▼07 若き忍たち(二)

「おいおい月浦上忍。君は極秘任務で雨隠れに来てるのに、他里の境界線でウロウロするのはまずいんじゃないか」

「でも、時の用には鼻を削げってやつです!」

「ハハ」テルは呆れて笑う。「月浦上忍、君は見かけの割に無茶な性格らしいなァ。木ノ葉がもて余す理由がわかった」

「茶化すのはあとにしてください!」

「わかってるさ」里長としての判断が求められる場面だが、折れるのが存外早かったようだ。

「…風影には至急礼状を出す。君は雨隠れ側の国境付近まで行って待機しててくれな。頼むから、砂隠れの中枢から国境警備隊に一報が届くまでは大人しくしてくれよ」

「はい」


「私も一緒に行くわ」

テルとシズクの会話に割って入ったのはデイゴの姉だった。「弟を助けたい。…テル様 この任務に同行させてください」

「そうだなァ…地形に慣れてる雨忍の先導は必要だ。スイレン、お前は感知タイプだし薬草探知にも役に立つ。いいぞ、月浦上忍に同行しろ」

「ありがとうございます」

シズクはその時になってようやく、少年の姉の名前を知ることになった。先刻は口布と目深な額宛てのせいで気づかなかったが、彼女はシズクとあまり歳も変わらないくの一らしかった。並ぶと背丈もそう大差ない。

「私の名はスイレン。中忍よ。よろしく」

「月浦シズクです。よろしくね」

「すぐに支度を整えましょう」

「あァスイレン、フヨウも連れていけ。感知タイプは多いに越したことない」

スイレンは静かに頷いた。
あァ忙しくなるな、とテルが病院の戸口からゆらりと姿を消す。
「んじゃ、間に合うように帰還してくれよ」と去り際に一言だけ激励をとばして。


*


スイレンとシズク、二人が雨隠れ都市部の南門に到着するころには、もう一人の隊員が門付近で既に待機していた。
三人目もくのいちだった。彼女はフヨウという名のくのいちで、ながいストレートの前髪を顔の左側に垂らしている。
目鼻立ちや髪の色は違うが、髪型はどことなくいのに似ているな、とシズクは密かに思った。


「ここから先は案内する。国境までは最速で六時間…急ごう」

フヨウを先導に隊は出発した。

正午の霧は雨足を強め、空を暗く淀ませた。雨が多いことは悪いことばかりではないが、三人の進路には大きく影響した。
雨隠れは都市部を出ればいくつもの大河に道を阻まれるため、移動の半分は川面を駆けることになる。いくらチャクラ吸引で走るといっても、雨で川面に波風が立てば余計な体力を消費してしまうのだ。
はやる気持ちに反して道は険しかった。


雨隠れに赴任してから病院内の職務に従事していたシズクにとって、この任務は初の郊外任務。それもスリーマンセルを組んで見知らぬ国境へ向かう任務だ。
道中、シズクはスイレンとフヨウにある疑問を抱いていた。
他の雨忍たちは自分を見ると一様に困った顔をするのに対して、二人はなぜか、シズクをそこまで特別視していないのだ。
同じ班員として相手を知る必要もあるし、この不思議な感覚を突き止めたいとも思った。
しかし今は時間が限られ、親交を深めている暇はなかった。テルの氷は24時間保てど、その間に薬を煎じて処置し終えねばならない。風の国の国境へ行き シノビサボテンの採取 帰還までを、あわせて20時間ほどでこなさなくてはならない。

三人は最小限のやりとりだけ交わし、冷たい川面をひた走った。
水面はやがて土の小径に、そして砂混じりの岩場へと姿を変える。
その変遷は風の国との国境に近付いたことを証明していた。

雨はほとんど止み、あたりにはうっすらと夕霧が立ち込めていた。

「もうすぐ国境付近だが…どうする?」

先頭を走るフヨウの足が緩み、首を傾けて背後のシズクを見やる。

「できるだけ近づいた方がいいと思う…」そうシズクが返事をした直後――止んだ筈の雨のかわりに空を切る音がする。

「散れ!」

フヨウの張り上げた声でスイレンが付近の岩陰へと跳躍したが、シズクは一歩後退するだけに留まる。
シズクの足元に 一筋の矢がひらめき地に刺さる。フヨウとスイレンのいたあたりにそれぞれ一張ずつ。矢尻は鉄、三枚羽の隅に砂隠れの意匠が施されていた。

「こっちに気付いてる」

手裏剣やクナイではなく弓矢が用いられたのは単に飛距離の問題であろうが、視界の悪い中で正確に狙いを定めたのは手練れの仕業。

「牽制だわ…まだ風影の伝令は届いていないわね」

「どうする」

「このまま進む」

「!?」

スイレンとフヨウは眉を潜めてシズクの顔を再び注視する。

「一度様子を見た方がいいのでは?」

「気づかれて隠れても不審なのはあんまり変わらないよ。バレてるんなら直接お願いしよう」

「だが…また矢が飛んでくるぞ」

「大丈夫」シズクは正面から目を離さずに前進を再開した。「二人は私の後ろをついてきて…出来るだけ間を詰めて」



「来たぞ!」

淀む視界から三人に向かって矢が迫る。シズクは踏みとどまりはせず、手を宙に翳すだけ。しかしその所作だけでも矢の勢いは急激に衰え、カランカランとシズクの体の手前で力なく落ちていくのだった。

「…!?」

輪廻眼の仕掛けを知らぬスイレンとフヨウには、まるで見えない結界が貼られているかのように感じられた。

放たれる矢を次々と無効化しながら一行は進み、ついに境界線の目と鼻の先だった。夕霧に溶けていた国境警備隊の砂忍たちのシルエットもくっきりとあらわれる。向こうからも三人の姿が目視できるはずだ。

「オイ、あのくのいち木ノ葉の額あてをしてるぞ!」

「あれって…月浦シズクじゃないか?」

「忍界大戦で生き返ったくのいちって噂の…?」

きりたった岩肌を介して間合いをとっている三人の耳には砂忍たちの小声が聞こえない。
シズクは一歩前に出、声を大にして叫んだ。

「木ノ葉隠れの月浦シズクです!いま、雨隠れの民間人が奇病に倒れ、患者の治療にシノビサボテンを必要としています!風影様へは嘆願状を送りましたが、皆さんの元に風影様よりの伝令はありませんでしたか!?」

「伝令など来ていない!」

「もうすぐそちらに連絡が入るはずなんです!ここで待たせてはいただけませんか!?」

「ここは国境付近だぞ!書状がないなら早く立ち去れ!」

応じたのは警備隊の隊長と思わしき年配の忍だった。頑とした態度である。

「それよりなぜ木ノ葉の忍が雨隠れに協力している!?我々は聞いてないぞ!」

砂忍の声を聞き付け、「話が通じてない上に拗れそうだぞ」フヨウがシズクの後ろで呟く。スイレンも同じく。

「我々雨忍はもとから信用がないのよ」

シズクの頬には汗が伝った。
こうして時間が経つ間にも、雨隠れの病院ではスイレンの弟をはじめとするたくさんの患者たちが苦しんでいるのだ。容体が急変している危険も考えられる。
もはや一刻の猶予もない。

「敵意がないことを証明しなくちゃ」シズクは背後の二人にそっと耳打ちした。

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