▼05 背中あわせの長考(上)

五代目から例の式を受け取ったのは、サクラと合流するため、シズク本体の記憶に統合された影分身の進路を辿ってる最中だった。

「シカマル、あれって…」

夜明け前の空に旋回する一羽は、木ノ葉の里じゃあよく見慣れてる影っスからね。敵と見紛うわけもねェ。

「五代目の式だ」

通例なら里外で任務従事中の忍にゃ、式は通達されねえ。使われんのは何らかの非常時だ。
木ノ葉崩しの惨劇が、ふと過る。もしかしたらまたヤベーことが起きてんじゃねェだろうな。
オレは鳥の足元にくくりつけられた文を広げて、急ぎ目で追った。

“昨夜未明、風の国沿岸を謎の艦隊が襲撃。砂隠れの忍が陸上戦及び艦船の遠距離掃射に応戦。艦隊は壊滅したが、この奇襲により風の国は看過できぬ被害を受けた。……(中略)……主犯格は判明しておらず、敵は周辺に残留していると思われる。一派は大柄の鎧兵を主戦力に投入している模様。周辺で任務に従事する者は充分に警戒されたし”

そういう内容だったっスよね。

「シカマル、綱手様は何て?」

「風の国が襲撃を受けたらしい」

「え!?」

シズクも暗号文を目で追いはじめたが、事の次第を把握して、横顔は険しくなっていった。

かなりでけェヤマだった。
風の国を襲撃した艦隊は、どう考えてもつい先刻オレたちが潜入した要塞の一派だ。あれが風の国の護岸警備部隊押し退けて、ここまで移動してきたっつーのかよ。

怪しいとは思っちゃいたが、五代目の式で、奴らが木ノ葉にとっても危険度の高い連中だと判明した。
あの要塞がいつ何時動き出して、風の国や火の国の村々を襲撃するかもわからねェし、いよいよめんどくせーことになってやがる。

迷子ペットの捜索なら、任務はDランク。
だが他国を襲撃した移動要塞絡みなら任務難易度は跳ねあがる。

「シカマルって 任務運ないねえ」

「うるせーな。ここにいんだからお前も同じだろ」


悔しいが同感だった。
中忍になってからややこしい任務ばっか回ってきやがる。
ナルトとサクラがいる隊では、あれ以来…サスケ奪還任務以来の初の小隊長だった。
仲間を危険な目に遭わせるだけ遭わせても結局当のサスケを木ノ葉の里に連れ戻すことも出来なかった。
未だネジとチョウジは療養中。今日も、第7班のやりとりのそこかしこに、サスケのいた名残を感じて。“次こそは完璧にこなしてみせます”って五代目にも宣言しちまったからには、めんどくせーが今度ばかりは完遂しなきゃならねェって思ってた。
けどそれがどうだ。度重なるアクシデントで、ナルトもまだ見つからねェ。


「問題はこれからどうすっかだな…」

書面からしても 砂も木ノ葉も例の移動要塞の存在をまだ掴んじゃいねェ。状況を理解してんのは今んとこオレとシズクだけ。つまりオレたちは、他のどの忍小隊よりも敵さんに近づいてるっつうわけで。
仮に暫定の目撃情報を五代目に一報送ったとする。風の国に甚大な被害がでてんなら、同盟国木ノ葉の増援が出動だ。
そしたら間違いなく、ペット任務帰りのオレたちに緊急任務が回ってくる。
だがこちとら失踪したナルトの捜索の最中だ。仲間を放置しとくわけにゃいかねえ。

オレは内心焦ってた。こういうとき、小隊長ってのはどう選択すんのか。オヤジだったら。アスマだったらどう判断する。
今度こそ完璧にこなすにはどっちに進めばいい。
正しい答えはなんだ。


「シカマル」

そんとき、シズクが不意に袖を引いた。

「シカマル、少し休もう。疲れた」

この急機に休憩を入れようって、アイツ、そんとき言い出したんスよ。

「疲れたって…さっき兵糧丸食っただろーが。サクラのいる夜営地点までまだ結構あんだぞ」

「なら食休みに5分だけ。いいでしょ?」

シズクは突としてその場に足をおり、三角座りをする。そして自分の背後の地面を叩いては腰をおろせと催促し出した。
五代目の式じゃ、風の国でも壊滅した村があるって話だった。立ち寄った村も跡形もなく潰され、あの移動要塞ん中にゃ、衰弱したこどもたちもいる。
いつもならそういうの放っておけずに駆け付けるタチだってのに、今日のシズクは独断行動にも走らず、気持ち悪ィ位に悠長だ。

「ほらシカマルも!」

めんどくせーことに、こうなったら言うこと聞かねェんスよ。梃子でも動かねえ。

「…しゃーねえな」

鎧兵が奇襲してくる可能性があるっつってもわざわざ背中合わせに陣形取ることねーだろ。
愚痴を溢せば、「くっついてた方があったかいし」とか暢気なこと言いやがって。全くバカだから困る。
互いの背をくっつけ、微かに凭れ合って、ちょうどいい位置になる。背中越しにシズクの体温が、鼓動が伝わってくるようで、さっきから全然休む気にもなれねェ。コイツ、ほんとに無自覚なんだろうな。まさか他のヤツにもこんなことしてねーだろーな。

「ジンクス命中しちゃったね」

「第7班が里外任務に出ると、ってやつか」

「うん」

「ったく、お前らどーゆー星のもとに生まれたらこんなトラブル引き寄せてくんだよ」

「あははは」

コイツ、空笑いしてやがるな。背中越しにそれがわかった。

「星っていえば、里でもおんなじように空眺めたりしてるけどさ、やっぱり星座の位置が違うね」

「…たしかにそうだな」

「ここ、木ノ葉の外なんだもんなぁ」

「今更何言ってんだよ。寝ぼけてんのか?」

「ちがいますー」

こいつの言う通り、里の外でこうして一緒にいんのは初めてだった。ましてや二人きり。里じゃ家にオヤジも母ちゃんもいるし、横やりが入らねェことはまずねえから、変に焦る。
途切れ途切れの会話のうちに、シズクはまた突拍子もねェ話を振ってきた。

「シカマル、あのさ。あのときの約束、もう時効でいいからね」

「は?約束って、急になんのことだよ?」

シズクの肩が僅かに揺れたかと思うと、「あー…ごめん。忘れてるだろうし、聞き流して」とかなんとか言葉を濁して、続ける。

「わたし一人で要塞に戻って大暴れしたっていい。本気出したらあんなカラクリ粉々にできる」

「?」

「なんなら、木ノ葉でも砂でもひとっ走りして応援部隊を呼んでくる」

「おい、」

「シカマルの命令なら何だって従うよ。だから」

シズクはすくっと立ち上がり、平静を努めて、五分間の雑談をこう締めくくった。

「わたしのこと守ろうとか、気を回さなくていいよ。命令ならなんなりと聞くから、シカマルは思ったように行動して」

“守る”

その言葉でオレはようやく、アカデミー時代にシズクに言ったクソ恥ずかしい台詞に思い当たった。自慢じゃねーけど物覚えはいいほうだし、それに人間、失敗とか嫌な記憶が残るもんだからな。
にしても時効ってなんだよ。時効って。
…つーかあんな昔のこと、お前も覚えてたのかよ。

「シズク…お前、」

「あ!シカマル5分過ぎたよ。さあ立った立った!」

「…」

結局はぐらかされて、それ以上聞くことはできなかった。

“わたしのこと守ろうとか、気を回さなくていいよ。命令ならなんなりと聞くから、シカマルは思ったように行動して”

…命令?
んなもん思いつかなかったんスよ。コイツは手足じゃねェんで。
だから代わりに訊ねた。

「なあ」
「ん?」
「お前がこの任務の小隊長だったらどうする?」

そしたらあのバカ、二つ返事で。

「わたしが小隊長なら、シカマルだったらこの場合どうするだろうって想像するかな」

だと。
答えになってねえッスよね。

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