▼16 小南の手記

ざあざあ降りのある夜、おんぼろアパートを抜け出して、シズクは西の外れにある最も高い塔へとひとり赴いていた。
死者の供養や報恩のために築かれたこの塔は、本来は死者の身内まで厳格に立ち入り禁止になっている。
シズクの懐には小南の手記が抱かれていた。
雨隠れにやってきて最初の日に里長のテルから譲り受け、その宵のうちに半分ほどを読み込んだ。小南と“弥彦”、長門の出会い。三人が自来也と過ごした平穏の日々。そして、師匠と別れ、“暁”を結成し、悲劇のあの日に至るまでの記録を。

××年 ×月×日

あの日失ったものはあまりに大きかった。
弥彦だけでなく、私たちの後を追って来たであろう他の仲間たちまでもが命を落とした。医療忍者のミルラだけが辛うじて命をとりとめたものの、もはや戦える身ではなかった。
理想は潰えた。
輪廻眼を覚醒させ、外道魔像を意のままに操った長門は激しく衰弱していた。弥彦を、希望を失い、自来也先生と誓い合った信念すら霞んだ。長門は額宛てに横一文字を刻み、これまでの自分と決別した。
それからは人ならざるものとして――ペインとして、神としての道を歩み始めた。長門はそれ以来 誰かを想って笑うことも泣くこともしなくなった。

××年 ×月××日

あの男の勧めにより、長門は身を隠すことにした。今後は強者の死体を輪廻眼で操り、力を別々の肉体に分散させ戦う。
能力の配分で、天道、餓鬼道、修羅道、地獄道、地獄道、人間道の六人のペインが必要となる。

一人目のペインは決まっていた。
もう戦いに身を投じることを望まないかもしれない。それでも、“暁”のリーダーは、永遠に弥彦だから。姿形は変わっても 私たちには彼が必要だった。
“天道”に生まれ変わり 瞼を開いた彼を目の当たりにして、身が引き裂かれるような思いがした。新たな“暁”。
雨隠れに革命をもたらす者――“ペイン”の誕生だ。
私は最期のときまで彼の使者となり、手足となることを誓った。


その先のページをシズクは捲ることができずにいた。
たとえ最期を見届けていようとも、それに至るまでの過程を、以前の信念から遠ざかっていく父の姿を直視するのは耐え難かった。
しかしいつまでも嫌煙してはいられなかった。
自分自分自身が輪廻眼をただしく扱うためにも避けては通れない。
シズクは祭壇の窓辺に腰掛けて、蝋燭の灯りを頼りに手記の続きを開いたのだった。


最後の一行まで目を通し終えたころには蝋燭の火はとうに尽きて、どしゃ降りの夜更けも霧雨の青白い朝になっていた。
シズクは 磨りガラスの窓を伝う雫をぼんやりと眺めていた。


「父さん」

長門の死体はここにはない。
窓越しに呟けば、それは真っ直ぐ自分のもとに帰ってくる。

「お父さん…小南…私、どうしたらいい?」

知ってしまったら後戻りはできない。
うちはマダラとして暗躍していたオビトが仕組んだシナリオだったとしても、希望を打ち砕いたのがダンゾウであったとしてもそれで長門の数々の所行が帳消しになることはない。長門の罪は長門の罪のままである。

隠れ里が、国が、人が、本当の意味で理解しあえる時代にするため、長門はナルトに夢を託していった。
長門と小南は去り、雨隠れには次なる時代が来た。忍界大戦後 木ノ葉と協定を結び、関係の修復を目指していた矢先 木ノ葉秘伝の毒蟲が雨の里の民を脅かす事件が発生した。
明るみに出たら、全てがふりだしに戻ってしまう。
希望はまだ手の中にある。
しかし具体的にどうしたら、呪いのような因縁を越えて理解しあえるのか?

手記を閉じ、シズクは膝を抱えて 氷のように冷たい窓にその身を預けた。

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