▼SCENE6「偽物」

作戦会議終了後、カカシは手招きをしてシズクだけを呼び出し、一室に入った。

ふたりきりの薄暗い船室に、外から侵食する真白の冷気。止まない雪。木ノ葉隠れの里は穏やかな四季が巡り、冬には雪も降るが、この雪の国のように一年を覆う雪ではない。まるで異世界のようだ。

「スノードームの中にいるってこんな感じかな」

窓の外を見つめるシズクの横顔が淡い光に照らされ 呟きは深い静寂に溶けていく。

「オレが呼び出した理由 判る?」

カカシが訊けば シズクはぎこちなく頷いてみせた。
三太夫の必死の嘆願に、シズクのことだ、ナルトと揃って拳を空に向けるだろうとカカシは予想しついた。だが実際には、シズクは話を聞きながらも、雪絵と呼応するかのように沈黙を貫くだけ。

「らしくないじゃない」

「…ごめんなさい」

「火遁は氷遁の敵相手に有利だってのに、一度も使ってなかったね」

「雪絵さんが、火を見てつらそうな顔をしてたから…」

そこで合点がいき、カカシは成程と頭の中でひとりごちた。
幼少に親を目の前で殺され、命からがら生き延びて、今もなお傷を引き摺り続けている。この過去はなにも雪絵一人に当てはまるものではない。
読みが正しければ、シズクは雪絵に共通点を見つけ、投影しかけているのだ。取り乱した雪絵に深入りしなかったし、先の会話でも、雪絵の焦燥や恐怖を敏感に感じ取り、“もし自分だったら”と思わずにはいられなかったからだろう。
俯く彼女を カカシは扉に凭れてじっと見下ろした。

(やれやれ、どうフォローすべきかな)

里に増援を要請しないと決めたからには、この任務 四人が最高のコンディションで挑まなければこちらの陣営が傾きかねない。一方で、感情的な問題を下手に刺激すればシズクのトラウマをも呼び覚ましかねない。危うい局面だ。

「ま さっきの戦闘で過ぎたことをとやかく言っても意味ないからな。気を抜くんじゃないぞ」

「…はい」

シズクは先程よりも深く頷きはしたが、いっこうにカカシの目を見ようとしなかった。
かといって、窓越しの銀世界を眺めているかと言えばそうでもない。何を考えてるかは一目瞭然だ。
うーん。まいったね、こりゃ。
頭を掻き、やや迷った挙げ句 カカシはやや強引な策に出た。

「呼び出した理由はもう一件あってね。実は お前だけに頼みたいことがあるのよ」

これを持っててもらいたい。言いながら 懐からあるものを取り出すカカシ。
シズクの両手に乗せられたのは、やや大振りな首飾りだった。昨夜、飲み屋で雪絵が弄んでいたものと寸分違わぬものだ。

「これ、雪絵さんの首飾りじゃ…」

シズクはジトリとカカシを睨む。

「カカシ先生、まさか盗んだの?」

「彼女には悪いけど、内緒で偽物とすり替えさせてもらったのよ。雪忍の言動から見るに、ドトウはの狙いは小雪姫だけじゃない。この“六角水晶”も必要らしい」

「六角水晶?」

シズクは掌の上で透き通った藤紫の水晶を揺らしてみる。内側でちいさな雪のような煌めきを放ち、不思議な光を放っていた。

「これは単なる宝石じゃない。チャクラの結晶石だ。こういう類いは、何か物の管理する際の門や鍵として使われる場合が多い」

「その何かをドトウが狙ってるんだね」

「ああ」

いつもの気だるげな調子で言葉を濁したが、陥れた先代の姫を手中に収めたところで利用価値など考えられない。ドトウの真の狙いが雪絵ではなく、六角水晶であると カカシは確信を抱いていた。

「下忍がすり替えなんて小癪な手を使うとは考えにくいから、奴等がフェイクに気付けばまずオレを疑うだろう。いざって時に多少の陽動にはなる」

「それじゃ危険だよ!私が持ってたら雪絵さんや先生が余計に危ない目に遭う!」

「心配するな。ま オレも病み上がりだが…あいつらには負けやしないよ」

シズクは水晶から目を逸らし、ようやっと ちゃんとカカシを見つめる。不安げな色を帯びているシズクの視線と同じ高さまで、カカシは腰を落とした。

「これは任務だ。何があっても小雪姫は必ず守りきる。それに…だいじょーぶ、お前なら正しく守れるよ。オレはそう信じてる」

カカシはシズクの頭にポンと手を置くと、柔らかな髪を数回、そっと撫でた。
こういうとき、脅して心を揺らすより明け透けな言葉が何よりも胸を打つと知っている。不器用で神経質だった幼少時のカカシに、ミナトやオビトが訴えかけてきたのと同じように 真っ直ぐに伝えればいいのだ。
オレはそう信じてる と。

「カカシ先生」

「ん?」

「雪絵さん、雪の国に行くくらいなら死んだっていいって 本当に思ってるのかなぁ」

「…どうだろうねぇ」

普段やる気がなくても、ひとたびカメラが回れば、富士風雪絵は剣を掲げ 仲間を導く風雲姫に早変わりする。そんな彼女が、“小雪姫”には尻尾を巻いて逃げ出そうとしている。あの“死んだっていい”も本心の一部だろう。
しかし、雪絵はこれほどまで頑なに雪の国を避けながらも、故郷を思いおこさせる形見の品は今でも肌見放さず大事に持ち続けている。

「今も縁の品を肌身離さずもってるってことは、まだ未練があるってことだよね?」

「そうだろうな」

「でも 雪絵さん、心は凍りついたって…」

「シズク、こんな時 風雲姫ならどうしてた?」

「…風雲姫は架空のキャラクターだよ」

「実在するかどうかは関係ない。お前の理想の姿に変わりはないでしょーよ」

シズクの頭に、凛々しい声とひとつのフレーズが降ってきた。

“諦めないで”

口には出さず、それを胸の内で呪文のように唱えると、シズクは本物の六角水晶をそっと指で包みこむと、服の中に大事にしまいこんだ。

初めて目にした“車”なる乗り物に浮き足立つナルトやサクラ。その下忍たちを横切って、雪絵は無言で大型のロケバンに乗り込もうとする。
撮影続行が決定してからというもの、雪絵はクルーはおろか 三太夫とすら一言も口を聞いていなかった。彼もまた 仕えていた主を長年騙していた罪悪感故か、彼女を無理に後追いはしない。

それなのに、足音が近付いてくる。

「雪絵さん!」

「一人にさせて」

振り返るまでもなく 雪絵はドア元に立ったまま苦言を呈した。
鼻筋通った美人も、眉を釣り上げていては台無し。拒む声は相変わらず凍てついていた。

「ですが、お一人では危険です」

「心配しなくても逃げたりしないわよ」

ここはもう雪の国なんだから。
雪絵の返しは実に突っ慳貪なものだった。

「雪絵さんが逃亡する心配をしてるんじゃなくて、その…わたしが傍にいたいだけなんです」

傍にいたい?
雪絵は振り返り、ちいさな忍者に冷ややかな視線を送った。
大半のファンは雪絵に銀幕の聖人君子を重ね 期待と違うと判るなり失望して去っていくというのに、この子供はいよいよ正真正銘筋金入りのバカなのかもしれない。

「あたしは風雲姫じゃないっていったら何度判るのよ。架空のキャラクターと勝手に重ねないで。アンタだって、あたしがどんな人間か大体判ったでしょ」

「でも…わたしはアナタの姿に憧れて、今まで何度も勇気づけられてきました」

「バッカみたい。あんなの演技に決まってるでしょ。嘘なの、ウソ」

さりとてシズクは引き下がらない。

「たとえアナタが嘘だと言っても、やっぱりわたしには本物なんです!三太夫さんも言ってたけど…風雲姫になれる人はアナタだけなんです!」

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