▼08 若き忍たち(三)

砂隠れの忍にとって、北の国境地帯は最も過酷と区分される長期任務のひとつである。
昼夜で寒暖が激変する不毛の大地。加えて国境線を隔てた向こう側から、隣接する雨隠れをはじめとして 土、草、谷の忍たちがしばしば接近してくるのだった。

《雨忍の話を決して信用してはならない》

この地に配属された砂忍たちは赴任して真っ先にそう教わる。
雨隠れは小さな里なれど、冷静にして時に狡猾。
印を組めば水遁で自在に水流を操り、霧雨へ姿を眩ます。
平伏せば土遁。自ら捕虜となり、己が身に宿す毒で相手方を道ずれに自害する者もいる。
ゆえに、彼らの言葉を鵜呑みにしてはならないと。


それがどういうわけか、忍界大戦以後も教えを守る砂忍たちの前には、雨忍に混じって木の葉のくのいちがいるではないか。

数十メートル離れた先で、月浦シズクは外套の下に手を滑りこませた。
よもや武器では、と警戒した忍たちは揃って身構える。だが彼女の懐から取り出されたのは一枚の紙切れだった。


「これは薬剤の調合表です。どなたか医療忍者はおられませんか?この表をご覧になれば、本来必要としてる薬草が雨隠れ周辺で育たないことも、代用できる品種がここ一帯で採取できることも、おわかりいただけるはずです」


深く頭を垂れたままの三人のくのいちに、警備隊隊長は眉根を寄せた。
やがて後方に控える部下たちに向かって「ヨメはいるか」と小さく呟いた。

「ヨメ、あれは確かか」

背の高い男たちの人垣を掻き分けて ことさら小さな女の子が最前列に姿を見せた。ヨメと呼ばれたくのいちは、大きくて円らな瞳でシズクの手元に焦点を合わせる。
およそ忍の目でも書かれた内容をうかがうことが不可能な距離でも、水滴をレンズがわりにして遠くのものを目視するヨメには、一語一句正確に読み取れるのだった。

「ハイ…調合表は正しいものです」ヨメは頷いた。

「そうか」

砂忍の表情にも苦渋の色がさっと広がったが、やはり物言いは頑として中立。
双方の里長による許可証こそが、砂と雨 ふたつの忍里が領土を侵さぬために敷かれた、唯一の予防線。命乞いをされた。ほんの一握りの善意で気を許した。その挙げ句、流した仲間の血は計り知れない。

「だがこれは決まりだ…それに偽りがなければ風影様より伝令が届くはずだ。しばし待てばはっきりする」

警備隊長は慎重に帰した決断を出した。
対し、国境を目前にして、雨隠れの二人の焦燥は重く募るばかり。

「お願いだ。頼む。一刻を争う事態なんだ!」


「私たちの任務に仲間の…弟の命がかかっている!」


我愛羅。
シズクの脳裏には五代目風影の姿が過る。
彼ならば、と信頼を寄せる一方で、気にかかることはある。
五代目風影である我愛羅は先代影の実子にして人柱力。由緒正しき血筋であり、実力を評価されての異例の風影就任となったが、当初は上層部との深い溝があったと聞く。

彼以外の上役たちが情勢悪化を懸念して首を縦に振らなかったとしたら―――?

これは国同士の、それも、砂と雨の問題だ。
木の葉隠れの自分が薄氷を踏むような真似をしていいのだろうか。
不安が降ってくる。
いやな汗が伝う。

「スイレン、フヨウ―――」



そのとき。

「あの」

突としてシズクの声を遮るように響き渡ったのは、とある青年の声だった。

「我々が彼女たちの任に代行すれば良いのではないでしょうか?」

警備隊後方から隊長の傍らへ急ぎやって来た忍に、シズクは思わず自分の目を疑った。
美丈夫の顔の下は砂隠れの忍者ベスト。
しかしその下で存在を主張すかのように輝く、真緑のフラットな全身タイツ。
鮮やかなオレンジのレッグウォーマー。

「な、なんで…」慈悲の手を差しのべてくれた若い砂忍のいでだちに度肝を抜かれて、シズクの口からは素直な呟きが零れ落ちた。

あの全身タイツを稀に見る珍装束を、木ノ葉では知らぬ者はいない。忍界大戦でのマイト・ガイの勇姿によって、英雄の衣装として一躍人気を博しているのだろうか。
こんな国外れの地に、リスペクトする忍がいたなんて。呆気に取られたシズクの背後では、他方 スイレンとフヨウも眉根を寄せた。

「あいつ、見たことがあるわね」
「中忍試験の砂忍じゃないか?あっちのちびっこいくのいちも」

「でもあのタイツは別のやつの…」などとひそひそ話をしている。図らずしも同じ中忍試験に参加していたことから、顔見知りとまではいかずとも接点があるのだった。


「隊長、採集に協力しましょう」

「シラ…お前、雨忍たちの話を信じるのか?罠やもしれんぞ」


「それなら、彼女たちをあの場から動かさずに我々でシノビサボテンを用意してはどうでしょうか」

「バカなことをいうな!風影様の判断なき現状で勝手な真似をして何か起きたらどうする!」


「罠であったならば追い払えばいいだけのことです。問題は あちらの話が本当で、雨隠れが助けを求めているのが事実であった場合です。砂隠れは無情にもその手を払うことになる」


シラの言葉には少しも萎縮も見られなかった。
そして、

「我愛羅様ならば、困っている者がいたら外部の者でも手を差し伸べるでしょう」

そう断言した。


おそらくその場に居合わせた者全員が、彼の忠誠心に感服したのだった。

《我愛羅様ならば、手を差し伸べる》

彼の確固とした意思は、里長たる人物への安易な従順ではなかった。我愛羅その人への信頼や憧憬を感じさせたのだ。
彼の信念に泥を塗ることなく、
彼の意思を継承し、
己で実行すること。

風影を支える忍としての在り方を先達に問い直したも同然だった。


理解者は国境の向こう側にもいる。
シズクは強い実感を抱きつつ、また深く頭を垂れたのだった。


*

その岩場に数名の手練れを残し、警備隊は各方面へ散り散りになった。

それから半刻も過ぎた頃だったろうか。
砂塵が音もなくさらわれ、シズクたちは自身の髪が大きく靡くのを感じた。

「!」

砂忍たちが手にしていたクナイも、どういうわけか紙飛行機のようにかるく どれも操り糸でもついているかの如く舞い上がるのだ。
足元に落ちるは扇形の影。

「警戒 それまで!」

しゃんとよく通る声がして、シズクは頭上を見上げた。

「テマリさんっ!」

「テマリ様!!」

「雨隠れからの緊急要請に対し、風影様より書状を預かった」一軸の巻物がテマリの手から離れ、気流に従って隊長の掌に運ばれた。実に優雅な風の扱いである。


「その者たちを離してやれ」

「離してやれと言われましても、我々は雨忍を拘束していたわけでは…」

「ん?」

テマリは地面に降り立つと、部下の様子を目の当たりにする。
時同じくして砂隠れ側からシラやヨメたちが腕にシノビサボテンを抱えて走ってきたのを見、笑って一言。

「驚いたな…国境警備隊で揉め事が起きてないなんて、珍しいこともあるもんだな」

国境間での衝突を危惧してわざわざ来たってのに 無駄足になったのはこれが初めてだよと、ニッと口角を釣り上げたのだった。

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