▼07 ナイツ
フェレットのネルグイがどうしてテムジン君の場所を追えるのか理屈は判らないけど、あの子のおかげで私たちは鉱脈のある地底遺跡に辿り着くことができたんです。
まあ…安全な道案内とは言えなかったんですけどね。
遺跡は、おじいちゃんの語った帝国の栄華を思わせる巨大な造りでした。風化さえしているものの、何百年という歳月が経っても石組みは堅固でしたし、いくら降りていっても深度が深かった。
テムジン君のもとへ全力疾走するネルグイを追って、暗い回廊を、暗順応を手がかりにひたすら走りました。立ち止まったら見失っちゃうんで、通路の途切れた場所は飛び越え、時々角に体を擦りながら。
「どこ走ってんだか全然わかんねえってばよ!」
「しゃーねえだろ。こうなりゃアイツだけが頼りだ」
入り組んだ回廊にナルトとシカマルの声が響いたころ、とある角を曲がったら、突然前方が薄明かるくなったんです。
「出口か!」
そう、たしかに出口ではあったんですけど、その先の足場は途切れてました。急ブレーキをかけて踏みとどまったシズクとナルトに、私もシカマルも勢い余って衝突。四人とも宙に放り出されちゃって。
「キャ!」
足場に両手でしがみついたシカマルの背中に、思わず手を回す。
シズク、ゴメンゆるして。これ抱きついてるわけじゃなくて不可抗力だから。
その私の足にナルトが掴まって、自動的に、シズクはナルトに。ただでさえ体力なさそーなシカマルは三人分の体重を一手に引き受けて限界だったし、私もナルトとシズクが重くて身動きが取れなかった。
「シズク…なんとかしろ!」
シカマルの言う《なんとかしろ》は、岩場に飛び移ってチャクラ吸引で上に戻れって意味しかないと思うんですけど。
忘れてたわ。
シズクの考えが斜め上にブッ飛んでるの。
すぐに体がひとりぶん軽くなったかと思うと同時に、足下でナルトが叫んだんです。
「シズクが落ちたってばよ!!!」って。
あのときなんで落下したか?えーっと……あ、チャクラ吸引でドジったわけじゃないですよ。落ちても大丈夫とか過信したわけでもないんです。
視界は、眼下を歩くカヒコさんとテムジン。そしてシカマルに抱きついてるサクラ。シカマルの腕が四人分の重みに耐えかねて震えてたのが見えてしまって。
もう守られてばかりは、イヤだ――――そう強く思って、とっさに手を放しちゃったんです。
「あ、」
体が奇妙に浮いて、頭を引っ張られるような感覚。ひゅっとする。そのまま真っ直ぐ落ちて、あとはガラガラガッシャアアアアアアアン。まっさかさまに遺跡に激突しました。いやー、流石に痛かったなあ。
「シズクが落ちたってばよ!!!」
「ハア!?」
「ナルト!」
「わかってるってばよ!」
一番下のナルトをまず足場によじ登らせてサクラも引き上げさせて。オレが石畳に足をつけて臨んだ頃にゃもう、眼下は落下の衝撃で煙に巻かれて見えなくなっちまってた。あいつが無事かどうかすらもわかんねぇ。
「シズク!」
叫んでも声は遺跡の空洞に吸い込まれちまう。
信じられねえッスよ。ちょい軽くなったと思ったらあれッスから。一体どういう思考回路なら なんとかしろ=自己犠牲で落下に辿りつくんだっつの。マジでありえねェ。
「あっちか!」
「急ぐぞ!」
シズクがするりと手を振りほどいたことに、ただただ呆れた。
ショックでもあった。
“わたしのこと守ろうとか、気を回さなくていいよ”
こっちが掴んでねェと、お前は放すのかよ。
ああもあっさり。
遺跡の通路は、下部の大きな広間で行き止まりになってました。細い回廊に繋がれた舞台のような場所でした。わたしはそこまで一気に落下したようです。
あれだけの高度から落ちてとりあえず無事ってのも我ながら驚きです。まあ怪我の巧名とでもいいますか!
石埃で煙にまかれた瓦礫から這いずり出ると、唖然とした表情のカヒコさんとテムジンさんがおりまして。
「ゲホゲホっ」
「お前…本当にしぶとい奴たな」
「待ってテムジン 話は終わってない!」
彼らの目的地も近いはず。みんなが来るまで、なんとか足止めをしなきゃ。
私がテムジンに叫ぶと、彼はこちらに剣先を向け、油断なくわたしの瞳を睨みました。
「もう話すことなどない」
「あなたになくともわたしには大アリなの!こんなこと言いたくないけど あなたは利用されてる」
「…」
テムジンの顔は僅かに歪められていた。「オレが利用されてるだと?」
できるだけ挑発しないよう、声を潜める。
「あなたたちの要塞に忍び込んだときに、聞いたの。中にいた女の騎士たちが言ってたの。ゲレルの石さえ手に入れば、カプセルのこどもたちは用済みだって」
「…!」
「本当だよ。よく考え直して。こどもたちを手駒にするのが仲間としての扱いなの?」
「あいつらは……しかし…ハイド様はちがう。ハイド様はそのようなお方ではない」
争いは良くないこと。争いのない、弱いものが虐げられない世界になればいい。
わたしもそう思う。
でもそれを大義名分に仲間を犠牲にする戦略は、なんだか嫌いだ。イヤだ。
「テムジン、わたしの知ってる“騎士”はね、仲間を大切にしない奴はクズだって言ったよ。忍は…人間は武器じゃない、道具じゃないって教えてくれた」
咳き込みつつ、立ち上がろうとして、そこで足が折れてるのを知りました。
チャクラを集中させてふんばり、立ち上がる。
「それに、わたしの知ってる“騎士”はね…仲間の命が危険にさらされないように、解決策を二百通りも三百通りも考えるような人だよ。安易に仲間を捨て駒にするような人じゃない。だからわたしは安心して信じてついていけるの」
「…」
「自分の仲間が憔悴してく姿を見て、おかしいと思ったことは今まで一度もなかった?テムジン、そのハイドって人は、ほんとに信じて委ねられる人なの!?」
「ハイド様を侮辱するな!」
テムジンが体を逸らし、まだ全快してないわたしの片足に向かって足払いをかけました。されるがまま体は転がる。
けど、剣を構えてるくせになぜ使わない。
「お前なら知っているはずだ。道を示せ!」
「…こっちじゃ」
「行かせないったら!」
そのまま腕を伸ばして装備で固められたテムジンの足に巻き付く。
「放せ!何度邪魔を―――」
「待て!」
そのとき。テムジンの声は、頭上から高々と響き渡る声に重なり、掻き消されました。
「じいちゃんを返せ!」
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