▼SCENE8「使命」

逃げてばかりの人間が英雄か?
他ならぬ実兄に一族を奪われ、復讐を心に誓ったサスケ。今 彼の眼前に仇が現れようものなら、サスケは力量を読み間違えてでも、間違いなく敵に向かっていくはずだ。
対して父の仇討ちを目と鼻の先にして、未だに逃げ続けている雪絵。そう それこそがサスケが今回の護衛対象に共感できない一番の理由であった。

「雪絵さんは…サスケみたいに割り切れるわけじゃない」

「お前はどうなんだ」

「わたしは…」

自分の過去に未だ答えを出していないシズク。
第三者が端から訊いていれば一体全体何の事か判然としないような言葉少なな会話であるが、サスケとシズクとの間では成立していた。

「まだ…決められない」

地面に敷かれれば純白に輝く淡雪も、降り落ちるのを仰ぎ見ると灰色がかっていた。まさしく灰色の存在でも それぞれ異なる様相を呈する三人に、同じように雪は降る。

ザザザ…
気まずい沈黙が流れる中、無線のノイズが二人の会話に水を差した。

〈皆 聞いてくれ。少々不味いことが起きた〉

「カカシ先生?」

〈凍結していた線路が、チャクラによって解凍されたと三太夫さんから連絡が入った…おそらくはドトウの一派が汽車で接触を図る気らしい〉

「!」

サスケとシズクは顔を見合わせ、無線を聞きながら集合場所へと駆け出した。

〈ナルトと雪絵さんは!?ルートを考えればさっきの洞窟を進んでるハズよね!?〉

サクラの声だ。

〈ああ。ナルトに何度も連絡を入れてるが繋がらない。もう接触してる恐れもあるな〉

つまりはナルトと雪絵を追う形で、今まさに汽車が迫っているのだ。
その内部には当然、雪忍が当然同乗しているにちがいない。最悪の場合 風花ドトウ本人が乗っている可能性も考えられる。

「カカシ、こっちの作戦はどうする」

〈敵が乗ってる汽車を破壊する〉

移動手段ごと囲んでしまえば敵を一網打尽できる。カカシの策は端的だった。

〈三太夫さんが汽車の足止めを申し出てくださった。仲間を引き連れてナルトと雪絵さんの元に向かってる。オレたちは線路の進行方向で待ち伏せ、汽車を機能停止させる。オレは橋を、サクラはその手前の…〉

「!?ちょっと待ってよ先生!」

深い雪に足を取られないようひた走りながら、シズクがカカシの指示に横槍を入れた。

「そのキシャってのには忍が乗ってるかもしれないんでしょ!?一般人の三太夫さんに任せても陽動にはならない。それじゃ特攻だよ!!すぐに止めさせて!」

〈それは無理だ〉

「なんで!?」

〈彼がそう言って聞かなかった〉

「聞かなかったって…、わたしとサスケが洞窟出口に急行するから待っててって三太夫さんに伝えて!そしたら」

「バカいうな。この距離じゃ随分かかる」

焦るシズクをサスケが冷静にたしなめた。

〈シズク…あの人たちは自分たちが忍相手に無力と判ってて、正面から迎え撃つ覚悟をしてるんだ〉

「そんな」

〈最後の一人になっても雪絵さんを守る。それが彼らの誇りだ〉

シズクは思い切り地団駄を踏み喚きたい衝動に駈られたが、今するべきことはそれではなく、ただ少しでも早く走ることだった。

「急ぐぞ、シズク」

募る焦燥を抑え シズクはサスケの背中を追い、木立の間を駆け抜けていった。


*


「風花ドトウ!この日の到来をどれほど待ったことか!!」

サスケとシズクが洞窟のある氷山の麓へ辿り着いたときにはもう時既に遅し。
役者たちはすでに揃っていた。

「この浅間三太夫以下五十名 亡き御主君 風花早雪様の仇 積年の恨み 今こそ晴らしてくれようぞ!!」

「オオオ!!」

否 これが本物の役者で、隣合わせる鋼鉄の汽車が―――その内部に仕組まれたからくり兵器が映画のセットであったなら、どれほどよかったか。

「行けェエエ!!!」

三太夫の声が響き渡ると、不馴れな甲冑を纏い ありあわせの武器を手にした先代の家来たちが汽車に向かって雪山をかけ降り始めた。真横から降り注ぐ刃の雨を受け 次々と倒れ、雪の丘に赤い染みを咲かせる家臣たち。

「助けなきゃ!!」

彼らの後方へと到着したシズクは、すぐさま加勢しようと氷壁から身を乗り出すが、それを制したのはサスケだった。

「はなして!」

「行くな!今出れば巻き添えを食う」

「はなしてよっ!!」

凄まれてもサスケは決して腕を放すことはなかった。サスケはシズクを半ば抱えこむようにして引き留め、現場をつぶさに観察する。好機ね訪れを見計らうかのように。
無慈悲にも これは映画の物語でもなく現実であることを、高台に避難していた撮影クルーたちは目撃することになる。

「…ひどい、」

降り注ぐ千の刃は五十人の生身の肉体を裂く。
真白の雪に飛び散る鮮血は絵の具を溶かした血糊ではない。飛び道具には手にした武器も届く事叶わず、からくり兵器の機械音は悲鳴すら掻き消す。倒れた戦士たちは、助監督がカットの掛け声をかけても再び起き上がることはないのだ。

「う…っ!」

この凄惨たる光景に、言葉を失った撮影陣は目を覆い、しゃがみこむ。カメラを回すなと呟く者もいる。しかし監督のマキノだけは、三太夫たち雪の民の戦いから決して目を逸らすことなく見届けていた。これが現実なら、真実を残すのが我らの仕事だ。マキノの目はそう物語っていた。
心構えをする間もなく突然訪れた悲劇に、ナルトや雪絵は瞳孔を開き、身動き一つ叶わなかった。シズクもまた 次々と動かなくなっていく人々を目の当たりにし、無力感に苛まれる。サスケの拘束を逃れようとしていた腕からも 段々と力が失われていく。
立ち上がっているものが三太夫ただ一人になったとき、雪忍が扱う装置が動きを止めた。

その一瞬をサスケは逃さなかった。

シズクの手首から離れた手は風魔手裏剣を口寄せし、彼は岩肌から飛び出していった。

「お前はお前のやるべきことをしろ」

去り際に一言、仲間に呟いて。


ぶっきらぼうながら、その一声は仲間の目を覚まさせるには充分なものであった。
医療忍者の己がやるべきことは言われるまでもなくただひとつ。サスケの放った起爆札で汽車が煙をあげる中、シズクは指を胸の前で交差させ ただ印を結ぶことに集中した。

「影分身の術っ!!」

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