▼11 砂漠の花と解けない暗号

「見送りはこの辺りでいいよ。あとは空の移動だからな」

「テマリさん、色々とありがとうございました」

「平気か?」

「はい。幸い普段は何ともないみたいですし…自分なりにコントロールしてみます」

別れ際 テマリはシズクに、ナルトと出会った後の我愛羅についてを話して聞かせた。

「我愛羅は“守鶴”のコントロールも里との関係修復も、力を合わせてゆっくり直してったんだ。私もカンクロウもこれからは逃げずに向き合おうと誓った。…だからお前も 必要なら声をあげればいい。木ノ葉でだってこの里でだってそれは一緒だろ?」

何か力になれることがあったらいつでも連絡しろ。
テマリはそう言って、ニカッと強気な笑顔をシズクに見せた。

巨大扇子は空を進んでゆく。羽のように軽く、紙ひこうきのようにまっすぐ、しかし風の流れを正確に操りながら。
五代目風影に就任した今の我愛羅を支えるため。そして かつては我愛羅に差し伸べてやれなかった手を これからは同じ悩みに苦しむ者に向かって差し出すため。彼女は奔走するのだ。

小さくなっていく点を見ていたら、いつの間にか天井は青地に色を染め、ひとつき以上も空を覆っていた分厚い雲もどこかへ流れていっていた。
風使いは黒雲を追っ払っていったのだろうか?誰ひとりとして真相を知り得ないまま、清々とした快晴は広がっていた。

*


その夜遅く 職務を終えたシズクの足は、仮の住まいではなく里長の執務室が位置する最下層部へと向かっていた。

「失礼します」

里長の卓上には相も変わらずグラビア雑誌が広げてあったが、テルが顔をつき合わせていたのは一巻の書状。木ノ葉との共通鍵暗号で文をしたためている最中だった。

「あァ、月浦上忍か。ちょうどいいとこに来た。今まさに木ノ葉への定期報告の文書を書いてたんだ」

「その報告の件で…テル様にお願いがあります。報告書の送付に、私からの手紙を同封して欲しいのです」

「手紙?」

「はい」

軽く頷いただけのシズクに、テルは目を細め 意図を探るように彼女の顔を凝視する。
雨隠れと木ノ葉隠れとの協定において 諜報活動防止のためにシズク自身による定期報告が禁止された。無論木の葉側の提案である。その取り決めを、またしても彼女から崩そうとしている。

「勿論任務の件には一切触れませんし、雨隠れの情報を木ノ葉に伝えるものではありません。ごくごく個人的な近状報告として、連絡を取りたい人がいるんです」

「恋人に?」

恋人?
シズクは一度口を閉ざして、

「…婚約者です」

できるだけはっきり答えようとして、しかし声は掠れてしまうのだった。

「あァ、そういや婚約者いたんだっけ」

「はい」

「婚約者なら大事な身内だしなァ。そりゃ連絡も取りたいよな。…検閲が入るの言うまでもなく、自分の名前はおろか相手の名前も書き記すのはタブーだが、そんでもいい?」

「充分です。お心遣い感謝します」

かくしてシズクは、シカマルに手紙を送ることが許可された。

自室に戻ったシズクは、一直線にテーブルに向かい合い、支給された便箋と筆と墨を広げた。筆を取ってようやく、自分がこれまで 手紙らしい手紙をシカマルに書いた経験がなかったと自覚する。あまりにも近すぎて、その必要さえなかったのだった。
今までは。

思いばかりが胸に溢れて、肝心の筆が進まなかった。木ノ葉の近情を聞きたい。相談したいことや話したいことは星の数ほどある。
けれどそのどれもが、国境を越えて忍同士がやり取りするには相応しくない内容だった。
何度も書き直した文面には、宛名も送り名もしるされていない。
かえって暗号めいていた。


*

雑務を済ませたら立ち寄ってとカカシからの式が飛んできた。
これが以前のシカマルだったら文字通り仕事を終えるまでほうっておいたが、最近の癖で、柄にもなく、なるべく急いで火影邸に向かったのだった。
執務室では カカシが他国からの書状に目を通している最中である。

「早かったね。あとでも良かったのに」

「いつでも同じですよ。…忍連合関係の資料はヤマトさん経由で受けとりましたけど、まだ何かありました?」

「いいや。別件だよ」

これ、お前に。
シカマルは差し出された無地の白い便箋を開く。ブルーのインクで綴られた 短い手紙だった。

僅かな間に目を走らせて、「手紙は違反になるんじゃないスか」口をついて出た言葉は、前のようなだらしない若者の敬語だった。失言だ。

「ま、あちらの里長が承諾済みみたいだから問題ないでしょ」

「それならいいんですが」

「お前からの手紙も同封していいと許可が下りてる。何か書いてもってきてよ。その方がシズクも喜ぶし…問題が起きなければ定期的に手紙のやりとりができるだろう」

「それで…これだけのためにオレを呼んだわけじゃないでしょう。雨隠れの定期報告はどうだったんです」

頑なな敬語と今しがた言った内容に、カカシはやや心外だという顔をする。
シカマルの読みは当たっていて、手紙を渡す目的だけで召集したのではないけれど、手紙をこそ真っ先に渡すべきだとカカシは優先させたのだ。シズクのためにも、シカマルのためにも。
よもやシカマルの口から これだけ などという言い方をされるとは思わなかった。

カカシがくるりと椅子を半回転させて、立ち上がって窓辺に凭れかかる。

「あっちで少々問題が起きて、任務のためにシズクを砂隠れとの国境付近に近付けたみたいなんだよね。実は同じ件で、我愛羅のほうからも事情を聞きたいと連絡が来てる。次の通信会議でも話題になるだろう」

連合国の他里は此度の木ノ葉隠れと雨隠れの二国間協定を周知してはいても、その派遣に月浦シズクが起用されていることは知る由もなかった。
雨の里を輪廻眼術者の隠れ家にした事実が露見したとなれば、木ノ葉側には早急な対応が迫られるだろう。

「対策練っておきます」

「悪いね」

「それじゃ…失礼します」

パタン。

閉まった扉に背を預けて、シカマルはポケットから先程受け取った手紙を開いた。

とても元気だ、とか。
ちょっと寂しい、とか。
役目を果たせるように一生懸命頑張ります、とか。
初回だから尚いっそう警戒されて、書きたいことを満足に書けない状況だったのもうかがえる。
それにしてもなんだか上澄みだけが掬われたような内容で、単なる安否報告とそう変わらない。

ゆっくりと読み返して、次第に言葉の欠片は シズクの声に変換されて頭の中で鳴り響く。どこかぎこちなくて、よそよそしい音声になる。
今度はそれを抑えて、共通鍵暗号も持ち合わせていないのに、なにか隠されているんじゃないかと頭が勝手に文章の配列や構造を紐解こうとしてしまう。見つかるわけはないと最初から判りきってるのに。

あらゆる可能性で文字を組み換えても、シカマルの聞きたかった言葉が導かれることはなかった。

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