▼08 うそつきキング
ナルトたちが駆けつけてすぐ、広間が大きな揺れに包まれました。移動要塞が強引に地中へと捩じ込んできたんです。
暗がりに姿を見せる、ハイドと配下の 女騎士たち。
テムジンはハイドの到着に 膝をついて頭を垂れました。
「ハイド様、ゲレルの鉱脈はこの下です」
「ありがとうテムジン…苦労をかけましたね。お陰で理想郷はもう目の前です」
片眼鏡に長い身の丈のマントの、固太りの男。はりついたような笑みを始終浮かべているのは明らかでした。
「ではみなさん、参りましょう」
「ちょっと待った!」
踵を返したハイドの影を、シカマルが捕らえる。
「悪いがあんたにゃ聞きたいことが色々あってな!」
「困りましたねえ。この失礼な御仁はあなたのお友達ですか、ナルト君、なんのつもりです?あなたは私と約束してくれたじゃありませんか。よりよい世界をめざして、おたがいがんばりましょうって」
けれど 交わした約束を踏みにじられたのはナルトの方だった。
シカマルもハイドに詰問した。
「お前ら、ゲレルの石を手に入れてどうするつもりだ」
「どうって…理想郷を作るんですよ。争いのない 弱いものが虐げられない世界をね」
「どうかな。あんたのやってることは真逆に見えるぜ」
こども騙しの白々しい答えでした。
全ては真の正義をなすための布石で、そのためには無抵抗な村やキャラバンを襲うのも已むを得ない。尊い犠牲だと。
「オイおっさん!その尊い犠牲って何のことだ。倒れんのが自分の仲間でも、尊い犠牲なんて言葉で片付けちまうのか!」
「何かを成し遂げるというのはそういうことです」
何を言っても取り合わない相手から、ナルトの視線はテムジンに移りました。「テメーも、仲間があんなになってても平気なのかよ!」
カプセルの中でエネルギーを捧げるこどもたちの姿を、風の国に座礁していたという艦隊で、ナルトも目撃したのでしょう。
「そうだ。おれを含め、皆が自分で決めたことだ」肯定こそすれど、テムジンはナルトの目を見て言おうとはしなかった。
「仕方ありません。平和な理想郷、それは私たち仲間 共通の夢なのですから」
「じゃあそんなの仲間じゃねェ!」
怒りに声を震わせ、ナルトは声量を大にした。
「なぜです?」
「オレにもよくわかんねー…けどな、オレにとって仲間ってのは、もっと大切にしなきゃいけねーもんだ!」
不器用そのもので、話術で捩じ伏せる力はなかったけれど、それはナルトの本当の気持ちからくる、切実な答えでした。
「オレはずっと…ひとりだった。でも仲間ができて、ひとりぼっちじゃなくなった…!だから!オレの夢は、仲間がいるその里で、みんなを守る火影になることだ!!」
ハイドはしかし、やはりこどもの言い分だと微笑をたたえていた。
「お前らの理想郷って、なんのためにあるんだ!仲間を大切にできねーような夢はクズだ!んなもの!オレがぶっ潰してやるってばよ!!」
下忍になった頃にナルトは豪語してました。どの先代をも越える火影になって、里中に自分のことを認めさせてやるんだって。
けどあのときは、里のみんなを守る火影になりたいと言ってた。同じ夢でも両者は天と地程の差があって。
どうしてだろう、こんなときに、すごく嬉しかった。
ナルトの啖呵に気を引き付けられてる隙に カヒコさんに別の思惑があったなど露知らず。声が止んだのと、舞台が突如としてぐらついたのは、ほぼ同時でした。三人の乗る柱だけが動き、周囲から断絶されたんです。
「貴様、何をした!」
「あんなものはこの世からなくしてしまった方がいい。わしらもろともな!」
「なにを、」
するつもりだ。そうテムジンが訊ねる間もなく舞台のからくりが再び動き出し、視界はさらなる闇へと、暗転して。
わたしたちを乗せた石柱はゆっくりと降下速度をおとし、そのうちに視界があかるく開けてきて。
「ここは…」
「伝承では封印の間と呼ばれておる」
松明もないのに不思議とぼんやり明るい広間でした。
遺跡の中でも神聖な場所なのでしょう。一段下がった中心の床から同心円状に造られた室内に、カヒコさんは感慨深げに見回しました。
壁伝いに歩くと、そこにはおどろおどろしい壁画が異彩を放っていた。古代帝国の興り、隆盛、そして滅亡。最後の一枚――――――“暗黒の壁画”に、テムジンは羨望にも似た表情を浮かべていました。
「これを見て恐ろしいとは思わんのか!この絵は大き過ぎる力が破壊しか生まんことを証明しているというに!」
「ゲレルの石があってもなくても人は争う。だったら、正しいことのために使うまでだ」
「あなた、まだそんなことを!」
深まる失望の色。カヒコさんは、そうか、と低く唸るように呟いただけでした。
ゲレルの鉱脈を狙うテムジンを、危険を冒してまでなぜここまで連れてきたのか。鉱脈守り人として、ある決心があったんです。
テムジンの背後を取った彼の袖からは、隠し刃が覗いていました。
「ゲレルの鉱脈はまだ先じゃがわしらの旅はここまでじゃ!」
「!」
宙を舞う鮮血。しかしテムジンが地面に伏すことはなく、薙ぎ払われたカヒコさんは広間の中央へと転がりました。
「カヒコさん!」
「ばかな。不意討ちでおれに勝てると思ったのか?」
「無理じゃろうなあ」ほんの少し口角を上げ、カヒコさんは中央でうっそりと立ち上がりました。「じゃが、わしの目的は達せられた」
狙いはテムジンを仕留めることではなかった。彼の足元の石床は、特別な意匠が施された。ちょうど、わたしたち忍が扱う封印の術式に、よく似ていて。
「この床の紋様を知っとるか?これは古い口寄せの術式での、あるものを呼び出すためのものじゃ」
「何を考えている?」
カヒコさんの両手には、テムジンの血に濡れた短剣が固く握られていた。「いざ、共に滅びゆかん――」と切っ先を足元の床に向け、大きく振りかぶる。
しかし、まるで見えない力に吹き飛ばされたかのように、何の前触れもなしにカヒコさんの両手から短剣が放れて。そこへ地底の縦穴を破壊しながらハイドが押し入ってきました。
「なにをしようとしたかは知りませんが、どうやら間に合ったようだ」
「ハイド様、今のは…」
「ああ、これのお陰かな」マントの下から現れた右手の甲には、怪しく光る円形の石が嵌め込まれていた。
「ふふ、本の通りです。すごい力だ。手を触れずに物が吹き飛ばせる」
足音を響かせ、ハイドは力を無邪気に楽しむかのように、何百年という歴史の遺産へと躊躇なく向けていく。カヒコさんは忌々しげにハイドを睨み付けました。
「その本とは、ゲレルの書のことか!それをどこで手に入れた!」
「ああ、いやだな。流れの商人から買ったんですよ」
「そんな偶然があるものか!おかしいと思っていたがお前、ゲレルの石を手に入れるためにテムジンの村を――――」
刹那、テムジンの赤く染まった目が見開かれる。
事情を知らないわたしにも、真相が掴めてきました。
不幸な孤児を甲斐甲斐しく育てたなんて嘘。最初から、とんだ茶番劇だった。彼こそが悲劇を作り出した張本人だったんです。
「あーあ、何疑ってるんですか。争いのない世界をめざしているこの私が、なんでそのような恐ろしいことを。私は争いすべてをおさめる力がほしい。ただそれだけですよ」
詭弁で飾り立て、まだ笑ってる。いいかげん狂っている。腐っている。
「この…おお嘘つき!!」
気づけばチャクラ刀を引き抜き、振りかざしていた。
「外道め!!」
「おっと」
ハイドはゲレルの石を仕込んだ片手で、火を纏う刀身を躊躇なく握る。力には自信があるのにびくともしない。
「お嬢さんもナルト君のお仲間ですね?いけませんねえ…今いいところなんですよ」
「うあっ!」
至近距離で石の衝撃波を食らい、体は広間の壁へと吹き飛ぶ。
煙が舞う。影分身のフェイクだ。石に莫大なエネルギーがあろうとも、奪ってしまえばいいだけのこと。わたしは背後からハイドの右腕を狙いました。
しかし寸でのところで、体が自由を失いました。
ハイドの護衛として同行してきた鎧兵たちによって四肢を封じられたんです。
ハイドの冷たく歪んだ瞳が向けられ、その右手にメリメリと首を締め上げる。ゴキ、と骨が鈍くしなる音がした。
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