▼11 少しは守らせろよ
さっきまで居た巨大な地底遺跡はどこへやら、周囲にゃ黒い渦がしけの海かってほどに谷一帯に広がっていって、その場にあるもん全部が底なし沼に引き摺りこまれていってるみてェだった。
オレたちの杞憂とは裏腹に、状況は悪くなってく一方だ。あのばかでけえ要塞もついには傾き、波に飲み込まれるように見えなくなっちまった。
要塞が跡形もなくなるのを眺めて、サクラが呟いた。
「ナルトは…シズクは?」
「…」
「まさか、まだあそこに!」
顔を真っ青にしたサクラに否定を求められても、言葉が出ねェ。
脱出してんなら今頃姿が見えてるはずだし、狼煙なりなんなりで合図を出してくるだろう。それがねェっつーことは…つまり、ナルトは。
シズクは。
「ナルトォー!シズクー!どこにいるの!!いるなら返事して!!」
「あっ、待てサクラ…くそっ!」
谷底にゃ崩れた遺跡の残骸がまばらに残ってただけで、動くものは何一つ見当たらなかった。見るも無惨な岩肌に、サクラの声が虚しくこだまする。それでも目ェ凝らしながら必死でアイツらの姿を探して、オレも二人の名前を呼んだ。
ナルトもシズクも、オレたちとは比較にならねェ位にタフな奴らだ。簡単に音をあげるわけがねえ。けどよ。
チョウジを、ネジを乗せた担架が。
白い無人の待合室が目に浮かぶ。
サスケん時みたく、仲間に生死さ迷われんのはもう金輪際御免なんだよ。
「どこだ…!」
岩壁の隅から隅まで探しながら、オレはなんでかアカデミーの頃のことを思い出してた。シズクがイジメっ子に本とられて、泥だらけになって家に帰ってきた日のこと。焦燥や憤りがあの日に近かったからかもしれねェが、とにかく、いけすかねェ。
二度と仲間を危ない目にあわせねェって、小隊長としてそう誓った。だから破らせんなよ。バカでかい声でオレのこと“騎士”だって、さっき言ってたじゃねーかよ、お前。
「超めんどくせーけど…オレが、まもってやるから」
「うん」
ちっとは守らせろよ。オレに。
「ナルト、シズク―――――キャ!!」
前兆はなかった。
サクラの小さな悲鳴と共に 視界が俄に眩しくなり、何事かと腕で覆う。目も開けてらんなくなった。突然の光を皮切りに地面が揺れたかと思うと、剥き出しの岩肌に降って湧いたように、いきなり草木が芽生えて。
見渡せば谷全体は密林になってた。
「な…!」
遺跡は青々とした深い緑に包まれて、気づけばオレもサクラもバカでけェ樹木の真上に居た。「一体どうなってんだ!?」
「まったく、言い伝え以上の力だわい!」
どこからともなく聞こえてくる、間延びした声。たしかこの声は。
「キャラバンのじいさん?」
応答はなかった。その代わりに、「おりゃあああっ!!」っつー、聞き慣れた掛け声が耳に届いて。振り返った。
家一軒以上のサイズの石場が割れ、中から現れたのはキャラバンのじいさんと、シズクだった。
「シズク!おじいちゃんも…!」
「サクラ!無事で良かった!」
「いやぁシズクの嬢ちゃん、すんげー怪力じゃのお!」
「カヒコさんもご老体ですんげー腕っぷしになってますけど」
「そうかのう〜」
照れた口振りでじいさんは自分よりでけェ岩をひっくり返して這い出てきやがった。何があったか知らねーが、じいさんもネルグイも無事なのはいいけどよ。お前ら、なんでそんな楽しそうなんだよ。
「どうしたのシカマル、わたしの顔になんかついて……って、痛あっ!」
足早に近づき、オレはシズクに手加減なしのデコピンを食らわせた。こちとら寿命の縮む思いで探し回ってたっつーのに。
「お前に説教し忘れてたの思い出したぜ」
「へ?」
「あの局面でフツー手ェ放すかよ!ちっとは考えろこの超バカが!」
「さっきの遺跡でのこと?」
「それだけじゃねェよ!今だってオレらに散々心配かけといて、やけにピンピンして出てきやがって」
「心配させて悪かったけどさ、何もデコピンしなくてもいいじゃん!」
「石頭のくせして何言ってんだ。少しは反省しろ」
赤くなった額に両手を添え、口を尖らせたシズク。しかしすぐに表情は和らぎ、へへ、とオレに笑って見せた。
「こんくらいでへこたれるほどヤワじゃないでしょ。わたし」
何故かじいさんも同意する。
「いやいや、吹っ飛ばされるわ押し潰されるわで確実にお迎えが来たと思ったんじゃがなあ」
そりゃそうだ。さっきまで世界の終わりみてーな風景が広がってたってのに、今じゃあたり一面鮮やかな緑に変わってやがる。
「じいさん、これは?」
「荒れ野に命が芽吹きよった。鉱脈が消滅する時にもれた僅かな力でもこの有り様じゃ。お陰で怪我も全部なおっちまったわい」
「ねえ…ナルトは!?」
この場にいないもう一人の仲間の安否を尋ねたサクラに、シズクは頷く。
「テムジンを助けにいったの。もう大丈夫だと思う」
そして密林と化した谷をぐるりと見渡した後にまたオレを見て、なんつーか、全部片付いたってくらいの清々しい顔で笑ってみせた。
「ナルト、今回はうまくいったみたい」
……そうか。
ナルトのヤツ、今度は手ェ放さずに済んだんだな。
なら、オレもヘマしてらんねェよな。
じいさんの先導で、サクラがナルトたちのいるはずの方角へ走っていく。
「おい」
同じく駆け出そうとしたシズクの手首を掴んで引き止めて、オレは手短に伝えた。
「ひっ!もうデコピンは勘弁してえ」
「ちげーよバカ」
「じ、じゃあ何?」
「まだ時効じゃねェからな」
「え?」
「あのときの約束」
覚えとけよ。
こんなクソ恥ずかしいこと言うのはこれ限りだからな。
「超めんどくせーけど……こんなとこで約束破らせんじゃねェよ。シズク」
「!」
振り向いた瞳。
うっすらと透明な膜でちいさく光ったような気がした。
泣きこそしなかったが、シズクの頷き方は、あの頃と変わらなかった。
「うん」
- 378 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next