▼09 若き忍たち(四)
「一刻を要するんだったな?遅くなった代わりといっちゃ何だが、雨隠れまで送ってやる。お前ら全員後ろに乗れ」
シズクはテマリを見つめたまま目をしばたかせる。
「お、送る?可能なんですか?」
テマリは身の丈ほどもある巨大扇子を開き、足をかけて後ろを顎で指す。そんな彼女を横目に、スイレンとフヨウがためらいがちに顔を見合わせた。
「速ければ速いにこしたことはないんだろ?」
「そうですが」
空を突っ切って帰還すれば断然時間の短縮に繋がるが、提案している先方は砂隠れの忍だ。
砂忍たちが雨忍を警戒したように、スイレンとフヨウの二人には多少の抵抗心があった。
「心配するな。援護としてこちらが領土内に立ち入る許可も取ってる。今頃 雨隠れへ急ぎの書状が届いてるだろ」
「……信じていいのか」
「もちろん」
通行許可証の送にとどまらず、テマリを派遣して雨隠れをサポートしようというのが我愛羅の算段だった。風影は困った者を見過ごさないと言った あの若い忍は正しかったのだ。
「大丈夫。この人は嘘をつくような人じゃないよ。行こう!スイレン、フヨウ!」
「それじゃ…お言葉に甘えて」
「かたじけないな」
三人はテマリに続き、巨大扇子の上で身を寄せる。
空へと舞い上がり始め、眼下に全身タイツの例の忍を目視したシズクが少し身を乗り出しぎみにした。
「本当にありがとう!あなたのお陰です」
「いいえ。オレはただ我愛羅様の意思に従っただけです」
会話の最中にも巨大扇子はあっという間に高度をあげていく。
四人の姿が見えなくなる前に、シラはシズクに向けてもう一言、
「ロック・リーに宜しく!」
そう叫んだ。
(リーに宜しくって、そっか…ガイ先生のファンじゃなくてリーさんの知り合いだったんだ…)
咄嗟に頷いてしまったが、長期任務に身を置く自分には、彼のことづてを伝える約束が果たせないことに、シズクは遅れて気がついた。
見下ろす岩肌、砂隠れ側の地平は茶褐色の砂漠。雨隠れ側は灰色ががった水色。
人々は皆いちように点。
向かう先は降りしきる雨で霞んでいるが、先導の風使いにはこの程度の悪天候など関係ない。
雨粒など蹴散らして最高速度で進むのだ。
「テマリさん、お願いします!」
「砂忍最速をナメんじゃないよ。しっかり掴まってな!」
*
テマリの助力の甲斐あって、小隊はタイムリミットを大幅に短縮して雨隠れへと帰還した。
重篤患者たちに症状の悪化は見られず、その後の治療は 流れるようにスムーズに進んだ。
採取したシノビサボテンからエキスを抽出し、難解な調合を鮮やかな手捌きでこなしていくシズクの技量。毒研究に特化した雨隠れの医療忍者たちをも感服させるものである。
調合薬が患部に浸透しきったところで、次は掌仙術の毒抜きの要領で汚染された細胞をさらう。
患者たちの表情からも、苦痛が薄れていくのがわかった。
完全に取り除いたところで、シズクはさらにもう一種類の薬の調合にとりかかった。
奇病の原因がチャクラを纏う何らかの術であることが判明しても、それらが細菌に近いかウイルスに近いかもまだ判明してはいない。再発の可能性を否定できない現状では、衰弱した体の回復も薬剤治療が賢明だった。
薬剤に使う成分のひとつとして、シズクは腰の医療ポーチからひとつの小瓶を取り出した。
「それは何です?」
医療忍者の一人が訊ねた。
「鹿の角です。木ノ葉では細胞組成の万能薬としても使われてるんですよ」
雨隠れへと旅立つ前にヨシノが手渡してくれた奈良家の万能薬である。
――きっと役に立つから持っていきなさい。
(役に立つの、案外早かったなあ)
雨隠れの医療忍者たちがもの珍しげに粉末を取り扱うのを見ながら、かつて五代目火影が同じ薬を使って仲間の命を繋げていたことを思い出す。
奇病の原因を取り除き、細胞のレベルから全快に持ち込むには数日かかるとしても、安全ラインは確保したようなものだ。
「これで峠は越しましたよ」
「本当か!?」
「はい。投薬を続ければデイゴくんの目も元通り見えるようになるよ」
弟の容体を固唾を飲んで見守っていたスイレンにそう声をかければ、彼女の顔にはたちまち安堵が花開いた。
「デイゴ…良かった!」
傍らに寄り添っていた他の患者の家族たちもホッと胸を撫で下ろし、はりつめていた緊張がとけた様子である。
「どうなることかと思ったな…」
「ありがとう…シズクさん」
シズクはポカンと口を開く。
この里に来て一月が立とうとしていたが、職場の人間以外で里の住民とは未だに打ち解けていなかった。
こんなふうにお礼を言われたのははじめてだった。
「良かった良かった」
そこに、里長のテルが戸を押して 雨隠れの病院にふらりと現れる。
「テル様…」
「うんうん、皆命とりとめた。一安心だな」
彼はといえば別段心配もしていない様子で、ひとりケロリとしたものだった。
「月浦上忍、今回の原因は調べれば判明しそうか?」
「どこまでやれるかわかりませんが手を尽くします。テル様、その後発病した患者は出ていないのですね?ミソギ川…でしたっけ?」
「あァ。現場付近でも慎重に調査してるが、目立った異変はないんだよなァ」
「…」
四方を水域に囲まれた雨隠れ。聞けば、隠れ里で起きる流行り病の約八割ほどが、感染性の病原菌などに汚染された水が原因となるらしい。
不特定多数の症状が見られた今回の件は稀有な事例ではあったものの、そう珍しいことではないのだった。
「それにしても、お手柄だったなァ」
「いいえ、私はなにも。スイレンとフヨウや、砂隠れの皆さんの…そこにおられるテマリさんの助けがなければどうにもなりませんでした」
テマリは三人を運んで来た後、シズクやスイレンたちと一緒に院内にとどまり、治療の間何かと世話を焼いていた。
「そうだったな」テルは同席していた砂隠れの使者に頭を下げ、深く感謝の意を表する。
「今回は砂隠れのご尽力がなければ皆助からなかっただろう。砂隠れのテマリ殿だったか。此度の件、厚く御礼申し上げる」
「お力になれたなら良かった。大事に至らずに済んで幸いです」
テマリも同じく会釈し、風影に代わって彼の意向を伝えた。
「恩人は丁重にもてなさなきゃな…テマリ殿、これもいい機会だ。時間の許す限り好きなだけいてくれよ」
「どうも」
「…しっかし、噂の通りだなァ」
「噂?」二人のやり取りを傾聴していたシズクが小首をかしげた。
「砂隠れの姫は傾国傾城の美女だって聞いてたからなァ。こりゃ聞きしに優る麗しさだ」
「…私のときはそんなこと言ってくれなかったのに」
不満を垂れたシズクに、テマリがハッと快活に笑う。
里長は雨隠れ。
一人は砂隠れ。
もう一人は木ノ葉隠れ。
小雨の降りやまぬこの小さな里で、違う出身の忍が揃って談笑する光景は、狐の嫁入りの如き出来事だった。
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