▼00 灰色なきオセロ

「さあ参りましょう。虹の向こうへ!」

差し出された君主の掌。
伸ばした手が触れたのは 姫君の指先ではなく雨粒で、そこでようやく夢から覚めたことに気が付いた。

―――懐かしい夢を見た。
清々しいまでに真っ白な心を持つ、正義の味方のお姫様だ。
憧憬は未だ私の中にある。

しかし これはごく当然のことではあるが、現実世界に風雲姫はいない。同じく 悪頭魔王のように完全なる悪人も又存在しない。
正義も悪もない。
これはあまねく全ての争いごとに言えることで、お互い正しいと主張し合う者同士の衝突の末、たまたま勝利した方が正義と位置づけられてしまうこともあるのだから、本当に難しい。
そうなってしまえば、正義が勝って悪は負ける、勧善懲悪のシンプルな考え方も、極論では多数決の正当性も成り立たなくなってしまうだろう。
真っ白ではいられない、白も黒も併せ持つのが私たち忍。議論が尽きない命題だ。


「…っと 時間だ」

夢に見た憧れのお姫様から正義と悪について、というのは、些か考えが飛躍しすぎていた。
夜の森を走り続け、さすがに疲労した顔での入国は憚られると四半刻ほど仮眠を取ったまではいいけれど、やはり気がたって充分な眠りにならなかったらしい。ゆ

一滴の雫が私を起こした。目の前の川面には しっとりと細かい雨が降り注いでいる。
つまり、ここは既に 目に見えない境界線なのだ。

この川の向こうへ一歩踏み出せば、オセロの石よろしく 私の立場は白から黒へひっくり返ることになる。

小さな隠れ里の かつて神様だった人の死に関わりがあると触れ渡れば、同じ目を持っていると知れれば、どうなるかも判らない。 全部自分の色に変えてしまえば勝ち、も通用しないし。
いっそ全てが灰色の石だったら勝敗もなく、どれほど楽かと思うけれど、そうもいかないのだ。

美しいものほど壊れやすい。
その事実に 忍でなくとも誰しもが直面する日が来る。
私たち忍は、オセロの石。
それでも 幼い私が風雲姫の白に憧れたように、灰色の私も、白くありたいと思いながら奮闘すべきなのだ。
偽善を承知の上で、そうでなくちゃいけない。

橋の真ん中を歩いていくと、堅牢で色彩のない黒門が聳えたっていた。
小雨で輪郭が緩やかになっても尚重々しい石畳。警備も厳重。往来を行き交う商人どころか、ひとっこひとりいやしない。カカシ先生の言った通りだ。
木ノ葉隠れの阿吽の門とは正反対の入り口に、決意はいっそう固くなる。

私はこの門を開け放ちに来たのだと。


さあ参りましょうか。

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