三人の視界はだだ広い湿原に移り変わった。
田園風景と呼ぶに相応しいのどかな印象はなく、一様に閑散とした地帯である。時折 湖沼に寄り添うようにぽつんと廃屋が佇んでいた。
人の手が入らない荒れ地が、時間が止まっているように感じられるのは何故だろう。寂寥を掻き立てられながら、三人は蔦だらけの家屋をいくつも横切って走り続けた。

そして日没前 とある森林の目前まで辿り着いた。およそ目算でも樹齢数百年もあろうかという巨大樹が立ち並び、山野は緑深く生い茂っている。
はじめての風景に、シズクはふと違和感に顔を歪ませた。その違和感とは正確には既視感で、霊妙な雰囲気を漂わせる森に、頭のすみで何かが引っ掛かるような感覚を覚える。


「この山の向こうはもう岩隠れとの国境よ」

スイレンが地形と地図とを交互に確認した。深い緑に覆われた森林の向こうに聳えるは、険しい岩山だった。

「ならこの辺りだね…スイレン、被害が出た民家は地図に載ってる?」

「いいえ。記されてないわ」

「テル様って結構適当だよな」


フヨウは呆れ顔でため息をつくと、土遁の印を組み、片方の掌で地面に触れた。
彼女の感知は土遁を利用したもので、地面に己のチャクラを伝わせて空間や人の存在を把握するのだ。

「ここから東に2q…民家がいくつか点在してる。人が生活してるのはそこくらいだ」

「被害を受けた村かもしれないわね」

「情報が掴めそうだね…森を迂回して行ってみよう」

冷静な口調を装いながらも、シズクはフードを下へと強く引っ張っていた。
額宛てを掲げることは、木ノ葉隠れの忍としての証を、絶え間なく示しつづけること。雨隠れに赴任して以来欠かすことのなかった、いわばポリシーだ。
無意識のうちではあっても、その額宛てを影に潜ませる行為には、どこかシズクの心の揺れが現れているかのようだった。

- 418 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -