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“木の葉の白い牙”

カカシの父・はたけサクモは、里の外でそう呼ばれている。
白刃を振るい数多の戦場を駆け抜ける姿を見、生き残った忍がそう呼んだ。 天才忍者と名高い彼の前に 時に“伝説の三忍”でさえ名が霞むと。
白い牙は表向きの顔で、ほんとうのサクモは 家に帰ればやさしい笑みを息子に向ける温厚な父親だ。肩車された日のことをカカシもよく覚えている。

父の背中を見て育ってきた息子 はたけカカシはいつしか、“白い牙”のような大人になることを周囲から望まれるようになった。彼自身もそう思い始めていた。
幼い頃より才覚を発揮し、5歳で下忍、今年に入ると中忍に昇格。神童だ。流石“白い牙”の息子だな。里内で密かに噂がたち始めているそんな折、カカシは今日出会ったばかりのよく知らない人間から意外な未来像を告げられる。

「あなたはいい先生になるよ」


シズクはいつの間にかカカシの正面に膝をついていた。視線が同じ高さくらいに重なるが、大人が自分にこういう接し方をするのは気遣いに思えず、かえってこども扱いされているようでカカシは好きではなかった。だが彼女の場合はごく単純に、カカシの目を見て話したいかららしい。
暗がりにやや眩しい光は、今やシズクの輪郭を完全に包みこんでいた。自分の肩に伸ばされた彼女の手の指先、触れられている感覚がない。これでさよならなのだ。
生まれる時代と場所を選べない彼が、この先 のっぺりとふかい墨の海のような戦いに身を沈めるのを そしてまた会えるのを、向こうの時間の人間だけが気付いている。
なぜそんなこと言うんだろう。
消えたら最後、どちらにも残らない。

「信じてないでしょ。ホントなんだって。いい先生ですよ」

「…あっそ」

見つめられるのが気恥ずかしくて、カカシは目を逸らす。
ちょうど向こうでは小隊長ミナトに、派手ないでだちの少年が詰問していた。シズクと同じ位の歳だろうか。明るい金髪がミナトの髪質にそっくりだということにカカシも気がついていた。
他の仲間たち同様 体の光が徐々に増しているのが見てわかり、もう彼らが消えるまで幾ばくの猶予もないことを知る。

「まあカカシ先生は時間にルーズだしスケベだし困ったとこもあるけど」

「ソレぜったいオレじゃない」

「私に仲間の大切さを教えてくれた。ピンチのときはいつも私たちを守って導いてくれた。最高にカッコいい大人だよ。…だから、大きくなったらまた 私の先生になってね」

消えゆく腕でもって、ちょっと強引にシズクはカカシを抱き寄せた。

「…っ!ちょっ!」

せまくほそい体は簡単にシズクの肩に埋まった。途端に 口布に覆われていない僅かな頬の部分に赤みがさした。照れるカカシの、横顔のシルエットはまだこども。しかしカカシの匂いは変わらない。
彼女の少し甘い香り、身動ぎしたカカシには僅かな隙がうまれて その機会をシズクは待っていた。
ここでの全てを忘れ、元の時代に戻っても諦めずに待っていられるように。時を経ても必ず残っていて、ずっと待っていてもらうように。
ヤマトの言い付けを破り、カカシのポケットに気付かれないように紙片を滑り込ませると、シズクはありったけの感謝の言葉を口にした。

「ありがとうカカシ」

「何し、………………?」


カカシの腕は目の前の何かを突き飛ばそうとしたが、ただ手のひらが空気を押し返すだけで、彼の正面には何もなかった。


*


楼蘭での重要任務を無事に終え、ミナトの小隊は数日かけて風の国から木の葉隠れに帰還した。

解散早々、カカシは先週並んだラーメン屋の前まで歩いていた。それもやや苛立ちながら。
ほぼ直感のみ信じて訪れた先が案の定大当たり。先週と変わらぬ客の長い行列に、医療忍者の月浦由楽が加わっていた。今日は同期のアスマたちはおらず ひとりらしい。こんな朝っぱらからラーメンとは。

「あれ?カカシ!」

声をかけるまでもなく向こうから名前を叫ばれた。

「任務から帰ってたの?」

「さっきね」

「そっか、おかえり。ね、朝ご飯たべた?」

「まだ」

「じゃあ一緒にラーメン食べようよ!」

「朝からラーメンって…」

「いま流行ってるんだよ。一楽の朝ラー」


何も疲れた体をひきずってまでラーメンをすすりにきたわけじゃない。
カカシは右のポケットを探り、奥から四つに折り畳まれたちいさな紙片を取り出すと、由楽の鼻先につきつけた。
距離が近すぎるため、由楽の目には白い紙に何が書いてあるか読み取れない。

「それより、コレさ」

「なにコレ」

「しらばっくれるなよ。お前だろ。このよくわからんメモ書きをオレのポケットに勝手にいれたの」

「え〜?」

由楽はメモを受け取り、焦点の合う位置にまでずらした。

“いつもありがとう。
大好きだよ。
長生きしてね”



「こんな意味不明なイタズラするの、お前くらいでしょ」

無論 任務先で未来の教え子に出会ったことなど、カカシは覚えていなかった。

「だからわたしじゃないってば。オビトのイタズラじゃないの〜?」

「女子の筆跡だろ」

「女の子ならずいぶん大胆な告白だね〜!あ、思い当たる女子の相手が多すぎるのか、さっすがカカシ君はモテますなぁ」

「ちがうから」

なんだろうかこの奇妙な感覚は。昨日と今日でまるでちがう、頭のすみをやわく引っ掛かれるようなむずかゆさは。

「それよりカカシちょっと見て見て。メニュー表回ってきちゃったよ!」

「オレは帰…」

「ダメ!一楽のラーメン食べてないのもうカカシだけだよ。時代に乗り遅れてるよ」

「はぁ?」

「何にする?お子様ラーメン?」

「うるさい」

ぴしゃりと言うも、今度はカカシが、鼻先につきつけられたメニュー表とにらめっこする番だった。ざっと見渡したメニュー欄のなかに、なぜか頭に引っ掛かった項目がある。

「んじゃあ……とんこつ味噌チャーシュー……?で」

「へえ 意外〜 カカシ濃い味すきだったっけ?」

「いや……でも、」

《激濃がおいしいんだよ》

どこかで誰かに、そう聞いたような気が。
なぜ自分が濃い味のラーメンを頼んだか、その根拠すらどっかに置いてきてしまったようだった。メモ書きのイタズラもこの感覚の正体も、まぁいまじゃなくていい。あとで考えても遅いということはないのだから。

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