▼06 若き忍たち(一)

外のけしきが一日一日とうつりかわり、肌をあらう雨が冷たさを増していく今日この頃。雨隠れの里ではとある事件が起きようとしていた。

それは女の叫ぶ声から始まった。

「急患だ!!」

病院の正面入り口が押され、声の主が駆け込んでくる。深い緑の髪に、バンダナ型の額あてをした一人のくのいちだった。雨忍の共通装束・暁鼠の色の外套は霧雨に濡れている。
彼女の腕には 十を過ぎるか過ぎないかという歳の男の子が抱えられていた。

「弟の目が突然見えなくなった!」

院内の奥から騒ぎを聞き付けて駆けつけたのはシズクだった。
覗きこむように見下ろせば、少年は姉の肩に体を預け、額から目元までを両手で覆って苦し紛れに息をしていた。脂汗が頬を伝う。

「ううぅ…ああああ!!」

「デイゴ!しっかり!」

少年の名はデイゴというらしい。手袋を装着したシズクがすぐにデイゴを引き受け、担架に乗せて容態を具に観察する。指の隙間から見えるのは正常な皮膚だ。

「何があったんです?」

「それが…よく判らないんだ。川岸で共に修行をしていたんだが、何の前触れもなしに弟が目が痛いと苦しみだして…!」

特に思い当たる節もなく姉は動揺していた。弟は尚もうめき声を食いしばった歯の間から漏らしている。

「お姉さん、手を押さえてて」

シズクの声に姉が手を伸ばしたが、「姉ちゃん、触っちゃだめだ」やおら弟が喚く。
異変は目だけにとどまらなかった。デイゴの手は目頭から離れたかと思うと、爪の先から掌にかけて急に痙攣を起こしたのだ。

「デイゴ!?」

シズクは輪廻眼に意識を集中させた。写輪眼の変化形態である輪廻眼には、白眼のような正確さはなくとも チャクラの質や量を大まかには識別できる。
少年の目元周辺と掌は、彼の身体とは異なるチャクラの反応がある。異質のチャクラはデイゴの身体の中枢へ向かって勢力範囲を広げていた。まるで病魔がチャクラを侵食していくかのように。

「デイゴ――」

「離れて!」今度はシズクが、くのいちに冷静に言い放つ。「動かしてもダメです!」

駆けつけた腕利きの医師たちにもシズクはデイゴを処置室に搬送せずそのまま横たえておくようにまず指示する。そして問うた。

「雨隠れには氷遁を扱える忍はいますか?」

「氷遁?」医療忍者たちは顔を見合わせる。「血継限界の氷遁使いはいない。水遁に温度変化を併用して氷を作れる忍はいるが…」

「そのかたを至急呼んでください。それまでは氷と保冷剤を!ありったけ用意してください!」

「呼んでどうする」多くの人間が狼狽して少年を囲む輪の中、姉が問う。シズクの返事は端的だった。

「体を凍らせます」

*

おいおい何だよ昼飯どきに、と呟きながらの強制連行を余儀なくされたのは、他ではない雨隠れの里長・テルその人だった。
里の民の危機と知りテルは印を結ぶ。彼が用いるのは、水遁と風遁、そしてわずかな火遁。三種の性質変化を巧みに操作して氷の粒を生み出すのだ。
急止のツボを千本で打たれ意識を失ったデイゴの体に テルの忍術が氷雨のように降り注ぎ、瞬く間に覆われた。

少年の悲鳴が止み、院内には束の間の静寂が訪れるかと思われたが、デイゴを皮切りに幾度となく扉が叩かれ、急患は途切れることなく続いた。
相次いで運ばれてくる人々の患部は喉や手足、腹部、顔面など様々。誰しもが原因を知り得ない。共通点は、症状が少年と一致すること。そしていずれの人間も、雨隠れの郊外に流れるミソギ川周辺から運ばれてきたことだった。
患者たちの救急処置に区切りがつき、医療忍者が自分の身から慎重に防備服を脱ぐ。手袋などにも謎の病魔がついている危険があった。

「なぜミソギ川から…細菌か…毒か?」

「今のところはそのどちらとも区別しがたくて…忍術とだけしかお答えできません」

「忍術だと?」

「チャクラの反応が微かにあります」

シズクが顕微鏡に目を凝らしながら曖昧な応答をする。極小の世界をあきらかにする科学の力でも、微量のチャクラが影を落とすだけだった。

「正体はまだ不明ですが、このチャクラは他人のチャクラを軒並み侵食して破壊する性質がある、細菌のようなチャクラです。身体中食われ尽くせば死に至るでしょう」

現在は急速冷却でチャクラの流れをせき止めているが、主悪の根元が取り除かれたわけではない。事態を保留しているだけだ。
不安は募るばかり。

「ではどうすればいいの」

デイゴの姉も医師たち同様に外套や手袋を廃棄した。糸目の下の口布をおろすと、露になった唇から それまでよりも明瞭な声が周囲に伝わる。

「チャクラを用いて治療する掌仙術だと逆効果を招きます…でも、相手がチャクラなら打つ手はあります。相手のチャクラだけを死滅させる薬を作り、破壊しましょう」

医療忍術で相手の体に自分のチャクラを流し入れる行為には、まず対象となるチャクラの分析が大前提となる。
木ノ葉隠れのチカゲ、綱手、シズネ、サクラなど、優秀な医療忍者たちと日々鍛練を重ねてきた手腕で シズクは僅かなチャクラから細い細い解決の糸口を切り開いた。しばしの間 白い紙の上に鉛筆が走る音だけが室内に響き、やがて薬草の調合比率と手順が書かれた表が完成した。

「この薬品を全部揃えられますか?」

シズクはその表を雨隠れの医療忍者たちに手渡すが、目を通すなり皆が難色を示した。項目のとある一点を指さして。

「雨隠れの環境ではこの種類の薬草は育たないんだ」

「…私が木ノ葉から持ってきたストックでは患者さん全員分には足りません。他になにか…この薬草の代わりになるものはありませんか?」

「代用といってもな…」

「アレがあるだろ!」

若手の医療忍者が口を開いた。「風の国の国境付近に生息するシノビサボテン。あれなら同じ効能が得られるぞ!」

彼の意見は妙案かに思われた。しかし一方で、風の国の国境という言葉に他の雨忍たちの表情はかえって厳しくなるばかりだった。

「国境か」と里長のテルも苦虫を噛み潰したような顔をする。

「…?」

雨隠れと砂隠れの関係について、他里から来たばかりのシズクには認識が薄い。

「シノビサボテンの採集か…国境越えの要請を風影あてに出してはみるが、雨忍とあちら国境警備の砂忍の仲は最悪だかんな。我愛羅殿が許しても現地の忍に拒否されるかもしんないな」

テルが苦言を呈すのにはわけがある。
風の国砂隠れは豊かな水質地帯である川の国をしきりに狙い、雨隠れ側もまた何度にも渡って砂隠れに工作忍を投じてきた。今となってはどちらが先に動いたかも忘れさられ、一触即発の緊張状態がそれは長いこと続いていた。一歩でも国境に近づこうものなら、互いに刃が向かってくる時期すらあったのだ。

砂隠れも時代が変わり、時は五代目風影の政権下。
かつて武器を交えたふたつの里の関係も時間をかけて修復に向かっていたが、北の国境警備にあたる砂忍たちは自里から離れて任務地で長く生活するために、国同士の衝突には非常に敏感になっている。ここでもまた、里同士の深い確執が現代の忍たちの行く手を阻んでいる。

テルの氷はもって1日 越えればタイムリミット、患者たちの体は謎のチャクラに蝕まれてしまう。
砂と雨。雨と木ノ葉。
では、木ノ葉と砂は。

「砂と雨の国交がまだ不安定でも、砂と木ノ葉なら聞き入れてくれるかも。…私がシノビサボテンを取りに向かいます!」

シズクの頭には最初から押し進むことしか頭になかった。

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