▼overture

私とあなたは別々に舟を漕ぎだす。
途中、あなたは私じゃない別の女のひとをすきになる。
私もいつか、あなたじゃない別の男の人をすきになる。
そしてあなたも私も進む。
ずっと続く愛なんてない。
でも かならずまた会える。
人を想う気持ちをあなたから教えてもらった私は、遠い明日へ、其々の舟が擦れ違う瞬間まで そのあたたかな想いを引力にして預けておきます。


*


さて 時は流れに流れて、気付けばカカシの誕生日はあれから二十回ほど数を重ねた。
その途中、彼の左目には親友からの贈り物が埋めこまれることになった。今その瞳は瞼の奥におとなしくしまわれている。
同じ写輪眼同士の戦いでも、生来の使用者と譲り受けた者では疲弊ぶりは違うらしい。カカシは激戦の末に倒れ、。上忍寮の自室で掛け布団を鼻の先までかぶり、こんこんと眠り続けていた。

「起きないなぁ」

いつもならば無音の室内に、しかし今日は別の声がある。
第7班補助隊員にしてカカシの部下・月浦シズクはベッドの縁で頬杖をつきながら、カカシの胸辺りが上下するのをぼんやり眺めていた。
カカシの治療に出来る限りの処置はした。あとはカカシが目を覚ますのを大人しく待つ他なかった。尤も、うちはイタチとの戦い以前に近頃のカカシには休みなどなかったのだろうから、休養させるにはちょうどいい機会かもしれない。

ではその間なにをしようかと考えて、とりあえずカカシの着替えと栄養補給の用意をと決めたシズクは、失礼を承知の上で備え付けの衣装箪笥を開けてみた。

「うわ!おんなじ服ばっかり」

引き出しの中は 隅から隅まで濃い藍色の支給服で敷き詰められていた。そのすぐ下の段は、忍者ベッドばかり。手品みたいに同じ装束しか出てこない。

カカシ先生は私服って持ってないのかな、シズクは驚きを隠せない。どこへ行くにも同じなのだろうか。映画見るときや、お姉さんとデートするときも。ほんとうに一着も?
長期看護でやや退屈しはじめていたシズクは、カカシが同じ部屋で眠っているのをはばかりつつ、箪笥の引き手を次から次へと引っ張ってみた。

忍が替えの装束を多く用意しておくのはどこの家でも同じだが、例えばシカクの箪笥の引き出しなどは、くさりかたびらから派手な毛皮の外套まで揃っている。ワイルドなシカクのコレクションに比べるとカカシの衣装箪笥の中身はあまりにも飾り気がない。

一番下の段からようやく今のものとは異なる布を見つけたかと思うと、広げてみたそれも古びた忍服で。

「ちっちゃーい!」

ただしこどもサイズだった。

カカシが小さい頃に着ていた忍装束にちがいない。サイズがなりたて下忍のそれよりも小さいのも、忍になった年齢が自分たちよりもうんと幼かったからかもしれない。ベッド脇の小机に並んだスリーマンセルの写真よりも前の話だろう。


「先生、どんなこどもだったんだろ」

古い忍服を手にとりながらそんなことを考えていると、開けはなたれた窓から急につよい風が舞い込む。その風はいたずらに、忍服のポケットにしまいこまれていた紙片をひらめかせた。

「あっ」

ひらりと蝶のように舞う古紙を指ではさむようにして掴む。
走り書きを不可抗力で目にしてしまったシズクはすぐに眉を寄せた。古びてやけた表面にやや不鮮明な墨。しかしこれはどうみたって、シズク本人の筆跡だった。

「…こんなの書いたっけ?へんなの」

記された内容はたったの一行。感謝の気持ち。差出人はおろか宛名も明記されていない。この紙きれがカカシに送られたものかでさえ判然としないのだ。

「…ありがとう、かぁ」

あたかも自分が書いたようなメッセージをまじまじと見ながら、シズクは感謝の言葉を復唱し、カカシが目覚めたら手紙の出所を聞いてみようと思ったりしたのだった。


*


頭のてっぺんから、足をつけている水面まで 自分以外は見渡すかぎりの紺碧。空が青いからみんな同じ色になっている。
他にはなにもない。
寂しさはないが、「誰かいる?」誰かいれば良いと思った。
返事もない。

しかしそのかわりに、うすい羽の蝶が一匹、はらはらと花びらのように舞いながら、カカシの肩にとまった。

この蝶のなまえをしっている。
呼べる日が来るのを待っていた。

「お前だったんだね」

羽を休める蝶につられて、夢の中のカカシは眠りについた。

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