▼06 ゲレルの石

“テムジン”の拘束は、想定よりずっと容易かったように思います。


「よう。待ってたぜ」

背後から伸びた影が一挙に彼の喉元へと迫り、圧力を増しても、テムジンは抵抗の色を見せなかった。

「どうだ?影首縛りの術は。なんならこのまま締め上げてやってもいいんだぜ」

シカマルの脅しにも眉根ひとつ動かさなかった。手足の自由がきかなくとも、抗うなら素振りの一つや二つあったはず。無抵抗を貫いたあのとき、既に彼は心を決めてたんだしょう。相手の懐に飛び込む覚悟を。

*


隠し小屋でカヒコさんから聞いたお話は、眉唾物の、しかし紛れもない真実でした。

遥か昔 カヒコさんの一族の祖先は、この地で不思議な鉱脈を発見した。
鉱脈の力に気付いた彼らは、力の源を精製し、純粋なる結晶として取り出した。それが“ゲレルの石”だった。
ゲレルの石は、生命エネルギーの源。石は人々に費えぬ恵みをもたらした。
水の涸れぬ井戸。
一夜で育つ家畜。
絶え間なく実る果樹。
ゲレルの石と生体適合できた王家のものたちは、いかなる致命傷もたちまち癒えてしまう驚異的な回復力を得た。そして果てには、生けるものから老いを退ける研究までなされていた。
巨大な帝国が繁栄するまでにはそう時間もかからなかったそうです。

しかし石がもたらしたのは幸福だけではなかった。
強大な力の根源を巡り、いつしか人々は争いを起こすようになった。その大戦で民の命を奪ったのもまた、石そのもの。
絶対的で平等な死。石は人々の命を奪っても飽き足らず、空を炎に包み、大地を山脈を引き裂いて、帝国も当然のように滅びた。
そして、戦乱の生き残り――カヒコさんの祖先が、石を誰の手にも及ばぬ地底深くに封印し、何代にも渡って守り続けてきたのだと。

先日刃を交えたとき、チャクラを扱わないテムジンがなぜ強力な技を繰り出したのかも、そのときになってようやく判りました。


「お前はやって来たのではない。帰ってきたのだ」

カヒコさんは若き騎士に向かって言いました。けれど、お帰りなさい とはあまりにもかけ離れた、厳しい声色でした。
遠かれど同じ種族なのだから、こういう形でなければ、きっと、歓迎されていたはずなのに。

そのときのテムジンは間違った人間を信じていたんです。


「その間違った人間ってのが例の親玉だな?」

「はい。戦乱の末に孤児としてさ迷っていたテムジンを見つけて、育てた…命の恩人だったそうです」

問い掛けに答えたシズクが、どこか悄然とした表情を翳らせたのを、綱手は見逃しはしなかった。そもそもこのくだりに入ってから、様子は少し変だった。

どんな傷や病もたちどころに癒える力。
全てを燃やし尽くす炎。
その末路。
そして、身寄りなき子として育てられたガキと、唯一の希望となった恩人。

似た話を、どこかで聞いたことなかったか。

シズクには思うところがありすぎたのだと、口に出しこそしなかったが綱手は心中を汲み取っていた。


シズクは語り続けた。


「力は力でしかない。要は使う人間次第。どんな力だろうと、ハイド様なら正しく使われるさ」

それはあまりに傲慢な考えだとカヒコさんが辛辣に返しても、テムジンは己の信念を曲げることはしなかった。

「ハイド様は言われた。時に争いをおさめるために、力は用いなければならないこともあると。憎しみにとらわれた人々を説得するため、言葉で時を費やしても、犠牲が増えるだけなのだ。ならば、より少ない犠牲で大きな争いをおさめる方が良いこともある」

それは揺るぎない確信でした。
どこへ行く宛もない自分たちを引き取り、育てた恩人への、絶大なる信頼。
しかし第三者の耳には、奇妙な盲信としてしか聞こえなかった。
ハイドの行為が占領以外の何物でもないことをシカマルは最初から見抜いていたし、実際の所行を目の当たりにしたサクラやナルトも無論、懐疑的でした。

ハイドを頑なに信じているのは、テムジンだけ。

「どんな犠牲を払っても、この世から争いをなくしたいというハイド様の願いをかなえたい。それがおれの…おれたちの夢だ―――そのためには、ゲレルの石がどうしても必要なんだ!」

そして彼は、カヒコさんとキャラバンのこどもを拐い、ゲレルの石の鉱脈へと向かったんです。



「綱手様はどう思われますか?」

このときのシズクの質しには、まだ忍界の負の循環に染まりきっていない若い忍ならではの、青い青い響きが混じっていた。

ここで体裁がどうの、という綱手ではない。自分を信頼する部下に対し、綱手は素直に答えた。

「奴らは行動こそ矛盾してはいたが、その理念だけならば…私らがそれを全否定できる立場ではないな」

任務のためなら時に人の命を奪い、仲間をも犠牲にすることがある。それが忍。
事実、木ノ葉隠れきっての穏健派と称されたヒルゼンの時代でさえ、矢面に立つ忍たちを根幹から支えるように暗躍するダンゾウとその組織“根”によって、繁栄は影から支えられていた。
ハイドの全てを否定することは、自分たちの闇を否定することにもなる。

五代目火影の回答は、自分たちを行いを正当化するものでなかった。
それに救われたかのように、シズクは少しほっとしたような顔をしたのだった。

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