▼SCENE7「炎と氷」

風雲姫になれるのは、アナタだけ。
その言葉の示唆するところは とどのつまり、シズクも三太夫も同様に“小雪姫”に風雲姫のような働きを期待しているのだ。
雪絵が毅然として、また聡明な君主として、故郷に帰還することを。

雪絵の怒りはとうとう閾値を超えた。

「いい加減にしてって言ってるでしょ!!アンタたちの理想像に祭り上げられちゃたまったもんじゃないわ!」

「雪絵さん!」

「アンタには関係ないでしょ!」

ドアが乱暴に閉められ、車両の扉の前で ぽつん、取り残されたシズク。

「雪絵さん 確かにわたしは 今回雇われただけの身ですが…あなたが帰らなかったら三太夫さんや他の人たちが悲しむって、それだけはわかる」

ロケバンの中から返事はない。

「三太夫さんの気持ちに応えられるのは 雪絵さんだけです」


尚も返事が返ってくることはない。
立ち尽くすシズクの外套に雪が積もっていく様子を、カカシやサスケは遠巻きに目撃していた。

* * *



シャン、シャン、シャン。
暗い大洞窟を大型のロケバン数台が通過する。チェーンの巻かれたタイヤが鈴の鳴るような高音を刻む度、林立する氷柱を震わせて 洞窟は共鳴していた。

「この大洞窟の向こうに、我が同志たちの集落があります。ここでの撮影の後に合流する手筈です。皆 姫様のご帰還を心より待っております」

充足感に満ち 誇らしげな三太夫。横顔からは切願を伺い知ることができる。主君とともり故郷に帰るこの日を何年待ったことかと 心の声が聞こえてくるようだった。

「全然 出口が見えてこないってばよ?」

「昔はここに鉄道が走っていたのです」

「てつどう?」

「はい。今は氷柱が伸び放題ですが、氷の下にはちゃんと線路があるのですよ」

「ふうん…」

新人の下忍たちは、木ノ葉隠れにないものを任務で里の外へ出ることで知る。
波の国のマングローブの海。火の国首都にある カラフルな遊園地。雪の国の透明な氷山。黒い鉄道。どこまでも続く線路。まるでこの映画のタイトルよろしく、ナルトには任務が冒険。外の世界へ赴いては真新しい発見に出会うのだ。
未知の発見を探して窓を覗き込むナルトの隣で、シズクはまた 柄にもなく難しい顔をしている。
高圧的で我が儘な雪絵の本心を探ろうとしたが、かえって逆鱗に触れてしまった。自分が考えていることを、ちっともうまく伝えられなかった。
雪絵の心は氷づけ。下手くそながら シズクが焚き火のように寄り添おうとしても、溶かせずに低温でくすぶるだけ。
どう言えば、ちゃんと届くんだろう。
シズクは途方にくれながら 頬杖をついて窓ガラスの奥を見つめていた。


大洞窟を出、再び青白い氷壁に囲まれた地で、監督が気合いの籠った第一声をあげた。

「よォし!!撮影を始めるぞォ!!」

後続車も軒並み停止する。撮影班がまっさらな雪の上に足跡をつけ始めたところで「か、監督!!大変ッス!」助監督がマキノの元へ雪に足を取られながら走って来た。

「今度はなんだ?」

「また雪絵が逃げました!!」

「何ィ!?」

どうやら雪絵は 無鉄砲にも専用のバンの窓から身を投げ出したらしい。幸い、この分厚い雪ならば大きな怪我もなく脱出できる。目視できる周辺にいないことから、彼女の逃亡劇は洞窟に至る前に実行されたのだろう。

「やれやれ…」

カカシは下忍たちに目配せし、無線機を取り出す。

「ここからは手分けして探す。見つけたら無線で連絡しろ」

「了解!」

周波数を合わせ、予備の無線を三太夫に預けると忍たちは偵察パターンに隊を切り替え、早急に四方に散った。

崖の上で外套の裾を揺らし、医療忍術の応用で視力を強化させながらシズクは眼下を臨む。だがいっこうに雪絵の姿は見当たらない。人気のない山奥、足跡の一つでも見つけられればこっちのものなのだが。探索ポイントを切り替えようと真新しい雪に一歩踏み出したとき、シズクの背後に仲間がひとり着地した。

「サスケ!」

突然現れた黒髪にシズクは目を丸くする。

「4時の方角へ行ったんじゃ…」

「お前と行動しろとカカシに命令された」

サスケの表情は、別にオレはお前を心配して追って来たわけじゃない、といった仏頂面だった。
なるほど本意だろう。服の下に隠している六角水晶のことを考えながら、シズクはカカシのやや過保護な気配りを素直に受け取ることにする。

「こっちにはいないようだな。移動するぞ」

サスケは外套を翻し、氷壁の細い道を器用に縫って跳躍する。

「うん!」

シズクも雪山に目を凝らしながらサスケの後を追った。


赤い寒椿。秘密の部屋。父上。姿見の舞台。
父上は一人でその部屋に行っては、よくその中心に立って鏡を覗き込んでいた。何が見えるの。わたしも知りたい。

「よーく見てごらん?未来が見えてくるから」

じっと見つめても 曇りひとつない鏡自分の姿を映すばかり。

「何も見えないよ?」

「見えるさ。春になったら 見える」

「ハル?」

そんなもの 見たことも聞いたことない。“なる”もの。大人になる、という響きに似てる。父上の声がいっそう柔らかくなったから きっといいもの。「父上、ハルってなに?」

「もうじき判るさ」


早雪の切望した“春”を雪絵が初めて見たのは、遠い異国の地であった。
クーデターが起こり、雪絵の父が描いていた未来は呆気なく崩れ去った。その上、命からがら生き延びた雪絵は、身を隠していた先で聞いてしまった。雪の国の財政破綻は先代の道楽の結果だと。その頃にはもう 雪絵は何を信じればよいか判らなくなっていた。

「父上の嘘つき……この国に春なんてないじゃない」」

あれから随分時が経ち、宝物の隠し場所は遠い昔。春は来ると言った、あれは嘘。父上の優しい笑顔も偽物。三太夫だってそう。嘘ばっかり。

“風雲姫になれる人はアナタだけなんです!”

それは蜃気楼の存在。たまに演じてただけの 真っ赤な嘘なのだ。どうして放っておいてくれないのだろう。

“三太夫さんは悲しみますよ…今そばにいてくれる人の気持ちに応えたいって…思わないんですか…”

こんな私に何ができる?
何をどう頑張っても、この雪は溶けやしない。結末なんて決まってる。
見渡す限り白い世界の 深い静寂。
諦めかけていた雪絵のもと、また足音が近付いてきていた。

*

そう時間が経たないうちに第7班の無線が鳴った。

〈ねーちゃん、見つけたってばよ〉

聞こえてきた声はなぜかむくれていて、常より低くサスケとシズクの耳を打つ。切り立った氷山の一角で足を止め、サスケの後ろでシズクが思わず 「良かったぁ!」とながい溜め息をついた。

〈位置は〉間を置かずに、今度はカカシの声が流れてきた。

〈洞窟のちっと前だってばよ〉

〈了解。注意して護送しろよ ナルト。サクラとサスケ、シズクは洞窟の出口へ戻ってくれ〉

「ああ」

「ラジャっ」

〈わかったわ!〉

ザザ 無線の途絶える音のあとに再び深い静寂が訪れた。シズクは白い息を吐き、再び呟く。

「ほんと良かった〜…何事もなくて」

見上げた空からはちらちらと雪が降り続けていた。来た道を戻りながら、とうとうサスケは疑問を口にした。

「なぜあの女優に拘る」

「え?」

すっかり安堵に浸っていたシズクに、不意討ちの問いかけだった。

「拘るって?」

「あの高飛車な女優の顔色を始終伺って、戦闘にも加わってこない。今回のお前はどうかしてる」

「そんなこと…」

「女優だろうと一国の姫だろうと、オレたちには何の関係もない人間だ。だがお前は…」

白ならいざ知らず 雪忍たちの氷遁に火遁使いの自分が劣勢に陥ることはまずない。普段のモチベーションを保つサスケにとって、ここ数日のシズクは見ていて調子が狂うのだった。

「あの人はわたしの英雄なんだもん」

「逃げてばかりの人間が英雄か?」

サスケの返しには彼の心情が色濃く滲んでいた。

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