▼40 なぞかけは一夜、その肌に

常日頃からカレンダーを気にしてなくとも、ネオンで鮮やかな街並みと、吐く息の白さを見てりゃあ輪廻祭が間近に迫ってることは判る。面倒くさがってたって面倒な日はくるもんだ。
小さい頃はいつも 気付けば当日になっていた。親父や母ちゃんと過ごしてたその日付は、いつしか別のヤツとふたりで過ごす日になってたらしい。生憎今はその記憶はねェけど、多分こいつとの記憶なんだろう。


「おかえり」

激務を終えてオレが家の戸を引くころにゃ、母ちゃんは大概寝てる。だがシズクが律儀にオレの帰宅を待っているのが、台所から漏れる光で判る。シズクは寝間着に厚手のカーディガンを羽織り、灯りの下で腰掛けていた。

「おー……ただいま」

「遅くまでごくろうさま。夕飯は食べた?」

「いや まだだ」

「すぐあっためるね」

慣れたように台所に立つ背中を、食卓に腰を落ち着けて見やる。悪くねェ眺めだな。
トネリの件が片付いて、シズクがウチに住むようになってしばらく経つ。こいつは初日から奈良家のあれやこれやを手に取るように熟知していた。部屋、調理器具の場所、 誰がどの箸を使うかも全部。オレとの関係を証明するかのように。

「今日はどうだった?」

「ナルトの奴がうるさくてよ。ヒナタとの初デートがどうだったとか、次行くんならどこがいいだとか」

「付き合いたてだもんね。ナルトってば十年もヒナタの気持ちに気づかなかったのに、ほんと変わるもんだね」

「めんどくさくてしょうがねェよ。せめて任務中くらいノロケは勘弁して欲しいぜ」

「はは」

相槌を打つシズクの声色は明るいが、鍋をかき混ぜる手元はぼんやりとして心許ない。眠ィのか、いや、この話題 もしかして墓穴だったか?マズったか。
トイレを口実に、オレはそそくさと席を立った。


遠く離れた三日月に、煙草の煙を燻らせる。
あの上に立ってたなんて 今思い返せば夢みてェな話だ。

記憶の修繕に時間がかかると知って以降、こうしてひとつ屋根の下にいてもシズクとはつかず離れずの距離を保っていた。任務のときこそ抱きつかれもしたが、あれきりだ。
婚約者だろうとなんだろうと、記憶が戻るまで指一本触れねェと決めていた。一応節度ってもんがあるからな。
だが、任務のときのように白を切るのは難しかった。気持ちを隠す必要がなくなった分、シズクは思慕の目をストレートに投げてきやがる。よく言えば素直。悪く言えば無防備だ。時々忍耐しがたくもあった。
頭を冷やしてる間に、当のシズクがそろそろと顔を覗かせた。

「ご飯の用意できたよ」

「……おう」

灰は落ちきったが、寒空の下だってのに腰は重い。それを察してか シズクがオレの隣で膝を折り畳んだ。
慣れた動作だった。

「今日はきれいな三日月だね」

「そーだな」

コイツとはこうやってふたりして、それこそ何百回と縁側で過ごしてんだろうな。青空に雲数えたり、夜空に星も数えたりして。…ったく、自分で自分に嫉妬するなんてオレもどうかしてるぜ。頭ばっかり回るのも困りモンで、これじゃ男の名が廃る。
今日は脳筋バカのスタイルを見習うか。

オレは黙ったまま 所在なげに置かれているシズク指先の上に、意を決して掌を重ねた。

ぴくり。
触れた途端に微かに震えたが、細くて小さい掌は存外大人しくオレの手に収まった。シズクに目を向けると、額の端から耳までタコみてェに真っ赤にしていて。
思わず笑っちまう。

「まさか 手ェ握んの初めてじゃねぇよな?」

「そ、そうじゃないけど!その……里に帰ってきたあとは初めてだし」

茶化しただけだってのに、こっちに熱が伝わらんばかりに頬が染まってる。手ェ握るだけだってのになんつー初な反応だよ。
久々なら、もうちょい、いいよな。
赤くなった顔を見られまいと体を逸らすシズクの、反対の手も掴んでこちらに体を向き直させる。俯き加減でも、困った様相の眉尻の下、瞳がうっすら期待に色づいてることに気付いた。
堪んねー表情だ。
もっと焦らしてやりてェ。

「オレたちが最初に手ェ握ったのって いつ頃なんだよ?」

「わ、わかんない。結構ちっちゃい頃だったし」

「ガキのクセしてませてんな」

「…」

「んじゃ、その次は」

その次。と思いあたる出来事はひとつだろう。シズクの頬がいっそう上気した。

「……歳の時」と、返事はさらに小さかった。

「ここで……はじめてキスしたの」

ここでって、つまり家の縁側でかよ。大胆だな。アスマをして不器用と言わしめたオレにしては本当にませてやがる。
例えば手ェ握る以上の、シズクがたった今口にした、そして今おそらく求めてるであろう行為をしたら。どんなカオすんのか。
……見てえ。
ふつふつ沸き上がるこの感情は興味本位じゃなく、情欲っつーんだろう。

「顔あげろよ。シズク」

尚も聞かねェシズクの鼻先に自分の顔をすぐそばまで近づける。顔あげねェんならあげさせてやる。全身を擽る息づかいに、保っていた距離をオレは自分で壊した。

「ん……」

何度目かは知らねェが、これもはじめてのキスだ。
唇は甘かった。

「シカ、」

均衡を投げ捨てたのは向こうも同時だった。重ねた唇の合間から、シカマル、と切なく呼ばれる。押し返されることはなく、むしろシズクは悩ましげな吐息を漏らして、オレの首に腕を回してくる。
待たせたのはオレのほうだった。こいつこそ、ずっと前からこうしたかったに違いねェ。相手の欲に当てられた、なんて言い訳にゃならねェけど。
舌を深く絡めるうちに強張りもほだされ、毛糸のカーディガン越しに体温が伝わってくる。密着した体越しにシズクの体のやわらかさを感じては、自分の腰あたりに自然と熱が集まった。

迷いのねェ、いたってスムーズな流れだった。
呼吸のすきま。
シズクの腰を引き寄せる手のタイミング。
キスにちょうどいい首の角度。
どれをとっても驚くほど自然で。
自慢じゃねーけどオレは自分の頭脳を唯一の頼りにしてた。が、今回は頭よりも体の方が、シズクに触れた今までを記憶してるらしかった。
それなら単純。確かめればいいわけだ。

縁側の冷たい床板へ、折り重なるように倒れ込んだ。

「飯冷めちまうな」

「……だね」

「また用意してくれよ」

やおら不満げに呟くシズクの、淫らに散らばった髪をすいて、耳の形を縁取るように唇を寄せた。なんかプロポーズめいてんな、と可笑しくなったが、組み敷いてるのは未来の嫁さんなんだし、別段おかしいわけじゃねェんだろう。
移動するのも焦れったいが、冬の縁側じゃ流石に明日風邪ひいちまうしな。シズクがいつになく甘えてオレの首に巻き付いて離れないので、めんどくせーが仕方なく、彼女を抱き上げて寝室に向かった。

以前のませガキのオレがこいつを落とす手段をどこまで心得てたかは知らねーが、こっちは大人だ。今日一夜で塗り替えてやるよ。

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