▼SCENE10「今の仲間」

カカシを皮切りに、瞼の裏に映る第7班の笑顔がシズクの背中を押していた。
身の危険も顧みず、小隊長の命令すら聞かずに飛び出していってしまう真っ直ぐなナルト。
小隊の要として常に冷静で、自分の為すべきことしろと示唆したサスケ。
誰よりも人の心を理解し、気遣うサクラ。
第7班だけではなかった。
シカマルやシカク、ヨシノ、同期の仲間たち。医療班のチカゲ婆。そして新しい火影、新しい師。

今なら判る。何もなくなって、真っ暗になったとき、シズクにはそばにいてくれる人がいた。
凍てついた心を溶かすやさしい温かさ。
シズクにとってそれが木ノ葉隠れの仲間たちならば、雪絵にとってのそれは、三太夫なのだろう。
怖いものは怖い。
信じることは尚いっそう。
それでも、逃げ続けていたら、今そばにいてくれる人を守れなくなってしまう。
雪絵が帰ってきたときに仲間がいなかったら、彼女はどんなに心細いか。


(帰って来て)

手繰り寄せるように強く、シズクは頭の中で叫んだ。

(戻ってきて!!)



最初に気がついたのは監督のマキノだった。
氷柱の騒ぎで雪に転がっていたカメラを引き寄せ、マキノは無言で回し始めた。
体勢を立て直した助監督やスタッフたちが、マキノがレンズを向ける先を見やる。そこには、動かない三太夫の傍らに跪く少女の姿がある。

「チャクラが…燃えている…」


助監督が口にしたのは、“風雲姫の冒険”前作の台詞であった。
偶然か否か、脚本家が描いた情景が、現実のものとなって撮影班たちの目前に現れたのだ。
シズクの両手から溢れるチャクラは、今や彼女と三太夫を包む大きな球と化している。各所に広がる彼女の分身体もまた、チャクラを練り込み発光するため、薄暗い雪景色に螢火の如く眩しく点在していた。

「……!」

マキノがレンズを凝視するも、シズクと三太夫をアップで切り取っていたフレームの内側は発光し、やがて真っ白にフェード・アウト。再び色彩が皆の目に戻ってきた頃には、息を引き取ったはずの三太夫をはじめ五十人の家臣たちが、眠りから覚めたかのように目を開き、体を起こしていた。

「なんだこりゃ どうなってんだァ!?」

マキノの隣では助監督が呆然とし、開いた口が塞がらない。カメラの映像を確認しても、白とびした画面には何も映っていなかった。
しかし彼らは立ち会ってしまったのだ。人が生き返る、奇跡の瞬間に。




「小雪姫…様…」

これで最期と思われていた三太夫が、再び君主の名を囁いた。

「三太夫さんっ!」

「シズク殿…私めは…」

「大丈夫ですよ。三太夫さんも皆さんも、しばらく安静にしていただく必要はありますけど、もう心配は…」

にっこりと笑顔で三太夫の顔を覗き込んでいたシズクだったが、雪絵の不在を思い出すとばつの悪い冷や汗顔に一転した。

「あ、あの〜…ちょっと手違いで雪絵さんが拐われてしまったのですが…小隊が救出に向かいましたので!!大丈夫ですから!!」

彼女の身に大事ないとシズクは必死に取り繕う。

「カカシ先生たちは必ず雪絵さんと帰ってきます。ぜったいです。待ちましょう!あ、でも ここは安全とは言えませんし、皆さんがお住まいの隠れ集落に一時身を隠した方がいいでしょうね…撮影班の方もご一緒に」


シズクが三太夫の担架の柄に手を伸ばすと、先に別の 大人の手がそれを掴んでいた。撮影班の大道具が分厚いコートを脱ぎ、三太夫の体の上にそれをかけると、二人がかりで担架を運んでいく。

「くのいちの嬢ちゃん、あとは任せな!」

ドトウの攻撃の折は遠巻きにただ眺めることしかできなかったクルーたちも、今は雪の民の負傷者に手を肩を貸し、共に雪の斜面を昇っていく。雪の国の者、火の国の者という温度差や距離感は もうそこには存在しなかった。

「シズク殿…」

担架に揺られながら 三太夫がシズクを呼ぶ。

「ハイ!何でしょう?」

「姫様を…“虹の氷壁”へ…」

「虹の氷壁?」

一命をとりとめても声に力はない。譫言のように呟かれた言葉に、シズクは目をしばたかせる。

「そうです…小雪姫様を…虹の氷壁へお連れせねば……我々の夢を…希望を…」

雪を踏み分けながら進む担架。シズクは腰を落とし、三太夫のか細い声に注意深く耳を傾けた。

長くない説明の後、シズクはひとり足を止めた。
まるでパズルのピースがあうように、シズクの手のひらに真実が舞い降りてくる。

先代・雪絵の父 風花早雪の道楽で雪の国は財政破綻したと他国では噂されていたが、それは真っ赤な嘘。“虹の氷壁”に眠るのは資産ではなく、夢だったのだ。彼が雪の国に咲かせようとした未来、その志半ばでクーデターが起こってしまった。
隠し財産などないと判ればドトウの陰謀は頓挫する。
そして、“虹の氷壁”に秘められた真実を知れば、凍りついていた雪絵の心も―――

「――って、本物の六角水晶わたしが持ってるじゃんっ!!」

虚しいノリツッコミ。
ドトウの陰謀を覆すためにも、虹の氷壁はすぐにでも明らかにすべきだ。けれど鍵となる六角水晶がここにあっては、開くものも開かないじゃないか。

「その虹の氷壁ってとこに行かなきゃ!!」

シズクは三太夫に虹の氷壁の方角を聞き、分身体に一同の誘導を託してすぐさま踵を返す。

「うわっ!」

が、深い雪に足を取られて頭から斜面を転げ落ちる。足元が悪いせいだとして シズク本人に自覚はないが、三太夫をはじめとする負傷者の蘇生でかなりのチャクラを要し、彼女の体力はギリギリまで削られていたのだった。

「チャクラ切れ……こんなときに!」

雪の上に転がったシズク。反転した視界に、今度は マキノ監督や助監督を乗せた大型のカメラドリーが飛び込んできた。

「こっちこっち!」

無論カメラも積んでいる。

「雪道走るより断然早いっスよ!」

「皆さんは流石にダメですよ!さっきの見たでしょう!忍の戦場に民間人を連れてくわけには行きません!」

「止めたって無駄だせ 嬢ちゃん」

マキノは依然として冷静である。写真屋の意地、気合い、映画界の匠としての根性を全面に押し出してくるかと思いきや、渋い声で一言。

「オレたちゃ 雪絵の今の仲間だからな」

映画人ならではのクサイ台詞でも、何よりも強い説得力があった。

「…お願いしますっ!カントク!!」

向けられたカメラにニッと満面の笑みを返し、シズクは移動車に乗り込んだ。

猛スピードで雪の森を突き進むドリーに揺られながら、シズクは木立の合間を縫って 厚い雲に覆われた灰色の空を見上げる。
進路方向の空だった。忍の目に、飛行忍具を搭載したドトウ、抱えられた雪絵、そして宙に投げ出されたナルトの姿がしかと捉えられていた。

「カントク!ナルトが飛行船から落ちた!!」

「何ィ!?」

「あっちの方角です…ナルトの所へ!」

「おうとも!」

ちくしょう、とナルトの咆哮がこだまする銀世界に、やや蛇行ぎみのタイヤの跡がまた増えていく。
目指すは虹の向こう。

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