ドトウの陰謀が壊滅し、虹の氷壁に眠っていた発熱機により はじめての春を迎えた雪の国は、この日 正統な後継者の帰還を迎えることとなった。
長き冬の果ての戴冠式は、雪の国の第一歩として それはそれは華やかに執り行われた。
数日前まで吹雪の世界だったとは思えぬほど、今日の日和は暖かい。澄んだ青空に真綿の雲が棚引く、まさしく春の晴れの日。舞う紙吹雪は、雪のようにも、花びらのようにも思われた。
全快した三太夫を筆頭に、藤紫の紋旗をたかく掲げた従者たちに誘われ、艶やかな輿の中で一際うつくしい微笑みを浮かべるは 風花小雪。
優しく 強く 正義の味方の 真の君主である。
今 小雪は雪の国の新しき主君となった。
国中から集まった民たち 晴れ晴れとした笑顔をみせて手を振る彼らが、小雪の新しい家族になるのだ。
虹の向こうに広がるは故郷だった。
これからはこの人たちと共に生きる。
眼下の笑みに応えるように 自然と笑顔になる小雪は、人混みに紛れて懐かしい姿を見た。
瞬きしたら 消えていた。
夢か。幻か。
なんだっていい。
信じれば、それは本当になるのだから。
託された夢の鍵を抱き締めるように握り締め、小雪は誇らしい気持ちで空を この世の春を仰ぎ見た。
そんな 誰しもが唇に弧を描く日和に、しかしみっともなく泣きべそをかいている者がただひとり。
「ちょっとシズク いい加減泣き止みなさいよ!」
サクラはシズクに桃色のハンカチを差し出した。それを受け取ったシズクはハンカチに両目を押し付けたが、大粒の涙が止まることはなかった。
「だって嬉しくて…小雪様があんなにきれいな笑顔で…!でも、風雲姫のお姿が見れなくなっちゃうんだと思うと悲しいし…!」
そう ドトウとの激闘の疲れでナルトが寝込んでいる間に、風雲姫は雪の国での撮影をなんとか無事終え、晴れて“風雲姫の冒険 完結編”のクランクアップを迎えたのであった。
「せいぜい嬉し泣きか悲し泣きかどっちかにしなさいよね」
「アヒャヒャ!シズクきったねー顔だってばよ!」
「うるさいナルト!」
「ホント、汚いカオ」
ナルトの言葉に便乗して現れたのは 他ならぬ小雪姫であった。
「小雪さん!」
御披露目を終えた彼女は、城の高台から広場へと移り、第七班の元へ歩み寄る。
「戴冠式なんだから、湿っぽいのはよしてよね」
相変わらず勝ち気な それも、迷いも憤りも全て吹っ切れた小雪の微笑み。感極まったシズクはまたしても涙腺を緩める。未だ泣き虫の忍者を見、笑顔の姫は半ば呆れたように言った。
「そんなに風雲姫に憧れてるんなら、アナタが風雲姫になればいいのよ」
「わたしが風雲姫…?」
「シズクが風雲姫ェ?」
第7班の面々は顔を見合わせ、一言。
「ないわね」
「有り得ん」
「ありえねってばよォ!」
「ま、夢は手が届かない位がちょうどいいって言うしねぇ」
「皆ひどすぎィ!」
どうやら満場一致の即答である。
夢は手が届かない位が丁度良い。カカシの言葉に、小雪も思うところがあるらしい。
「結局、あの装置はまだ未完成だったの」
「じゃあまた冬に逆戻り?」
「ううん、あの装置を元にして開発を進めれば、雪の国はきっと 春の国と呼ばれるようになるわ」
暖かな春の陽気を頬に感じながら、またこの国を覆う雪を想像する。何も悪いものじゃない、冷たい吹雪も、雪が深々と降り積もる一面の銀世界も、れっきとした雪の国らしさなのだ。共に生きていけばいい。先代の夢を今度は自分たちが受け継ぐ番だと小雪は誓った。
「でも…確かに勿体ないですね。こんなにヒットしてるのに、女優をやめてしまうなんて」
「誰が辞めるだなんて言ったの」
「え?」
こちらを見上げてくる下忍たちに対し、小雪は悪戯っぽく目を細めた。彼女の袖から取り出された台本。
その文字は、此度の任務の他の何よりもカカシを戦慄させた。
「雪の国の君主も女優も両立させるわよ!ここで諦めるなんて、バカみたいじゃない!」
バカみたいじゃない、という彼女の決まり文句も、これからは侮蔑の意味を含むこともないだろう。
「そ、それ…」取り乱すカカシなど意にも介さず、小雪は装束の裾をわずかに持ち上げて踵を返した。
「じゃ、またね!」
羽の生えたように軽い足取りは 雪の国の君主・風花小雪。
そしてこどもたちに笑顔でサインに応じる姿は女優・富士風雪絵。どちらも受け入れて彼女はひとりの人となる。
「あ〜〜〜!!」
小雪の笑顔を嬉しそうに見送ったナルトは、何かに気付いたようだ。
「オレもサイン貰っとくんだったってばよォ〜…」
出会った日にサインをせびってしつこく付きまとっていたのが尾を引いているらしく、ナルトはがっくりと項垂れた。
ちなみにシズクはというと、撮影最終日にちゃっかりおねだりしたようである。
“月浦シズクちゃん、ありがとね”と書かれたサイン入りの色紙をナルトに自慢しようと、シズクが懐から取り出す前に あろうことか先手が打たれた。サスケによって。
「サインなら…貰ってある」
「えええええ!?」
当の本人も誤解されるのが不本意らしく、やや照れが混じる。サスケはおよそ彼に似合わない可愛らしい封筒をポケットから取り出すと、無言でナルトへ差し出した。
「あぁああー!?」
ナルトが期待に胸を膨らませて覗き込んだ中身は、しかし 望んだものと若干違っていたようだ。
「どうせなら、もっとかっこよく撮ったヤツにしてほしかったってばよ〜…」
顔を寄せた他四人の目に飛び込んた、ナルトの寝顔写真。それも鼻の穴を全開に膨らませ、口の端からはよだれが垂れていては 男前には程遠かった。
その頬にキスする風雲姫の横顔だけが不釣り合いに美しい。
「あっはっは!」
チームメイトは揃って笑い出す。つられるように、振り向いた小雪に笑顔が咲いた。
CUT!