▼15 雲のつくりかた

湿度の高い木陰の隙間を縫うように、羽虫がちいさな音を立てて飛んでいた。私の目は 機敏に動く黒い虫たちの姿を正確に捕らえて逃がさない。
今が好機と言わんばかりに羽虫の周りをぐるりと長い舌が取り巻いた。一瞬の出来事だった。伸ばされた舌は虫を絡めとるなり口内へと再び収まっていった。
あれは、私の舌だったか。


「…うえええ」

脳裏に焼き付いた生々しいイメージに、呻き声を漏らさずにはいられなかった。
蟲のことばかり考えて床についたせいか、虫の夢を見てしまったらしい。しかも気味の悪いことに、虫を食べる夢。雨隠れに来て以来頻繁に見るようになった、森の夢 その続きだ。
味を感じなかったのがせめてもの救いだとしても、ひどく後味の悪い光景だった。

横たえていた体は一睡もしていないかのように疲弊していた。おまけに朝の外気が刺すように冷たくて、目覚めは最悪。
枕元には、昨夜書こうとして一行も進まなかった手紙の便箋がそのままになっていた。

「手紙…かかなきゃ…」

長考した結果、私は蟲に関する疑惑を保留することにした。
奇病騒ぎはあの日以来起きていない。患者も全員全快した。今は、不確かな推測で木ノ葉と雨の国交を悪化させることは避けなくてはならない。もう少し調査してからでも、遅くはないはずだ。

そう頭の中で何度も反芻する。いっそ鍵をかけて、この問題をしまいこんでしまいたい。出来ないならせめてシカマルに蟲の件を相談したい。
それも叶わない故に筆は進まない。
じゃあ、他に一体何を。
いつものようにとるにたらない小話でも送りつけてしまえばいいのかな、例えばこんな風に。


久しぶり。元気ですか?
私はとても元気にしてます。

木ノ葉も雪と聞いて、里が一面まっしろになる景色を想ってなんだか懐かしくなりました。やっぱ寒い日は一楽のラーメンだよね。
食べたいなぁ。とんこつみそチャーシュー大盛り。
忍界には飛雷神の術とか便利な術があるわけだし、なんとかならないかな。アツアツのラーメンをのびずに転送できる新忍術の開発、ここはひとつお願いします。キレ者軍師さん。

追伸 流石にお酒は届けられませんが、お菓子が好評だったようで何よりです。また送るね。


ああもう、最悪。


*


今月分の手紙を受け取って、開口一番にため息が出た。

「なんだこれ」

あいつ、ラーメンの話題のためだけにわざわざ手紙添えさせてもらってんのかよ。どうでもよすぎるだろ。

「シズクの様子 どーも変じゃない?」

「変ですね」カカシさんに同意を求められ、頷いた。「手紙はこれで四回目ですけど、今月のは内容があまりにもなさすぎる」

「お前への手紙だけじゃなくて、オレ宛てのシズクの報告書も現状維持だけで済まされてて、ちょっとおかしいんだよねえ…」

六代目はシズクから送られてきた3ヶ月分の報告書を見比べ、首を傾げていた。事細かに記述されていた前回までと違い、今回の報告書は余白が大きく目立っている。
手抜きだとか、五月病だとか、気分屋のシズクであってもその線はまず考えられない。つまりこの変化は、何らかの兆候。この3ヶ月と違う《何か》が、あちらの里で、或いはシズクの中で起きているということだ。

「里長からの文書はいつも通りだし、事情があって口止めされてる風でもないんだよね」

「この文面から想像する限り、あいつが一人で白を切り通そうとしてる様にも見えます…そこまで深刻な事態に陥ってはなさそうですけど、返事で探り入れてみます」

「二人のやり取りなのに悪いね」

「オレらの勘違いで済めばいいんですけどね」

仕方ねえから、その場でシズク宛ての返信文を捻り出した。元よりオレとシズクのやり取りは検閲されてんだから、プライベートやプライバシーはあってないようなものだった。



おい、ラーメン出前するために忍術はあるわけじゃねェだろ。つーかお前 手紙の内容ほとんど食いモンの話になってんぞ。

職務は捗ってるか?
大戦の医療忍者不足で近隣小国で医者が密かに買収されてたって実態を聞いて、お前は赴任期日を早めて来訪したんだろ。
今回の報告書、医療関係の経過が記述されてなくて 六代目も気にかけてたぜ。
めんどくさがりのオレが言うことじゃねーけど、何かあったなら…何もなくても、取り敢えず何か書いてよこせよな。



*


受け取ったばかりの手紙を読み返して、私は盛大にため息をついた。
手紙越しに叱咤された。勘のいいシカマルのことだ。私が話題をそらそうとしているのにも気付いている。
逆効果だったらしい。

「ハァ…」

表情を曇らせる私に、「なんだなんだ月浦上忍。顔が暗いぞ。彼氏と破局か?」テル様は笑えない冗談でからかってくるのだった。
「違いますけど…」

「疲れ顔ではあるな。まァそういう時は息抜きが一番だ。外に出よう」

この里に数ヶ月も滞在すれば、里長の性格も掴めてくる。なにせ豪気なお人だ。拒否したって私の腕を掴んで共に執務室から抜け出すに決まっている。

外は小雨の降る 灰色の日だった。

「さて月浦上忍に質問だ。雲はどうやって出来る?」

「雲?えーっと…空気中の水蒸気が、」

「ハズレ」堅物かよ。とテル様はからからと快活に笑い飛ばしながら、両腕の袖を捲り上げつつ答えを教えてくれた。「正解はオレの勘」

空に向けて広げられた両手、瞬く間の出来事だった。集められた雨粒はうっすらと煙り、やがて半透明のクッションのような雲ができたのだ。

「いっちょあがり」

「す、すごい…!」

「オレは水遁と風遁、火遁を調節して氷や雲を作るのが得意でね。どうだ?面白いだろ?」

「はい!」

「いい反応だ」

テル様が両手のチャクラをせき止めれば 雲は雨風にゆらり流され、やがて姿を消した。ついさっきまで雲だった空気は これからどこへ行くんだろう。流れ流れて、木ノ葉隠れの里まで旅したりするのかな。

伝えられない変わりに、雨雲の隙間を縫って差し込んできた日差しを見上げて想う。
ねぇシカマル、他里には不思議な忍がいるよ。
ここの里長様は気紛れに雲を作っちゃうような人だよ。
私を元気づけようとしてくれたみたいです。
シカマルと きっと馬が合うんじゃないかな。

いつか、見せてあげたいな。

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