カカシの任務に手を貸すより前に、ヤマトとシズクはナルトの安否をまず確認する必要があった。
「ナルト 無線に応答しませんね」
「ああ。通じないか、それとも落としたか」
「安全なとこで身を隠してくれてたらいいんですけど…」
いやいやいやナルトに限ってそれはない 揃って頭を抱えた二人に、
流石のカカシも気がたっているようだ。
「カカシくん…さ、休憩取ってないんじゃない?」
「必要ない」
「これ」
「特製の兵糧丸なんだけど、よかったらどうぞ」
くんくんと鼻を近づける。
「毒は入ってません」
「言っとくけど、まだ完全に信用してるわけじゃないから」
なつかない子犬みたい。
ひょい、ぱく。その間1秒。マスクはほとんど下げられることはなかった。
「あっはは」
「何よ」
「いえいえ、なんでもありません」
早食いの癖、変わんないね。シズクは思わず笑ってしまった。
「待たせて悪かったねカカシ君。行こうか」
* * *
迫り来る傀儡忍部隊に、カカシはチャクラ刀で的確に糸を断った。彼に倣い、ヤマトとシズクも軽々と宙を跳躍しながら事も無げにチャクラ糸をしとめていく。龍脈のエネルギーは解放されたら最後手に負えないが、地下工場の機能を破壊させるくらい、この即席のスリーマンセルには容易いことだった。
「ねえ」
ミナトとの合流まで再び遠方監視に切り替えたカカシは、隣で待機するシズクに 珍しく自分から声をかけた。
一人前の忍者なれど タイムスリップしてきた忍が隣にいて、ぜんぜん興味がないわけない。木の葉隠れの里がどんな風に変わるのか。これからの忍界は。自分はどんな大人になるのか。
聞きたいことは山程ある。
この彼女は出会い頭に自分は由楽の身内だと自らを名乗ったし、もしかしたら…いや、さすがに考えすぎか。
「アンタ、オレのこと先生っていったろ」
「そ…その件は黙秘希望で」
「さきにしくじったのそっちじゃん。どうせ任務が完了したら記憶はなくなるんだし、ホントのこと教えたら」
「カカシくん、ほんとに6歳なの?」
「そういうアンタは本当にオレより十も歳上なの」
猫目の隊長のほうは偵察で離れているのもカカシにとっては好都合だったらしい。この会話も、記憶があるうちの、どうせ限られた時間だけだ。彼の精神を錯乱させない情報ならいいだろうと、シズクは観念して首を縦に振った。
肯定。
「ふーん」
「なあに?その反応」
「よりにもよってこんな鈍臭そうなヤツが教え子なのかと思って」
いちいち小生意気。隣にいるのが 着古したベストの細身のカカシではないことにシズクは違和感を拭えない。
小さな背丈を見下ろし慣れていないせいか、ふさふさの髪の毛から覗くつむじとか、まだ細い腕を物珍しげに眺めてしまったりする。
シズクもまた 幼少期のカカシに聞きたいことはたくさんあった。今 なにに夢中で。仲間たちとどんな生活を送っていて。将来どんな大人になりたいのか。しかし会話すればするほど、お互いを知れば知るほど、来るべき未来のポイントを切り替える危険な境地に向かってしまいそうだった。
長い沈黙のあと、不意にカカシが口を開いた。
「ラーメン」
「ラーメン?」
「一楽ってなまえのラーメン屋が、里に新しくできたんだけど…そっちにはまだあるのかなって」
彼なりに当たり障りない話題を選んだのだろう。違う時代を生きる二人を繋ぐものがぽっと出現したことで、シズクは嬉しくなる。
「あるよ!一楽のラーメンってこの頃からあるんだね!食べたことある?」
「まだ」
「メニューは変わってるかなぁ。どの味もとにかくおいしいけど、オススメはねぇ とんこつ味噌チャーシュー」
「聞いただけでもたれそう」
「激濃だからおいしいんだってば。木の葉の忍なら皆一度は食べたことあるってくらいの人気メニューなんだよ」
「そんなに?」
「うん。私も先生に……あなたに、連れてってもらったことあるよ。任務帰りとか」
語ることはできないけれど、シズクは思った。きっと訪れる彼ら第7班の日々のこと。
食べたい食べたいとナルトが駄々をこねたのが発端で、任務後によく五人で立ち寄っていた。今ではすっかり常連客の仲間入りだ。そういえば下忍の頃には、カカシの素顔を拝もうと画策したこともあった。
悲しいときも嬉しいときも一緒。カカシの三十年のうちの一瞬だとしても、シズクには永遠に大切な記憶。
すべてこれから。
「オレがつれてくって言われても……へんな感覚」
「そうだよね」
出会った瞬間にシナリオが塗り替えられることはない。こうしてそばにいても自分たちは自分たちのままなのだからますます顕著だ。別々の行き先を歩き、思いがけない場所で巡り会う日まで他人として生きていく。
こちらに合流しようとヤマトが向かって来るのが見え、会話はそこで打ち切られた。